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え、あ、うん、とても可愛いデスネ


なんだ、そのカタコト。
可愛い子ばっかじゃん、なぁ花巻、俺に感謝しろよ?
口ぶりからするに、主催の男だろう。彼に肩を叩かれながらそう言われた元恋人は、自動音声のような発音で言葉を発するものだから、つくつくと笑いそうになる。
合コンなんて、久しぶりだ。大好きだった、と。今になってそう思う彼氏と別れてから、だいたい二年経っていた。その間、私は新しい恋愛をしていない。しようとは思った。それこそ合コンに行ったりマッチングアプリに登録したり。友人の友人を紹介してもらったり、金曜の夜、ちょっと露出の多い洋服を纏って飲みに出かけたり。僭越ながら、好意を持ってくれる人もいた。ただ、私はそれを抱くことはできなくて、どんどんどうでもよくなって、気付けば二年が経過していた。
彼氏欲しくないの?
そう問われ「欲しいよ」と間髪を入れず答えたが、正確に言うともう一度、あの人と付き合いたかった。
で、その時頭に浮かんだ「あの人」が目の前にいる。髪、短い。散髪したてだろうか。Tシャツも、脱いだジャケットも、見たことないヤツ。
私が、言ったから?マッキー、髪短い方が格好いいよって。スタイルいいんだから王道シンプルみたいな格好似合うのにって。
私と付き合っている時は中々、美容院、行かなかった。めんどくせえって言って。着心地がいいんだって、着古したヨレヨレのTシャツ着てた。もしかしてこの合コンの為に切ったの?お洋服買ったの?
あらまあ、ずいぶん必死なんですね。
ま、私も一昨日、美容院行ったけど。欲しかったワンピース、ゾゾタウンで買ったけど。
必死ですね、お互い。
残念ですね、お互い。

「ナマエちゃんは?誰がタイプ?」

開始早々、そんなこと聞くんだ。届いた生ビールを一口、流す。ヘラっと笑って、答えてやる。

「花巻さん格好いいです、ていうかおっきいですよね?何センチですか?身長」
「……は?」

何も知らないフリをする私に、彼は面食らっていた。マッキー、嘘付くの下手だもんな、私と違って。ウケる。あぁ、ビール美味しっ。

「おい花巻、何照れてんだよ」
「えー、花巻くんナマエちゃん狙い?やっぱ若い子の方がいいんだー」
「あ、いや、別に」

先月、職場で部署異動があった。そこは女性が多くて、あぁ面倒くさそうだなあと気が重かったのだが、住めば都。みんな竹を割ったような、五月の太陽のようなカラッとした性格で、最年少の私をいびったりすることもなく、とてもフラットに接してくれた。だから、居心地は悪くなく、どちらかと言えば良かった。職場の人間とプライベートまでご一緒するなんて死んでもごめんな私だが、この人たちとなら、と思い「合コン行かない?なんか長身イケメンいるらしいよ」に乗っかった。
で、その長身イケメン……正確に紹介すると身長百八十五センチ少々の雰囲気イケメンは、元彼のマッキーだったわけだ。
やはり、職場の人間とプライベートまで一緒なんて、死んでもごめんだ。ロクなことがない。

「え、花巻さん、ダメですか?わたし、」

ニコッと笑んで、こてっと首を傾げ、言う。マッキーはげえっと、苦虫を噛み潰したような表情で私を見る。みんなにバレちゃうよ、と思う。
二年も経ったのに変わらないなあ、マッキー。私はね、この二年でビールが飲めるようになったよ。私がさっき、一杯目の注文、ビールでって言ったら驚いてたもんね。飲み進めているいまも、びっくりしてるもんね。付き合っていた頃、散々「美味いから飲んでみろよ」って言ってたよね。苦くて美味しくないと思ってたけど、慣れると美味しいね。まぁ、変わったことといえばそれくらいしかないんだけど。

「え、なんかもうすでにいい感じなんですけど、この二人」
「花巻、二年くらい彼女いないもんな」
「あれっ、ナマエちゃんもでしょ?いいじゃんいいじゃん、付き合っちゃいなよ、二人で抜ければ?全然いいよ」

