ミヤギにハマってさあたいへん | ナノ
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「急にごめんなさい、とりあえず連絡先だけでも教えてもらえないかなって、」

昼休み、昼食を胃におさめた後。夏休みがもう直ぐそこまで来ていた。あと数日で終業式だ。相変わらず夏の暑さは猛威をふるい、呼吸することさえも鬱陶しいほど。彼女の影響でチョイスするようになったいちごミルクは、まだギリギリ、ひんやりとしている。それをズズッと吸い、可愛らしい甘さを堪能している時だった。クラスメイトから「みやぎー」と名を呼ばれる。声の方向へ視線をやると、ちょいちょいっと出入り口を指差し、続ける。「一年生が呼んでる」と。バスケ部の一年か、誰だ?勝手に部活の後輩が何か聞きにきたのだろうと思っていたのでその後で「女の子」と続いた時には驚いた。男子バスケ部に一年の女子マネージャーはいない。つまり「知り合いの一年の女の子」は宮城に存在しないのだ。なのに、クラスメイトが指差した方向には確かに、俯いている女の子が居た。見覚えはな……いや、あー、なんか、いたかも。部活中、見かけた覚えがあった。宮城は記憶を掘り起こす。なぜ覚えていたのか。誰かが言ったのだ。
あの子、新入生なんスけどマドンナ的存在らしいですよ。誰見にきてんすかね。
流川に決まってんだろ。それ以外に誰がいんだよ。
そんな会話だ。へぇ、と。まぁ確かに可愛い子だもんなぁと、そう思ったのを思い出し、で、そのマドンナがオレに何の用だろうと思っていたら告白されたのだ。
バスケ部の練習見てて、宮城先輩に一目惚れしました。好きです。付き合って欲しいです。
周りの視線などあまり気にせず、三年の廊下で、まるでナマエがしたかのように。
全く装飾されていない言葉は、気が動転している宮城にもすぐに理解ができた。宮城は思う。オレが知らないだけで流行ってんのか?公開告白、と。勿論、残念ながらそうではない。その証拠に、公開告白なんてものに巻き込まれているのは宮城だけだから。

「あー……ごめん、オレ」

彼女いるから。
それを吐露しようとするが、その前にいっしゅん考える。先日のナマエとのやりとり。付き合う?と自ら問うた。そこまでは覚えている。確かなことだ。間違いない。宮城の思考回路はぐるぐると忙しなく動いているので、大変失礼ではあるが、目の前の女からの告白どころではなかった。アレ?ちょっと待って?おかしいぞ?

「……今すぐ付き合って、とは言わないので、その……ちょっと会って、話したりとかしたいんです。それもダメですか」

少し震えたか細い声にハッとし、もう一度言う。ごめん、と。

「その……俺も、好きな人がいて」

よく思い出せ、オレ。ナマエちゃんはその後、なんか言ったか?はい、よろしくお願いしますって、言っ……てないよな。残念だが「恥ずかしくて死んじゃう」だもんな、次のセリフ。いや、これはこれで可愛かったけれども。
は?なに?じゃあオレたち、まだ付き合ってねーってこと?確かに「オレたち付き合ってるんだよね?」「ハイそうですね」って確認はしてないけど……でもなんかそれっぽいことしたし言った……よな……?
答えの出ない問いにセルフ回答しながら、宮城は落胆する。そしてとりあえず、目の前のことにピリオドを打たねばと、一年の彼女を見つめる。あークソ。こういう時、なんて答えればいいのかも学校では教えてくれない。ほんっと、不親切だよなぁ。宮城はそう思いつつ、迷うことなく伝える。

「ありがとう。でも、ごめん」
「……連絡先も、ダメですか」
「……ごめん、教えられない。ほんっとごめんね」

つーか、なんだ、これ。オレ、もしかしてモテ期か?
宮城は教室に帰還し、机に突っ伏す。何が何だかわからなかった。幻想の中にぶち込まれたかと思えば、急に引っ張り出された気分だ。彼が項垂れているのは、自分に告白をしてきた一年生マドンナが自分の言葉に瞳を潤ませ、踵を返したから。人を傷つけた罪悪感みたいなもの。それもある。ただ、さっきのやり取りの中で気付いたことによる落胆が大きかった。彼女になったと思った彼女はまだ彼女じゃないかもしれない。クラスメイトが「宮城、あんな可愛い子からの告白断ったの?」と問われるが、彼はそれどころじゃない。指先で「ごめん、オレたちって付き合ってるんだよね?」を作り、それを送るのは数十秒でできるが、あまりにもダサすぎる。こういうのは直接話したい。スマートフォンで時間を確認する。これから会……えないか、昼休み、終わっちゃうもんな。あークソ、どうすっかな。放課後……は部活だし、明日朝話すか?そうやって頭を悩ませている間に、校舎に充満する。
宮城、一年のマドンナに告られたらしいよって。
そしてあっという間に、ナマエの元にも届く。

「ねー聞いた?宮城先輩、一年生のめっちゃ可愛い子に告白されたらしいよ」

多少の時差はあったものの、放課後にはきちんとナマエの耳にも届いた。ぴくんっと身体が反応する。黙って、追加情報を待つがなにもやってこない。不安がぶくぶく、膨れ上がる。

「えっ、それっ、」
「なんで不安そうな顔するの。ナマエと付き合ってるんだから断るに決まってるじゃん」
「っ、ちょ、やめてよ、恥ずかしいじゃ…………っ、付き合っ………………つきあって、る、?」

え?私と宮城先輩って付き合ってるんだっけ?
曖昧な記憶をどうにか繋ぎ合わせ、再生する。付き合う?と突然問われたのは覚えていた。おそらく、改竄された記憶ではないはず。

「ナマエ?」
「………………えっ、どうしよう、私、付き合ってないかも」
「え?」
「宮城先輩が付き合う?って言ってくれたはずなんだけど」
「はずなんだけど」
「ごめん、記憶曖昧で……で、私、言ってないかも」

ハイ、ヨロシクオネガイシマスって、言ってないかも。
さあっと、血の気が引いていく。
は?貴方、いったい何を言っているんですか?
そう言いたげな友人のことなどお構いなしに、続けて不安をぶつける。

「……もしかして宮城先輩、その子と付き合っちゃった?」
「そこまでは知りません。ていうかナマエと付き合ってると思ってたから気にしてもなかった」
「ど、どうしよう。やだ、ぜったいやだ、」

半泣きで縋るが、なんの意味もない行為だった。呆れたように彼女は告げる。

「……付き合って?って言われたんでしょ?その人がこんな数日のうちに鞍替えする?」
「えっ、わかんない、だってその子可愛いんでしょ?ていうかもしかしたら付き合う?って言われたの、私の幻聴かもしれないし」

そう、そうなのだ。そもそも、そうだ。宮城先輩が私のことを好きになるはずがないし、まして付き合ってみようと思うはずもない。ナマエは自分の記憶を疑い始めていた。夢のように微睡んだ時間は、実際に夢だったのではないか?と。

「なにそれ。宮城先輩に聞きなよ、私たち付き合ってますよね?って」
「えっ?!そ、そんなのできない、恥ずかしい、嫌われちゃう」
「宮城先輩、そんなことで嫌わないでしょ」 
「っ!そうなの、宮城先輩って優しいから」
「……情緒不安定すぎるし支離滅裂な話するのやめてくれる?」

出たよ、過激派。
面倒くさそうに告げ、ふうっと息を吐く。ほら、さっさと連絡しなよ。そう言われ、スマートフォンを握るが、言葉が浮かんでこない。いったい、何を言えばいいのだろうか。付き合ってますよね私たち、って?え、それって脅迫文のようじゃないか?そう思い、あまり気が進まない。どうしよう。これまでのメッセージのやり取りを見返す。宮城からの返信はだいたい、十九時前後だ。今すぐ確認したいが、もう放課後。彼はこれから部活だ。邪魔するわけにはいかない。そうなると、バスケ部の練習が終わった頃……宮城からの返信がやってくるその時間を狙うしかなかった。悶々とした気分のまま、一旦校舎を後にする。そして、ナマエは日が落ちた頃、もう一度学校へ向かった。夜の学校なんて初めてだ。宮城と共に過ごしたベンチにひとり座り、ぼおっと体育館の方を眺める。バスケットボールの弾む音が聞こえなくなり、暫くすると何人か、自分の前を通り過ぎていく。おそらくバスケ部員なんだろうが、突然「宮城先輩いますか」と問うのは気が引ける。こちらから体育館に近付くのもちょっとこう、勇気が足りない。そう思ってオロオロしていると、やたらと背の高い男子生徒がやってきた。あ、桜木くんだ。そう思って、勝手に声が出てしまう。それに反応した桜木は、ナマエの存在に気付き、声を掛けた。

