ミヤギにハマってさあたいへん | ナノ
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あの時と同じ場所なのに、誰もがもう、すっかり、あの日の蒸し暑さを忘れていた。
三月、卒業式。全校生徒が集められた体育館で一番涙を溢していたのは、きっとナマエだ。常にずびずびと鼻を啜る音が聞こえる。式典が終わり、自教室に引き返している時。相変わらず呆れた様子の友人に「泣くの早すぎだしいつまで泣いてんの」と、ため息と共に伝えられた程だ。宮城先輩が卒業してしまう。それがどうしようもなく悲しくて、寂しくて、やりきれなかった。
見送る側と見送られる側で、校門はごった返している。宮城が部員たちにもみくちゃにされているのを、ナマエは遠くからぼんやり、見つめた。たまに、女の子が近付いていた。心臓がぞわっとするが、宮城が丁寧にとっとと会話を切り上げている様子を見て、嬉しくなっている自分にうんざりする。宮城先輩、卒業しちゃうんだ。そう思うとどうしたって、じわっと涙が滲む。あーあ、せっかく早起きしてメイク、がんばったのに。もうほとんど台無しになったそれ。これから一応、会う約束してるのに。

「宮城先輩、人気あるねー」
「……格好いいもん」
「ハイハイ、そうですね」

第二ボタンください、というオーダーは随分前に伝えた。年が明けた頃だったかもしれない。
「宮城先輩の第二ボタン、ひとつ予約できますか?」とドギマギしながら問うナマエに、宮城は随分癒されたものだ。もちろん、と答えてやるとナマエはとろっと、嬉しそうに笑む。そして、表情を申し訳なさそうにし、ナマエは続ける。できれば、でいいんです。ほんっと心狭くて、みっともないんですけど、と。たくさん前置きをして言う。
たぶん、私以外の女の子に、ボタン欲しいって言われると思うんですけど、できたら、……できたらでいいので、あげないでください。
そうやって苦しそうに吐き、ほろっと泣くから、宮城はぎゅうぎゅう、心臓を握りつぶされるような感覚。そのまま力強く彼女を包む。「誰も欲しがんねえと思うけど」と謙遜しつつ「わかった、わかったよ。ナマエちゃん以外にはぜったい、あげない。約束する」と。何度も、彼女に伝える。

「……みやぎせんぱい、」

そろそろ行けば?と。友人に背中を押され、沢山の人に囲まれる彼の元へ。おずおずと近付き、短ランの裾をちょいちょいっと引っ張って、呼び止める。

「ナマエちゃん」
「……ご卒業、おめでとうございます」
「ん、ありがと」

ぽんっと、頭に宮城の手のひらが乗る。わしわしっと、撫でてくれる。触れる力が、届く声が優しくて、また泣きたくなる。

「ちょっと泣きすぎじゃない?」
「だって、っ……あの、ちょっと、話したくて……じかん、ありますか?」
「もちろん」

部員たちにひゅうひゅうと茶化されながら、思い出の場所へ。初めて、そして何度も二人きりで昼食を共にした木陰のベンチだった。それも、たぶん、今日が最後だ。腰掛けて、沈黙が流れて、またぐすぐすと泣き出したナマエが、絞り出すように言う。

「……卒業、しないでほしいです」
「ん?留年しよーか?」
「…………いまから、できるんですか」
「できんじゃない?校長に聞いてこようか?」

いじけている女の顔を覗き込み、宮城は悪戯に笑う。そうするとナマエも小さく笑って、でもまた、すぐに泣いて。

「ほんと、やです」

びしょびしょの瞳で宮城を見つめる。もっとずっと宮城先輩と一緒に居たかった。もっと早く好きになりたかったって、可愛い言葉が宮城に届く。
二人が結ばれてから半年以上が経過しているが、ナマエはぼんやり、思っていた。別れるのかもしれない、と。正直に言うと、もう少し前からよぎっていたことだ。太陽が顔を出す時間が日に日に短くなり、気温が下がっていった頃。宮城の卒業を意識するようになった頃から、彼と会う度にぼんやり、怯えていた。「別れよう」と切り出されるかもしれないと、いつも、ぼんやり。そして今日が、その可能性が一番高いとたかを括っていた。元々、自分が狂ったように好きだと伝えるから、優しい宮城はそれに付き合ってくれていたのだと、未だに思っているのだ。だから最近はずっと、苦しかった。会う度に好きになる。でも、いつか別れなきゃならない日がくる。そうしたらもう会わない方がいいのかと思う。まだ、好きの量がこのくらいのうちにやめておけば、と。でももう、ずっと、初めから、出会った頃から、ナマエが宮城に抱く「好き」の量は既に取り返しのつかない量だったわけで。だからもう、ぜんぜん、引き返せないところまで来ていた。

「あの、みやぎせんぱい」
「ん?」
「別れますか、私たち」

で、もちろん、そんなことはなかった。宮城は親切心で彼女と付き合ったわけじゃない。付き合う?と問うたあの夏の日も、付き合いたいと思ったから声にした訳だ。それはずっと変わらず、寧ろ「こんなに可愛くていい子がオレの彼女でいいのだろうか」と信じられなかったほどだ。だから「別れる」という単語の意味がわからなかった。いや、意味はわかるが、なぜそれをナマエが吐くのか、全くわからなくて。

