結ばれた指先が、解けた。
彼の言葉は突然だったから。完全に混乱していてどの言葉を選んで話を進めたらいいのかもわからない。なんで、というあまりにも単純な言葉しか発せられない。
終わりにしよう
別れよう
こんな言葉が岩泉さんから自分に対して向けられるなんて。そんなこと思ってもみなかった私は間抜けなんだろうか。やっぱり腑抜けた恋に恋する子どもなんだろうか。
「岩泉さん、」
「ごめん」
「なんで、なんで?」
いつもみたいに彼は私の歩く速度に歩みを合わせて、とろんと微睡んだ時間を過ごしていた。さっきまで眺めていた色とりどりの花火と、それが打ち上がる音、彼との熱いキスに、まだ心臓がドキドキしていた。それを急速に冷凍されたような気分だ。熱はどこへ吸収されたのだろう。身体中が冷たくなる。
「すみません、私、なんか、」
「ちげぇよ、なまえちゃんは悪くない」
「言ってください、私、直すから」
「だから違うって。そんなんじゃない」
「…じゃあ、なんで、」
彼は縋り付く私に怯んでいるようだった。そりゃあそうだろう、涙をボロボロ落として、言葉は切実で声色は鋭い。彼の前では可愛く見られたいって、そう思っていたのに今はそんなことを気にしている余裕なんてない。
「ねぇ、なんで、」
「…好きじゃ、なくなった」
なんで岩泉さんが泣くの。泣きたいのはこっちだよ。
私の涙はきっとマスカラやアイラインと混ざってグレーになっているだろうに、彼の涙は物凄く綺麗だった。混じり気のないそれは、あまりにも清くて。
「なんで泣いてるんですか、」
「ちげぇよ」
「泣いてるじゃないですか」
「ちげーって…」
2人ともたっぷり涙を流して、私は彼の心臓を浴衣の上からポカリと叩く。何度も、何度も。
「私、すきです。岩泉さんのこと、すごくすきです」
「…もう、いいから」
「じゃあ、もう、嫌いですか、私のこと」
「…何回も、言わせんな」
もういいからって、突き放すようなその言い方。出会った頃からこちらを気遣う彼の台詞だとは思えなかった。
あぁ、もうだめだなってそう思った。もうこの人の気持ちは私にはないんだ。そう思ったらまた泣けてきて。そりゃあそうだ。初めっからわかっていたじゃないか。不釣り合いだって。こんなにかっこよくて優しい岩泉さんが私のことをすきでいるはずがない。おまけに、こんなにも図々しくて未練がましい女だ。
でも聞かせてほしいから言葉はまた生まれてくる。ごめんなさい、いい彼女で終われなくて。ううん、初めっから今まで1度も“いい彼女”なんかじゃなかったけれど。
「なんで、じゃあ…さっき、キスしたんですか?」
彼が口を動かすことはなかった。なんだ、なんの意味もなかったんだ。
屋上に続く階段でバレーボールの話をしたのも、部活で忙しいだろうにアルバイト先のコンビニまで来てくれたのも、廊下ですれ違うたびに大きな手を振ってくれたことも、保健室でのキスも、突然教室に押しかけてきたのも、今日のこのデートも全部。
「…もういいです」
これ以上彼を揺すったところで、元には戻らないってなんとなくわかったから。それだけ言って私は彼に背を向けた。涙がとめどなく溢れるけど、上を見ることなんてできなかった。そんな気力はない。その場でへたりと崩れ落ちそうになる足を必死に動かした。
引き返したって、振り返ったって、もう岩泉さんは私の彼氏じゃない。だったらもう、前に進むしかない。頭ではそうわかっているのに、また彼に触れたくて仕方なかった。振り返りたくて、どうしょうもなかった。
あぁ、私、こんなにすきなんだ。こんなに岩泉さんのこと、すきなんだ。
2016/05/14