「おぉ」
「さ、くらぎくん、あの、」
「私服だと一瞬わかんねーな。こんな時間に何してんだ?」
「あの、わたし、」
「りょーちんか?」

なぜか嬉しそうに桜木は言う。ナマエはこくこくと、何度か頷く。

「すぐ来るぞ、いま鍵閉めてる。呼んでこようか?」
「あ、いいの。ここで待ってれば会えるよね?」
「おう。一緒に待ってようか?」
「ううん、へいき。ありがとう、教えてくれて」
「だからりょーちん、今日ヘンだったのか」
「え?」
「なんかソワソワしてたから」

ミョウジさんと会う約束してたからか。
桜木は勝手に納得して、じゃあ!と去っていく。取り残されたナマエはぽかんとする。会う約束なんてしていない。確かに、さっき一言メッセージは入れた。話したいことがあるので部活終わるの待ってます、と。でも、宮城が部活中にスマホをチェックしないことはわかっていた。先ほど確認したが既読も付いていない。
じゃあ、なんで?
あ、やっぱり告白されたから?一年生の、可愛い女の子に。それじゃん。
ナマエは一気に、どんよりした気分を抱えた。鼻の奥がツンと痛い。その頃、着替えと施錠を済ませた宮城は、スマートフォンに届いた意味のわからない「待ってます」を一読し、困惑していた。待ってるったって、どこで?この時間にいるわけ……ないと思ったのに。ぼおっと突っ立っている私服の彼女を見つける。近付いて言う。

「……オネーサン、いつから居んの」
「み、やぎせんぱ、」
「だめだよ。女の子がこんな時間にひとりでいたら」

大きな手のひらがわしゃわしゃっと頭を撫でる。ドキッとしてしまう自分に、ナマエは泣きそうになってしまう。どうしよう、私、もう会えないとか、連絡できないとか言われちゃうかもしれない。必要のない不安が、勝手に募っていく。

「……さっき来たばっかりだもん」

あぁ、嬉しい。もっと触れて欲しい。やっぱり、私ばかり好きみたいだ。ナマエは五歳児のように不満を露わにする。ぷくっと頬を膨らませ、じとっと宮城を見上げる。宮城を想い、溢れそうになる涙を抱えた潤んだ瞳が自分を捉えるので、ナマエの心境とは裏腹に、宮城はドキッとしてしまう。そもそも、彼女の薄っぺらく首元がやや緩いTシャツと、太ももが剥き出しになったショートパンツ。そのラフな服装に困ってもいた。これ、指摘した方がいいのだろうか。なんというか、よろしくないと思うんだけど、その格好。言うまでもないが、宮城の脳内に昼休みの彼女のことなんてもう一ミリもない。

「だもん、って……」

なにそれ、可愛いね。
そう言おうと思ったのだが、やや怒ったナマエの言葉がそれを打ち消す。

「だいたいいつも、宮城先輩から返事くるのこのくらいの時間だったから……宮城先輩、部活中スマホ見ないってわかってたんですけど、どうしても今日会いたくて、さっき桜木くんに聞いたらもうすぐ宮城先輩来るって教えてもらったし」
「……花道、会ったの」
「はい、さっき、」

この格好の彼女を見やがったのかと悔しい気持ちになるが、まぁアイツには晴子ちゃんがいるし……などと、宮城は宮城で、自己解決に必死だ。必死なナマエの心境など知ったこっちゃない。

「どうしても今日話したくて……ちょっとだけでいいので、時間もらえませんか」
「ん、つーか送ってく。歩きながらでいい?」
「えっ、あ、でも、いいです。方向、反対ですし」
「あぶねーから」

さっきも言ったけど、こんな時間にひとりでいたらダメだよ?
宮城が五歳児に注意をするように、柔く言うものだからぷりぷりしていたナマエだが、しゅんとしてしまう。「ごめんなさい」とぽそり、謝罪を。

「あの、宮城先輩っ」

歩き出そうとした宮城のワイシャツの裾をぎゅうっと掴む。表面張力の限界を超えたのか、つうっと、涙が頬を伝う。泣いちゃダメだ。そう思うが次々に溢れる。宮城は立ち止まり、ぽかんと彼女を見つめる。は?なんで泣いてんの?

