エリートチャラリーマン | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
もう、10時近くだ。すやすやと眠る及川。遮光カーテンだろうか、部屋には日が差しておらず、暗いままだ。メイクもそのままで、最悪。絡まった髪、下着も身につけていない。

彼の寝顔をまじまじと見るのは初めてだった。いつも彼の設定したアラームで2人同時に起きることが多い。もしくは気づかぬうちに及川がベッドから抜け出しているパターンのどちらかだ。
綺麗な顔だ。もう腐るほどそう思ったが、ここにきてまだ思う。
すぅ、と規則的な寝息。天使なんて見たこともないが、天使のようだ。女の子だったらとてつもなく可愛いんだろうな、と思う。

昨晩のことはあまり覚えていない。及川はいつにもましてぎらりとしていて、もう対応しきれなかった。ぐつぐつと上がる熱はとろけるどころか燃えるよう。声がどうとか、表情がどうとか、もう気にする余裕なんて全然なかった。何度も何度も落ちる感覚を味わって、気付いたらいま、という感じだ。
喉がカラカラなので申し訳ないがベッドから出て水を取りに行こうと、床に落ちているワンピースを被る。下着は発見できないので諦めた。キッチン、冷蔵庫の前。寝室から声がする。私の名前を呼ぶのは間違いなく及川だ。

「…どうしたの」
「寒くて起きた…」
「ごめんね、喉渇いてお水もらっちゃった」
「あぁいいよいいよ…すっごい寝てた…ごめん」
「ね。寝てたね」

うつ伏せる及川。肩の筋肉が美しくもりあがり、男性的なごつりとしたラインが目にとまる。彼は私が眠っていた場所をぼふぼふと叩くので、またそこにスルリと滑り込んだ。

「いなくなったかと思った」
「何言ってんの」
「ごめんね、どっか痛くない?」
「大丈夫だよ。飲む?」

彼にペットボトルを渡そうと思ったのだが、昨日からの微睡んだ空気が取り払えていないようで。

「飲ませて」
「何言ってんの」
「お願い」

2人、上半身を起こしベッドのヘッドボードにもたれる。及川が頑固なのはもうわかっていたので、あきれながらも一口それを含んで、彼の口内に移してやる。大半が口角から溢れていくのが面白くて。彼の上半身を濡らす。

「全然飲めないね」
「もう、自分で飲んでよ」
「ねぇ、なまえちゃん」

静かな部屋だ。本当に静かで、彼の声は耳に届いているはずなのに、聞こえてこないのだ。正確に言えば聞こえているのだが、それを理解することができないのかもしれない。

「…なに、急に」
「ごめんね」
「ちょっと待ってよ。何言ってんの?」

“今日で会うの最後にしよう”
及川は恐らくそう言った。おちゃらけてもいないし、ふざけている様子もない。そもそも、こいつはそんな笑えない冗談を言うタイプじゃない。

「ちょっと前から考えてて」
「なんで?」
「…ごめんね、俺やっぱりだめみたい」

じゃあ、なんだったんだ。あの日の車内の空気も、連絡に反応しない私のために家まで飛んできたあの行動も、美味しいって食べた食事も、昨晩のデートも、今のキスも。
全部、なんだったんだ。

「なんだったの、」
「…ごめんね」
「謝ってほしいなんて言ってない。なんで?」
「なまえちゃんは悪くなくて、俺が」
「私が及川さんを変えるから」

馬鹿みたいな台詞だ。散々及川が言う恋愛ドラマでしか聞かないような言葉を茶化してきたのに。いざ追い詰められると自分が発するのは小説や映画の中で聞くようなアホくさい言葉だった。

「無理して会わなくていいから」
「ごめんね。なまえちゃんは悪くないの。なまえちゃんがどうこうって問題じゃなくて」

わかってる。この人は頑固だから。何を言ったって揺るぎはしない。わかってる。でも。

「…いや、」
「なまえちゃん、」
「私、何番目でもいいから」
「違うって。他に好きな人なんてできないよ」
「だって、」
「…でもごめん。今の関係は続けられないから、別れてほしい」

自分が、みっともなかった。泣いて、すがって、彼に甘えてもどうにもならないってわかっているのに。

「…及川さんは、私のこと一瞬でも本気で好きだった?」

その問いかけに彼は決して答えなかった。私の涙を拭うこともせず、ただただ目を伏せ黙っていた。
沈黙が痛く、冷えた空気が肌をしんしんと凍らせていった。

2016/02/09