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「失恋した」

  家に帰ってきた双子の妹がいきなりそう言った。俺は思わず見ていた本を捲るのを止めて俯いている妹を見つめる。
  二卵性双生児である俺、幸村精市と同じ幸村姓である妹は双子として多少は珍しがられながらも普通に生きてきた。

「柳に告白したの?」

  俺の問いにコクリと頷く。立海のテニス部であった俺は何度かテニス部をここに連れてきた事があったし今のレギュラーとは全員面識がある。その中で妹は柳に恋をした、所謂一目惚れと言うやつだ。
  今までに何度か相談は受けたし柳のタイプや女性関係を聞き出そうとしたり、俺自身も応援はしていたつもりだし柳とメル友にしてやったのは俺のおかげ。

「言うつもりじゃなかった」

「つもりじゃなかった…って、どうして言ったの?」

「だって、だって…口から勝手に出てたんだもん! 柳さん見てたら胸がドキドキして苦しくなって気付いたら“好き”って言ってたの!!」

  泣きそうなのに怒ってそう叫んだ妹。俺は恋なんてまだした事なくて、今はテニスに夢中だし(テニスが恋人とは思えないけど)。だけど妹はテニスに何か興味ないし寧ろ年頃だからか服とか男の俺に理解出来ないものに夢中だった。途中から柳に変わったけど。

「柳にその場で言われたのかい?」

「……『考えさせて』って言われた」

「だったら失恋じゃないだろ」

「違うの!」

  何が違うんだ、若干苛立つのを我慢しながら見つめていると頬に涙の筋が流れているのがわかった。妹がいる所は顎を伝った涙が落ちて模様を作っていた。

「考えさせてって言われる前に…表情でわかったから」

「………」

「困ってた、どうしてって…目が言ってた……それに、それにねお兄ちゃん」

  こんな妹を見た事がない、こんな風に涙を流して必死に傷を隠そうとしてる妹なんて見た事がなかった。生意気で「お兄ちゃん」なんて呼び方中学に入ってから聞いてないのに──

「恋って考えた時点で駄目なの……理屈や論理何かでどうにもならないんだよ」

「でもまだわからないだろ? 告白されて気付くかもしれないよ」

「柳さんには…きっと私何かお兄ちゃんの……『幸村精市の双子の妹』としか映らなかったの」

  柳のために綺麗になろうと頑張る妹をからかったりもしたけどとても大切に思っていた。きっと『幸村精市の双子の妹』じゃなければ見向きもしてもらえなかった。それを妹は知っている。

「私がどんなに好きでいても、柳さんと過ごした時間が大切でも! ……柳さんにとっては私と過ごした時間なんて記憶にすら残らない」

  ああそうか、妹が泣いているのは失恋した事もあるけど記憶に残してもらえないからなのか。忘れて欲しくない、自分を。過ごした時間を消さないで欲しい。
  俺がもし一回でも恋をして、そして失恋していれたなら慰める言葉が出てきただろうか、何をしたら良いかわかるだろうか。

「…っ」

「メール? 柳からかもね」

「あ…」

  妹の携帯の着信音が鳴り俺が冗談半分にそう言うと妹の身体がピクリと跳ねた、だけど携帯を開いた妹は目を見開いて携帯を落としてしまう。

「もしかして…柳?」

「………」

「見るよ」

  何も答えない妹の手元に落ちた携帯を拾い画面を見つめる。柳らしい簡潔な文と内容、でもそれは──

「『明日、裏庭で待っている』……だって、行くの?」

  そう聞くと髪を振り乱して首を横に振る、涙がキラキラ光ってぐちゃぐちゃになった顔で出ていこうとする。

「逃げるの?」

「……っ」

  聞きたくない、答えなんかいらない、だからせめて何も言わず終わらせて欲しい──
  そんな妹の気持ちが兄妹だからなのか双子だからなのか伝わった、だけど俺は行って欲しいと思う。妹自身が一番傷つくのはわかってる、だけどそれがきっと成長に繋がるから

「聞いて」

「いや! 離してよ!」

「聞くんだ!」

  手を掴み引き止めようとしても暴れる妹に俺は──思いきり頭突きをした。

「っー…」

「痛いだろ、何させるんだ」

「したのはお兄ちゃんでしょ!?」

  そう叫ぶ妹の額はちょっと赤くなっていた、止めるためだから仕方ない…とは言えやり過ぎたけど。

「行かなきゃ柳は幻滅すると思うよ」

「………」

「幻滅されても良いの?」

「お兄ちゃんには関係ないでしょ!」

「自分から逃げるなよ! 傷つきたくないからって…っ、理由をつけるな!!」

  涙が溢れていく瞳は歪んで、すぐに伏せられた。そんな妹を抱き締める事しか出来ない俺は、何なのだろう。

「す、き…だったの」

「うん」

「大好きだった、なのにっ」

  言葉はそれ以上続かなかった、それからはただ泣いて泣いて…泣き終わったら眠ってまるで子供のようだった。

「俺にもいつか、こんな日が来るのか…」

  好きで好きで仕方ないのにどうしても別れなければいけない日が。今回は妹の方が早かっただけ、だから今日は一緒に寝てやろうと思った。
  世界でたった1人の俺の双子の妹、俺の家族、失恋なんか頭突きで忘れさせてやるから。

頭突きをする

0720 彼と私は双子です。様に提出

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