「私、宮城先輩の彼女になりたいです」
「は?」
「っ、ご、ごめんなさい、図々しいですよね」

あ、やべっ、違う。いや、でも、は?
完全に先を越されてしまった。ここからちょっと、アイドリングトークをして、彼女の緊張がほぐれたところで改めて好きだと伝えるつもりだった。その後で付き合って欲しいと話すつもりだったのに、なんだ、これ。いつまで経っても自分はハンドルを握らせてもらえないもんだなと、苦笑する。

「宮城先輩に、まえ、言った、んですけど……勝手に好きでいるって……なのに、もう、自分が好きなだけじゃ、ダメになっちゃいました」

ごめんなさい、わがままで。
ナマエは震える声でそう告げる。恥ずかしい。断られたらどうしよう。宮城先輩を困らせていたらどうしよう。もうあの子と付き合っていたらどうしよう。そんな気持ちが混じり、涙となって落ちる。

「っちょ、まっ……な、泣かないで」
「ごめ、なさっ……ごめんなさい、すみません、っ」

次々に落ちるそれは、宮城の指先で拭っても拭っても間に合わなくて。慌てた彼はバッグの中から練習中に使い、家に帰ったら洗濯機に放る予定の、つまり使用済みのタオルを取り出し、渡す。涙を拭くような布を、これしか持ち合わせていない。

「ごめん、ぜったい汗臭いけどよかったら使って」

ごめんなさい、と鼻を啜りながらナマエは受け取る。大好きな、宮城の匂いがする。どうしよう、好きだ。好きすぎる。想いが溢れ、また泣きたくなる。

「……きょう、宮城先輩、告白された、って」
「え?」

あぁ、なんかそういえばそんなこともあったな。宮城はそれくらいの感覚なのでいっしゅん、反応が遅れる。

「……取られたくないです、宮城先輩のこと……誰にも取られたくなくて」
「……誰も取らないよ」
「凄い可愛い子に、っ告白されたって、」
「…………ナマエちゃんの方がかわいーよ」
「っ、そういうこと、じゃ、」

涙のせいでしっとりとした頬を、手のひらでそおっと包む。ぴくっと身体を震わせ、反応する彼女を愛おしいと思う。指先ですりっと撫でると、困ったような、恥ずかしそうな表情でちろりと宮城を見上げた。唇をむずむずと動かし、決心がついたのか、はっきりと言う。もう、声は震えていなかった。凛とした声だった。

「私、宮城先輩のこと好きです。大好き。好きです」

もう、何度目だろう。好き、と言うのは。それでもまだ恥ずかしくて、怖くて、でも押さえ込んでおけない感情。初めて伝えた時よりも、もっと膨らんで大きくなっている感情。

「我儘だってわかるんですけど、……宮城先輩にも、私のこと好きになって欲しい、です」
「もう好きだよ」

ナマエは宮城からやってきた言葉に、うるうるの瞳をぱちくりとさせた。信じられないとでも言いたげに見つめる。宮城は少し屈み、視線を合わせてやる。オレ、この間も好きだって言ったのになぁ。信じてもらえてなかったのか。びくっと、彼女の身体が強張る。唇を耳元に持っていって、言う。

「すげー好き」

さっきだって、聞こえていなかった訳じゃない。意味がわからなかっただけだ。やっぱりナマエはまだ、信じられないのだ。大好きな、この世でいちばん格好いい宮城先輩が、自分のことを好きだなんて、そんなの、ありえないことで。

「ごめん、オレもさ、今日気付いて……あれ?そういえば付き合う?って言ったけど返事聞いてなくね?って、すげー焦って」
「……ごめんなさい、わたし、宮城先輩に付き合う?って言ってもらいました、よね?」
「うん、言った。めちゃくちゃ言ったよ」
「なんか、そんなわけないなって思って……勝手に記憶改竄してるんじゃないかって思えてきて」

ふはっと、楽しげに宮城は笑う。笑わないでくださいよって、拗ねる彼女はやっぱり、可愛い。

「なんだソレ、んなわけないじゃん」
「だって、っ、」
「あと何回言えばいい?好きだって」

ナマエちゃんの気が済むまで、何回でも言うよ。好きだって。付き合って欲しいって。
宮城はそう言って、ふわっと彼女を抱き締める。ただただ包まれているだけのナマエは、宮城の体温に声も出せず、もちろん大好きな大きな背中に手を回すこともできない。引き続き鼻を啜って、えぐえぐと泣きじゃくるだけだ。宮城はそおっと、背中を撫でてやる。彼女の呼吸が少し落ち着いた頃、少し身体を離し、視線を合わせ、最終確認を。

「いいの?オレ、彼氏で」
「っ、いい、です……みやぎせんぱいが、いいです」

宮城先輩じゃなきゃ、いや。
ナマエはそう言うと、ぎゅっと、自ら宮城の胸に埋まる。宮城にとくとく、彼女の心臓の音が伝わる。トドメを刺された彼は、可愛い彼女の背中を引き続き摩ってやる。自分の煩い心音が彼女に伝わっていないことを、夏の夜空のよくわからない星座たちに、懸命に祈る。

2023/04/26