焦がれた人肌


着いたのは日が暮れた後だった。
彼女の屋敷付近は物々しく、辺りには春雨の連中らしい姿が幾人も周囲にいた。

この感じだと、はなから穏やかに話を付けるつもりはなさそうだ。
外で見ているだけでそう察することができる。
そうなれば屋敷の中では何が起こるか…。

資料を見た限りだと両親は恐らく彼女を逃がすだろう。
そして、彼女が逃げるルートを考えるなら、裏口だろう。

そこには既に二人の天人が警備をしているようだった。

改めてフードを被りなおす。
彼女に気付かれないように。
見られないように。

そして二人の警備員に手を伸ばす。
ほんの少しの力で彼らの息はすぐに止まった。

このまま死体を転がしておくわけにはいかない。
屋敷の影になり、且つ彼女が通らないような場所へ投げ捨てる。

丁度後ろで扉を開く音が聞こえた。
物陰からそっと覗くと彼女の白い髪が目に入った。
少し躊躇った様子だが、自分がいる方とは逆の方向に走って行った。

気付かれなかったことに息をつき
その後を追うことにした。

何度か後ろに人影を見てはそちらに向かったので見失いかけはしたが
彼女の白は夜闇の中ではよく目立った。

そうこうしているうちに風景が見慣れた並木道に入っていることに気づいた。
彼女の小さい背中をなんとか見つけるが
同時に彼女に手を伸ばす二つの影が目に入る。

「汚い手で触るな」

彼女に触れたその腕を軽く吹き飛ばしたのを皮切りに
ぞろぞろと春雨の連中がわいてくる。
女一人捕まえるにしては人数が多い。
自分がここに来ることを想定していたのかもしれない。

そうなら第七師団団長として舐められたものだ。
時間もかからないうちに最後の一人が地面に倒れた。
もうこれで大丈夫だろう。
この場を去ろうとした時だった。

「待って。神威さん」

思わず身体が強張った。
彼女の手を払うなど容易いのに、それも出来なかった。
するりとフードが外れる。

「どうしてここに…」

こっちの台詞だった。何でここに?
振り向き、向かい合った彼女の顔は今にも泣きそうだった。

そんな顔しないでくれ。
そう言いたいのに、言葉は意に反して何故ここに来た、と
彼女を責めるような口調になってしまう。

「言ったよね?来ちゃダメだって」

彼女は泣きそうな顔のままごめんと言う。
謝らなければならないのは此方なのに。

しぐれには見せたくなかった。
こんな死体も、血に塗れた自分の姿も。
知らないままで居て欲しかった。

こんな姿見たら、今まで通りなんていかないだろう。
誰だってこんなの見たら嫌うだろう。
そう考えただけで心が苦しくなる。

そんな不安を知ってか知らずか、彼女の手がそっと伸びた。
白く細いその腕は首元に絡み、お互いの身体が密着する。
触れたいと願った彼女の体温がそこにあった。

後戻り出来なくなる気がした。
今ここで離れなければ、もっと彼女の身が危険に晒される。

自分のせいで。

それだけは避けなければならない。

「しぐれ」
「何も言わないで。わかってるから、だから…」

こんな事があれば、もうお互い会えないことはわかってた。
だからこその行動だろう。

彼女の頭に軽く手を置く。
白い髪は見た目通りにさらさらと柔らかく指の間をすり抜ける。
目を閉じれば彼女の甘い香りが鼻を擽り、全身で温もりを感じた。

もっと触れていたい、触れていて欲しい。
そう思ってしまうが、何とかその思いを押し殺し身体を離す。

「ごめんね、しぐれ」

今度は約束。もうここには来ない。お互いに。
小指を差し出して指切りをする。
躊躇いがちに絡めた小指はやはり細かった。

「また、会える?」
「…会えるさ。何処かで。きっと」

今後、彼女に自由はなくなる可能性は高い。
そうなれば会える事なんてほぼないだろう。

元々出会ったのも偶然だった。
そう何度も偶然が起きるわけはないだろう。

それでも会えると言ったのは彼女の為か、自分の為か…。

そろそろ行かないと、彼女を探している家の人やらに見つかりかねない。
この惨状だ。自分が犯人だと思われてもおかしくはなかった。

いつもは彼女を見届けていたが
今日は自分から背を向けた。
未練は無いと、そう自分に言い聞かせて振り返ることもしなかった。


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