望んだ温もり


裏口には誰もいなかった。
ただ、居たのかもしれない。
そこには血痕だけが残されていた。

震える脚を動かし家を離れようと走る。
道中でサイレンが聞こえた。
誰かが通報したのかもしれない。

心から、家の人達が無事である事を祈るしかなかった。

やがて見慣れた場所へと、足は向かっている事に気づいた。
彼の言葉が頭を過る。
夜、一人で来てはいけない。
その言葉が足取りを重くさせていく。

桜の木はいつも通りにそこにあった。
そして、一瞬の出来事だった。
後ろから力強く腕を捕まれた。
同時に生暖かい液体が少しかかったが、白いローブの人物に遮られる形になる。

悲鳴をあげる暇すらなく、
喉は声を出す事すら放棄したように震え
足は意識していないと崩れ落ちてしまいそうな程だった。

間に入った人物が何か言った気がしたが、聞き取ることはできなかった。
フードを目深に被っている上にこちらに背を向けている為、顔を窺い知る事は出来ない。
だが、それが誰であるかの検討はついていた。

眼前では家を襲撃してきた連中の仲間らしきが
どこからとも無く沸いてきては軽くあしらわれていた。

最後の一人らしきが倒れた時点で
地面は血と肉で赤く染まっていた。
ローブの人物は何も言わず立ち去ろうとしていたが、思わず伸びていた手が裾を掴んだ。

「待って。神威さん」

返事はなかった。
振り払う事もしなかった。

フードに手をかけるとするりと取れ
中から朱色の髪が露わになった。

「どうしてここに…」
「…それはこっちの台詞だよ。何でここに来た?」

振り向いた彼の身体にはべったりと返り血が付いていた。

「言ったよね?来ちゃダメだって」
「ごめんなさい…。気づいたらこっちに足が向いていて…」

彼は酷く悲しそうな顔をしていた。
そんな顔しないで、と言いたいのに
そうさせているのがきっと自分である故に口に出来ない。

「しぐれは知らないままでよかったんだ。
こんな残骸見る必要もなかった」

転がった死体を軽く足蹴にし、言う。

見せたくなかった。
この光景も。自分自身も。
知らないままで居て欲しかった。

そういう彼は何かに怯えているように見えた。

自然と身体が動く。
伸ばした手が彼の髪に、肌に触れ
自身が汚れる事も気にせず抱きしめる。
ずっと触れたかったその温もりがそこにあった。

「しぐれ」
「何も言わないで。わかってるから、だから…」

手を離せば会えなくなる気がする。
そんな予感が身体を動かしていた。

彼の手が私の頭を優しく撫でた。
もっと触れていたい、触れてほしい。
そんな欲が沸々と沸いてくる。

「ごめんね、しぐれ」

そっと優しく身体が離れる。

「俺はもうここには来ない。だから、しぐれも近づいちゃだめだよ。
危険だってことはわかったでしょ?今度は約束」

差し出された小指に自分の小指を絡める。
さよならの時間が刻一刻と迫っていた。

「また、会える?」
「…会えるさ。何処かで。きっと」

いつもは先に私が去るところだった。
けど、今日は彼が先に背を向けた。
それをただひたすら、見えなくなるまで見届ける。
もう会えない気がしたせいもある。
目に焼き付けるように彼の背中を見つめ続けた。


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