極彩色に溺れて


あれから数年の月日が流れた。
ゴタゴタが幾らかあったがそれも落ち着きつつある。

彼女は今どうしているだろうか?
数か月ぶりの江戸へ降り立つ。

自ら約束を破りながらあの桜の木まで歩く。
出会った日と同じく花は満開を迎えていた。
何度目かの一人花見だ。
あの日以来何度となくここを訪れた。

昼間ならもしかしたら彼女がここに現れるかもしれないという
ミリにも満たない僅かな希望を持って。
そして何度来ても彼女は現れなかった。

今日も来ないだろうと思いつつ足を向けると
丁度同じ方向へ向かって歩く日傘を差した白髪の女性を見かけた。

心臓が跳ね上がった気がする。
正面に回り込んで顔を確認してしまえばいいだけなのに、
身体が言う事を聞かない。

桜の木の下に辿り着いた彼女は
見えない誰かに話しかけるように語り始めた。

それはあの日自分が立ち去った後の話。
色々あったが今は元気でやっている、と。
そして近々結婚する事になった、と。

笑いながら話す彼女の声は次第に涙が混じっていった。

そんなに辛いならいっそ俺の事なんて忘れてしまえばいいのに。
そう思った時、嗚咽混じりの彼女の声が
まるで自分の思考を呼んだかのように言葉を続けた。

「忘れようとしても、やっぱり忘れられないの。
今でも鮮明に覚えてる。
神威さんにもう一度会いたかった。
もう一度…その声で名前を呼んで欲しかった」
「…しぐれ」

彼女の身体がビクリと跳ね、振り返る。
涙で濡れた銀灰色の瞳と目が合った。

「神威、さん…」
「久しぶりだね」

つい声をかけてしまったが、次の言葉が浮かばない。
居心地の良かったはずのこの沈黙が今は少し気まずかった。
彼女の瞳がじっとこちらを見つめている。

「話しかけるタイミングが見つからなくてね。
さっきの話、全部聞いてたんだ。ごめん」

最後のも聞いてたのかと聞く彼女は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
きっと、もう一度会いたかったと言ってくれたところだろうか。
言われた側としてはこんなに嬉しいことは無い。
なんせ、何年も待たせてしまったのにそう言ってくれたのだから。

彼女を抱き寄せると、あの日と変わらない温もりが確かにあった。
これは夢じゃない。
ちゃんとここに、しぐれはいる。

「神威さん、私…」

顔を上げないまま、くぐもった声で彼女は今日で最後だ、と
最後に会えてよかったと言った。

「最後じゃないよ、しぐれ」

最後になんてさせるわけないじゃないか。
その為にずっと待っていたんだから。

顔を上げた彼女は不安げに眉を寄せながらもどこか期待をするような瞳をこちらに向けた。
それは彼女が本当は結婚を望んでいないことを意味しているように感じる。
しかし当の本人は自覚していないのか口からは逆の言葉がこぼれた。

「…出来ないわ。私にはもう」

優しい彼女の事だから、そう言うだろうと思っていた。
勿論、誰かのものになってしまう彼女をおいそれと家に帰すわけがない。
この様子だとそこまで抵抗しないんじゃないかと思った。

どちらかというと願望かもしれない。
彼女の気持ちが自分と同じであってほしいという。

「しぐれ、俺は海賊だよ?」

欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる。

「…うん、そうだった。じゃあどうなっても仕方ないね」

どちらからともなく繋いだ手をしっかりと握りしめ、船を停泊させた方へと足を向ける。
ふと目が合った彼女は陽だまりのように温かい笑顔を浮かべた。



(真っ白な君に溺れて)
(色鮮やか世界が広がった)



- 16 -

[*前] | [次#]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -