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- ナノ -

ねえナマエさん、コレ
いつ使ってんの?

突然の、雨が悪い。ゲリラ豪雨だか線上降水帯だかなんだか知らないけれど。あと、コンビニ。なんでこんな時に限って傘、売り切れてるの?発注責任者はどなた?店長?私、よくお世話になっているから顔、なんとなくわかるんだからね。しっかりしてよ、もう。

「ね、ナマエさん」

洋平くんの張り付いた笑顔は、なんだか懐かしかった。酔っ払った面倒な客がいると、この笑顔で対応していたっけ。
洋平くんはまだほどんど子どもで、高校三年生。私の五つ、歳下だ。なのにぜんぜん、子どもじゃなくて、なんだか私は悔しいのだ。
出会ったのは、二年前だろうか。私はようやく就職先が決まって、やらなければならないこともあったが自由な時間も多く、幾つかアルバイトを掛け持ちしていた。その一つに、彼はいた。チェーンの居酒屋。洋平くんは、仕事がよくできた。というか、上手かった。今の私みたいにがむしゃらに働いているわけではなく、やる時はやって、抜くときは抜く、みたいな。そういう緩急が上手な人だった。それを伝えたこともあった。私も水戸くんみたいになりたい、と。そうしたら驚いた顔をして「ミョウジさんみたいになんでも頑張ってる方が素敵だよ」「見てる人は見てるし」「俺とかね」と笑い、その辺から私は緩く、彼が好きだった。だからアルバイトを辞め、就職し、ノーマルなオフィスレディになった今もたまに、彼と食事に行ったりする。はじめに誘ったのは私。アルバイトを卒業する少し前だった。最後の思い出、的なものだった。なのにそれからは彼が「今度いつ会える?」と聞いてくれる。それで、今日まできている。
トモダチ、でも。コイビト、でも。
セックスフレンド、でもない。キスは疎か、身体を抱き締めあったことも手を握ったこともない。よくわからない関係……いや、蓋を空けてしまえば「アルバイト先が一緒だった」という、それだけなのだが。
そこに「私が勝手に、洋平くんを好きなだけ」が付帯しているだけで。

「ナマエさん」
「っ……それ、だめ、触んないで、っ見ないで」
「見ないでって言われてもなあ」

洋平くんはまだ、あそこで働いている。私たちが初めて出会った、駅前の居酒屋。今日はそこで食事をした。年末の空気のせいか、久しぶりのアルコールのせいか、いい感じに酔っ払った私は(もちろん洋平くんは飲酒していないのでご安心いただきたい)席を立つ頃には足元が覚束なくなっており、彼に送ってもらうことになったのだ。で、突然の土砂降り。コンビニに避難するものの、空から殴るように振り注ぐ雫……雨に分類してはいけないような雨が止まる気配など微塵もなく。冷たくなった身体に震える。すると、それに気付いたのか、それならと。洋平くんは着ていたアウターを私に被せると、手を引いて走り出した。初めて知る洋平くんの体温に、私の心臓は喧しく動き出す。
大丈夫?走れそう?って、顔を覗き込んで。ヒールなのにごめんねって、困ったように笑って。
あぁ、好きだと思って。このまま、見慣れた我が家に辿り着く必要なんてないのに、と思ったりして。
しかし、残念ながらきちんと到着。その頃には彼の髪が崩れるほどに、雨に濡れていた。彼の上着のおかげで被害が少ない私は「とりあえずお風呂沸かすから……タオル、そこ開けて、そう、クローゼット。右の棚の……二段目?三段目?その辺にあるから、どれでも使って」と指示を出した。
それが、よくなかった。
昨日使用した……その、なんというか、洋平くんを思いながら使用したはしたないものが収納されていたのだ。二段目だか、三段目に。それがタオルを探していた洋平くんの目に留まり、あろうことか、それを指摘してきた。見て見ぬ振りしてよ。ショッキングピンクのローターと、男性器を模したそれを右手と左手に持って、ナニコレって感じで。

「ナマエさんの?」
「ちがっ……、ね、洋平くん、やめて」
「違うの?」

彼氏の?
え?と思う。そんなものこの世に存在しないから。なのに、驚きすぎてその一音さえ溢せない。言葉を失っていると、彼がずいっと、顔を寄せる。俺のこと好きなんだと思ってた、と。どうしようもない事実を溢すので、私はコンセントを引き抜かれた電化製品のように動けなくなってしまう。ポタポタと、彼の髪から雫が落ち、手のひらに着地する。冷たくて、熱くて、でもそれって矛盾しているから、私は気が動転しているのだと、自分でわかる。

「タオル、」
「ね」
「…………ようへいくん、かぜひいちゃうよ」
「違うの?」

答えて、やらない。その代わりに、どうにか身体に力を込め立ち上がる。大判のタオルを引っ張り出し、洋平くんの髪を拭いてやる。いっしゅん、びくっと反応したが、わしわしと私に拭かれながら、彼はまたすぐに話題を戻す。

「ナマエさーん」
「……ようへいくん、それ、いい加減離してくれない?恥ずかしいんだけど」
「ナマエさんの?」
「…………うん」
「自分で買ったの?」
「そうだね」
「いつ?」
「いつ?……うーん、いつだろう、半年前とか?覚えてないよ」
「なんで?」

ふうっと、笑ってしまう。そんな場面でないとわかってはいるのだが、彼がようやく、見せてくれたのだ。子どもみたいな彼を。なんで?どうして?絶えずそう問うてくる様子はまるで幼児のようで可愛らしかった。濡れた首元を拭いてやる。

「……なんでって、言われると困るんだけど」
「彼氏と使う為?」
「それならそう言うって。あと私、彼氏いないよ。知ってるでしょ?」
「実際いるかいないかなんてわかんないじゃん、嘘かもしれないし」
「……洋平くんに嘘付かないよ」
「じゃあ、オレのこと好き?」
「ん?」
「オレはナマエさんのこと好き」

あ、それ、言うんだ、いま。
彼の水分を拭き取っていた手が、止まる。また、引き抜かれたようだ、コンセント。差し直してみるが、ブレーカーが落ちているようで、全く、何も作動しない。

「ね」
「……なんで?」
「ん?」
「いるでしょ?同級生の可愛い子とか……今日もほら、新しく入ったって教えてくれた子。あの、洋平くんよりも歳下の女の子だって可愛かったし、」
「ナマエさんの方がかわいいよ」
「……え?」
「なんで好きかって言われると難しーんだけどさ」

逆に、どうやったらナマエさんのこと好きにならずにいられるのか教えて欲しいよ、オレとしては。
なんの、説得力もない言葉だ。もしかすると洋平くんはそこらの女をこうやって口説いていて、私もその一人なのかもしれない。それがわからないほど、バカじゃないはずだ。でももう、バカでいいと思った。洋平くんがそんな碌でもないナンパ野郎でも私は、別に。もう、いい。

「……ようへいくん、私のこと好きなの?」
「うん。かなり、相当」
「……しないの?」
「ん?」
「……こんな距離で話してて、したくならないの?」
「……なにを?」
「…………キス」
「したいよ」
「……じゃあなんで、しないの」
「ナマエさんは、言ってくれないの?」
「なに?」
「オレのこと好きだっ、」

塞ぐ。生意気な唇を。二秒……いや、三秒ほどだろうか。くっつけて、そしてそおっと、離す。そして、気付く。あ、洋平くん、怒ってる。不服なんだろうな。地味に長く続いた関係のおかげで、それくらいはわかるようになっていて。

「……ミョウジさんみたいに、なんでも頑張ってる方がいいって…………そう言ってくれた時からぼんやり、すきだよ」

でもほら、歳離れてるし、洋平くんモテそうだし、私、バイト辞めるし。でも最後に二人で会いたくてご飯誘ったら来てくれたでしょう?それが嬉しくて、あぁいい思い出ができたなあって思ったのに、洋平くん、次いつ会う?って聞いてくれるし、ドタキャンとかもしないから。なのに。

「好きだよとか、付き合おうとかぜったいに言わないし……それどころかゆびいっぽん、触れてこないから」

優しいんだろうなって、思ってた。洋平くんは私が洋平くんのこと好きだってわかってて、でも洋平くんは私のこと好きじゃない。好きになれない。でも優しいからとりあえず会ってくれてるんだろうなって。

「そう思ってたの」

彼は私と違って、途中で唇を塞いだりしなかった。言いたかったことを最後まで述べさせてくれる。それか、さっきの発言は嘘っぱちで、普通にキス、したくないだけかもしれないけれど。

「……で、これは」

いつまで持っているのだろうか、こんな恥ずかしいもの。彼の手からそれを引き取って、元の位置に戻してやる。

「あれは、その……自分で買って、自分に使ってただけ」
「俺のこと、考えたことあった?」
「……え?」
「アレ、使ってる時に」
「…………それ、なんて答えればいいの」
「ふふ、嘘つかないで答えてくれればそれでいいよ」
「……考えたことあったか、というか……」

ようへいくんのこと考えてたら、買ってたの。
洋平くんとバイバイして、一人になって、あぁ今日も何も起こらなかったなって虚しくなって。

「それで、はじめはその……あんなの使ってなかったんだけど、たりなく、なってきて」

え、わたし、なに言ってるんだろう。そう思うのに、洋平くんが。
洋平くんが慈しんだ目で私を見るから、全て懺悔しなければならないような気がしてしまうのだ。

「……ごめんね、」
「ううん」
「怒ってる?」
「ううん、ぜんぜん。かわいいなぁって思ってるよ」
「……やだよね」
「ん?やじゃないよ」
「ごめんね、好きで」
「なんで謝るの」
「私なんかが、」
「ね、いいの?抱いて」
「え?」

あんなオモチャじゃもう、満足できなくなるくらい、オレじゃないとダメになっちゃうくらいに。

「ナマエさんのこと気持ちよくしていい?」

ちょうど、その時。機械的な声が、狭い部屋に響く。
マモナク、オフロガワキマス。
あぁ、なんて間の悪い給湯器だろうか。買い替えてやろうか。私のその想いが顔に滲んでいたのか、ふたり、目を合わせ苦笑するしかない。洋平くんは眉を下げたまま困ったように笑んで、先に入っておいで、と私に言う。

「でも、洋平くんの方が、」
「それか、一緒に入る?」

くっと笑んで、そんな意地悪を言う。

「オレは大歓迎だけど、ナマエさん嫌でしょ?」

だったらホラ、行っておいで。あったまっておいでね。
彼にそう言われ、私は仕方なしにバスルームに向かう。ごめんね洋平くん、ちょっと時間、掛かっちゃうかも。心の中でそう謝罪をし、友人から貰ったボディ・スクラブと昨日ぶりの再会を果たす。

2023/12/31