エリートチャラリーマン | ナノ
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それからも及川は私の生活のサイクルに合わせて、会う時間を抽出してくれた。たまに、前と同じような過ごし方もした。彼の家に泊まり、食事を用意する。それだけで彼は相変わらずとても幸せそうに喜んでくれたし、私もそれを見て幸福な気分になれた。

「ごめんね、待たせて」
「お疲れ様、乗って」

もうクリスマスは目前。街は煌びやかな装飾でたっぷりと華やかさを増し、クリスマスソングが耳の中に残る時期。
ありがたいことに金曜日は仕事が20時まで。おまけに土曜日にお休みを貰った。及川の家に泊まっても、朝になれば彼は仕事に行ってしまう。朝が来てもまた一緒に居られるのがなんとなく嬉しくて、仕事だって楽々こなせてしまう。
膝まである及川のチェスターコートはブラック。細いパンツも同じカラーだ。ハイネックのニットはキャメルで。シンプルでさらりとしたファッション。一つ一つが上品で、上質。

「寒くない?大丈夫?」

すとん、としたラインのニットワンピース。ダークグレーのそれは膝より少し上までの長さ。アウターは及川ほど長くはないが、私もブラックのチェスターだ。及川に感化されて購入したが、本人には去年から持っている、とどうでもいい嘘をついた。20デニールのタイツにショート丈のブーツ。もちろん防寒だって気にするが、デートだということも意識する。なにより及川のセンスがいいので、釣り合うように(素材の違いは目をつぶっていただきたい)こちらも背伸びをするしかなかった。

「大丈夫だよ」
「膝掛けあるから使ってね」
「…前から乗せてたっけ?」
「ん?そんなのなまえちゃんの為に用意したに決まってるじゃない」

当たり前でしょう、と一瞬こちらを見て言い、彼は再び運転に集中する。ハンドルを握る長くごつりとした指。横顔をちらりと覗けば上がったまつ毛にすうと通った鼻筋。いつもの“絵に描いたような”美しさだった。

「もうすっかり年末だねぇ」
「お仕事、いつからお休みなんですか」
「んーと、いつだっけ。26?かな。早いらしいね、うち」
「いいなー、私31日も仕事ですよ」
「…大変だよね、飲食店だと」

なんとなく及川は大人しくて。大人しいというか、したたかというか。うまく表現できないし、今考えれば、というくらいの違いだ。いま、考えれば。
雪のちらつく道をスルリと走り、及川が連れてきてくれたのは、カップルで溢れる夜景で有名なスポットだった。寒さのあまり、身を縮める。

「ごめん、やっぱさっむいね」
「ううん、へいき」

及川はなぜか嬉しそうに寒いと言い、自分の指と私の指をきつく絡める。及川の手もさして暖かくないのに、身体の芯がじゅうと熱をもつ。

「前から思ってたけど手ぇちっちゃいね」
「…恥ずかしいからいちいち言わないで」
「いちいち言わせてよ」
「及川さんがおっきいんでしょ」
「あら、可愛いこと言うね」
「…なんか違う意味で捉えてません?」

ばれた?とまた笑って。バカじゃないの、と貶しても彼はニコニコ笑うだけ。普段手なんて恥ずかしくて繋げないのに、このクリスマスという特別な空気感と、周りのカップルたちのせいか、アルコールも摂取していないのに酔っ払っているようだ。

「わっ、綺麗」
「なまえちゃんのほうが綺麗だよ」
「…そういうのいいから。どこで覚えてくるの、そんな台詞」

キラキラと光を放つ街は綺麗で。写真なんかじゃおさまらないそれを、ぼおっと見つめた。及川はさして興味がないらしく、どうでもいい話をべらべらと話していた。ムードがないというか、なんというか。

「及川さん飽きたでしょ」
「夜景に興味ないからね」
「じゃあ来なきゃ良かったのに」
「俺は隣になまえちゃんがいればそれでいーの。おまけに寒いからくっつけて言うことなし」
「本当ゲスですね」
「あはは、つい本音がね」

ぐるりと一周しようと、ゆっくりと歩いてみる。吐き出す息はいつまでも白く、繋いだ指先はほんのり熱い。ひと気の多い場所から離れ、より暗い路地には私たち2人。

「キスがしたいなー」
「バカじゃないんですか。外ですよ」
「いいじゃん、誰も見てないよ」
「嫌です」
「ねぇ、お願い。一回だけ。及川さん唇が冷たくて凍っちゃいそう」
「凍りませんからご安心ください」

この男は、本当。
物欲しそうな顔でこちらをちらり、と覗く。背の高い彼。6センチのヒールじゃ全然彼には追いつけない。その視線に気付いて彼の方をパチリと見てやる。バチっと合う視線。この感覚には未だ慣れない。

「屈んで、徹さん」
「えっ」
「もうちょっと、」

可愛い彼のコートの襟を掴んで、触れるだけのキスをする。嘘つき。唇、こんなに熱いじゃない。
触れ合ったそこを離して、襟を掴んだ手も離す。呆然とした男を、ちょっと意地の悪い目で見てやる。

「…処女奪われた気分」
「…今までで1番理解できないんだけど、そのコメント」
「なに今の。もう一回しよ」
「しないですよ。一回だけって言ったの及川さんじゃないですか」
「徹って呼んでいいよ?」
「それは私が決めますから」

やられてばかりじゃつまらない。むむむ、と思考を回す及川を置いてつかつかと歩いた。
夜景も綺麗だが、そんなことより早く2人きりになりたいと思ってしまう私も、かなり及川に夢中になっている。そう自分でわかるから、なんとなくやりきれない気分になった。

2016/02/08