はいとも、いいえとも言わない。適当に、笑って誤魔化す。心の内側で思う。あ、マッキー、誰とも付き合ってないんだ。性格の悪い私は、ちょっと嬉しくなる。
別れた原因は、私にあったとも言えるし、マッキーにあったとも言える。就職してすぐ、職場の先輩が結婚した。私の指導係だった人だ。二つ、歳上だったから……当時二十代の半ば。真っ白なウエディングドレス。繊細なヴェール。可憐な花束に豪華な披露宴会場。どうせ二時間後、大半はゴミ箱行きが決定しているのに、丁寧に、華やかに作られた馬鹿でかいケーキ。
歳上の、旦那さん。
五歳歳上の旦那さん。マッキーと私の歳の差と、同じだ。
まだ、今よりずっと子どもだった私にはどれも輝いて見えて、羨ましくて、心奪われて。
その後のデート。私は興奮気味に伝えた。結婚式の写真を見せながら、いいなあって、溢した。
私も早く、結婚したいなあって。
たぶん、それがいけなかった。
明確ではないが、その日から私たちの間に溝ができて、何をしたわけでもないのにじわじわ深くなっていく。あぁ、ダメだな。そう思ってある日、すぱっと別れを告げた。マッキーはすんなり承諾したくせに、私が部屋を出て行く時に「幸せになってね」って泣いた。
マッキーが私を幸せにしてよ。
当時はそう思って、悔しくて、部屋を出てから泣いた。涙の止め方がわからなくて、サーチボックスに「涙」「止め方」と入力してやろうと思うほどだったが、そんな元気さえなかった。

「なんで無駄に上手いの、芝居」

お手洗いに立ち、席に戻ろうとした時。マッキーが私に声を掛ける。嫌味っぽい声だった。だから私も、意地悪をたっぷり練り込んで、話す。

「……花巻さんは下手ですね」
「ナマエちゃんが上手すぎんだよ、ビビるわフツーに」
「ふふ。今日ね、長身イケメンが来るって言われてたの」
「は?」
「マッキーのことだった」

じっと、見つめる。髪、短いの似合うねって、それだけ言って席に戻ろうとするのを、彼の右手が私の右手を掴んで、阻止する。やめてよ、もうそろそろ、演技、できなくなるから。

「…………マッキー?」
「彼氏いないの?」
「え?」
「こんなこと来てるってことは」
「……こんなとこって」

失礼じゃない?
そう告げ、少し笑った。こんなとこって言うけどさ、マッキーだって来てるじゃん。こんなとこ。それを付け足すと、気まずそうにもごもごと吃り、俯いて。

「俺は……俺は、数合わせっつーか」
「あ、なに?彼女いるの?」
「いねーよ」
「なんで?」
「なんでって、」

ね、なんで?
私はね、マッキーが忘れられないよ。今日、いま、それを痛感している。こんなところでの再会を、運命だと思うほどに。二年も経つのに、なんでだろうね。でも、二年経ったら思うの。二つ、歳をとったからわかるの。別に、幸せになんかしてもらわなくてもいい。勝手に、私が幸せになるから。マッキーが隣にいてくれれば、それで私は幸せだって、わかる。この二年、ぼんやり不幸だったから。別に、何があったわけでもない。友だちは少ないけどいるし、楽しいこともあった。仕事も順調。でも、ふっと思うのだ。美味しいものを食べた時、マッキーにも食べてもらいたいなって思う。可愛いお洋服を買ったら、髪型を変えたら、マッキーに見てもらいたいなって思う。旅行先で見た景色が綺麗だったら、写真をマッキーに送りたくなる。面白いテレビ番組を、マッキーと一緒に見て、一緒に笑いたいと思う。
二年経ってぼんやり、そう思うようになって。再会した今日、しみじみと思う。
マッキーを好きでいたいし、マッキーの好きな人でいたいって、思う。
そして図々しくも、マッキーの好きな人は、私であってほしいと思ってしまう。マッキーの日常を、全部とは言わないから。たまに。たまーに切り取って、私に共有してほしいと思う。

「……は、ちょ、っ……なに、なんで、っ」

周囲に、客がいる。それくらいわかっている。なのに彼をきゅうっと、抱き締めてしまう。狼狽えるマッキー。離すまいと、力を込める私。

「ね、ごめんね」
「はい?」
「もう、言わないから、結婚とか」
「ケッコン?」

マッキーの声が裏返る。かわいいなぁと、思う。

「マッキーのそばにいたいの、彼女じゃなくても、友だちでも知り合いでもなんでもいいから、また会いたい」

泣きたくなかった。メイク、崩れるから。でも、溢れるそれを止める術を、私は知らない。あの時、検索しなかったから。二年前を悔やんだ時、震える背中をマッキーがそおっと、おそるおそる撫でてくれる。
あぁそうなんだ、私ってこうしてもらうと落ち着くんだってわかって、変に感動した。私もあの日、マッキーの大きな背中を撫でれば良かったのかな。何か、変わってたかな。

「……あのー……ナマエさーん……」
「なに?」
「わりとすげえ、見られてるんですけど」

ちょっと外、出れません?
顔を真っ赤にした彼が気まずそうに言う。ごめんねって謝って、私たち抜きでも盛り上がっているテーブルの様子を横目に、そおっと抜け出す。悪いことをしている気分だった。授業をサボっているような、そんな可愛い罪悪感。外に出る。ゴールデンウィーク明けの夜の街は、私たちをちょうどいい温度で包む。暑くも寒くもない。一年ずっとコレでいいのに。そして極め付けに、隣にはマッキーがいる。ずうっとコレがいいと思う。

「……ナマエちゃん、結婚とかもういいの」

駅が近いからだろうか。土曜の夜だからだろうか。喧騒の中、マッキーは私をちらりと見下ろして、問う。

「うん、別に特に」
「俺、あんまよくないんだけど」
「え?」

ごめんね、俺、あの頃ナマエちゃんのこと幸せにできる気がしなくて。
今度はマッキーが、つらつらと話し出す。私は高身長のイケメンというタグをつけられた彼を、じいっと見上げる。

「あの頃もさ、いつか、そういう日が来ればいいなとは思ってて。でもまだ若かったし……いや、ナマエちゃんからしたらそんなことなかったんだろうけどさ。あと俺が初めての彼氏って言ってたし……本当かどうかわかんないけど」

そこで一旦、彼は言葉を止める。そしてぱちっと、視線が重なるので、あぁ問われているのかと気付き、返答してやる。そんなこと疑ってるのか、今更。

「ほんとだよ、マッキーとしか付き合ったことない」
「……まじ?」
「ほんとだよ、今更どうしたの?ずっとそんなこと疑ってたの?」
「いや、疑ってたとかじゃなくて……なんか慣れてたから」
「マッキーが大人だったから、背伸びしてたんだろうね」
「なにそれ、可愛いね」
「……私はずっと可愛かったでしょ」

元恋人からの「可愛い」に。そんなチンケな四文字に胸躍らせている私は結局、子どもなんだろうな。
いや、好きな人からの「可愛い」にドキドキしなくなるくらいなら、いいや。
ずっと子どもで、いいや。

「で、じゃあ尚更なんだけど」
「なに?尚更って」
「ナマエちゃん、いい子だったから」

俺なんかと……俺しか知らないのにそんな、結婚とかしちゃったら後悔させるんじゃないかって思って。

「日和ってまして」
「日和ってたんだ」
「はい。かなり。相当。日和まくり。だからナマエちゃんが別れたいならそうするべきだと思って、でもほら、当然好きだからさ。情けないことにあんなことになってしまったんですけど」
「…………マッキー、あの時さ」

幸せになってって言ったでしょ?
でね、思ったの私。マッキーが幸せにしてよって。

「……それは大変、面目ない」
「でももう、いいから」
「え、なに、俺いまフラれてる?」
「違うよ。私ね、マッキーがいればそれでいいっぽい」
「ぽい、って」
「でね、マッキーじゃないと付き合えないっぽい」
「……俺は」

俺はもう、ナマエちゃん以外と付き合えないよ。
そう言ってあの時みたいにぐすぐす、泣くから。

「マッキー、すぐ泣くね」
「泣いてません」
「可愛いね」
「かわいくねーだろ」

広くて大きな背中を摩ってやる。マッキーの呼吸が落ち着いてきたところで、言う。
勝手に幸せになるからお願い、そばにいてって、言う。マッキーがまた、めそめそ泣く。

2024/01/01