「は?」
「私たち、わかれ、」
「なんで?」

ぽかん、としてしまう。そして本当に意味がわからず、言葉を発しないナマエにもう一度「なんで?」と、少々苛立ちながら吐く。

「なんで、って……」

なんでかは知らない。でも、たぶん、いつかそういう日がやってくるなら、早い方がいい。
ナマエはそんな風に思っていた。もう、現時点で私、宮城先輩のこと一生忘れられない。宮城先輩以上に好きな人なんて今後一生、現れない。まだ十七年しか生きていないくせに、生意気にもそう確信していた。でも、この感情はうまく言語化できない。このまま吐いたら、重いと思われそう。その辺が作用して、やっぱり、めそめそ泣くしかない。

「……ナマエちゃん、オレと別れたいってこと?」
「ちがっ……ちがう、そんなんじゃ、」
「あんま会えなくなるから?」
「だから、っちがう……そうじゃない、っ」

会うペースなんてどうでもいい。年に一回だけ会うことが許させる織姫と彦星のようになってもいい。ナマエはそう思うが、ピリッとした空気を放つ宮城にそれをうまく伝えられず。だが、宮城は怒っていたわけではなく、とにかく動揺していた。そんなワードが飛んでくることを、これっぽっちも予想していなかったのだ。焦って、声色がどんどん強くなる。宮城がナマエに抱く感情に「別れる」なんて一ミリも存在しないから。可愛いと、好きと、大事にしたいと、愛してると、幸せにしたいと、あと……とにかく、幸福な感情しか持ち合わせていない。別れるとか離れるなんて、頭の中にないわけで。

「別れたくないです、別れたくないっ、んですけど、っ」
「じゃあなんでっ」
「っ、いいんですか、わたし、……私なんかと、付き合ってて」
「いいでしょ」

間髪入れずに宮城は答える。そのまま、続ける。

「ていうか」

こんなこと言ったら重いだろうか。ナマエ同様、宮城はそれが頭をよぎる。日に日に増すナマエへの美しくない方の愛に、気付いてはいた。嫉妬だ。元々小さなことでじわっと妬いていたが、それがむくむく膨らんでいく。だから、第二ボタンを強請られたことも、他の誰にも渡さないで欲しいと言われたことも、宮城の心をどっぷり満たした。あぁ、この子もそうなってきているんだな、と安心した。もうかなり、深いところで愛し合っている二人だ。だから、突然目の前にやってきた「別れる」というワードに酷く心を乱す。

「悪いけどオレ、ナマエちゃんが別れたいって言っても別れないよ」

宮城がなにを主張しているのか。泣きすぎてぼうっとする思考のナマエは、いっしゅん理解しかねた。思っていないのだ。宮城が、こんなことを吐露すると、微量も思っていない。

「いや、まぁ……まじでオレのこと嫌いになって、」
「ならないです、ずっと、好きです」
「……最後まで聞いてって」
「っ、ご、ごめんなさい」
「まじ、オレのこと嫌いになっちゃってさ、それで別れたいって言われたら嫌いになった理由聞くし、直せることなら直すし……他に好きなヤツができたって言われたらそれはまぁ、」
「できないです、わたし、宮城先輩しか、っ」
「……ナマエちゃん、ヒトのハナシは最後まで聞こうね」
「だっ、だって、っ、わたし、っ!」
「……もー、なんて言おうとしたか忘れたじゃん。格好つけてたのに」
「……格好なんかつけなくても、宮城先輩は格好いいです」

宮城先輩が世界でいちばん、格好いいです。
そう言ってぎゅうっと、宮城に抱きつく。あのー、まだ学校なんですけど。普通に帰宅する生徒、周りにチラホラいるんですけど。さっきからのやりとりもあって、まぁまぁ見られてるんですけど。
宮城はそう思いながらも、まぁいいかと彼女の背に腕をまわす。とんとんっと摩ってやる。

「だからさ、ナマエちゃんがオレのこと好きなうちは付き合っててよ。オレも嫌われないように、好きでいてもらえるようにするからさ」

そう告げると、ナマエは宮城の胸に埋めていた顔を上げ、不思議そうに見つめる。
私が宮城先輩のことを好きなうちは付き合っててよ?
え、じゃあ、一生好きだよ?
そう思い、声に出す。

「…………そしたら、わたし、ずっと、……ずっと宮城先輩のこと好きですよ?」
「うん、いいよ、サイコーじゃん」
「……でも、」
「あ、そういえば」

何かを思い出したかのようにニカっと笑い、とても楽しそうに宮城は言う。照れ隠しだろう。少しふざけて、揶揄うように。

「ご予約の第二ボタンのお受け取りは今でよろしいですか?」

ふっと笑って、宮城はそれに指をかける。ひとつも無くなっておらず、綺麗に揃っているそれに、ナマエは非常に、満たされる。ぶんぶんと頷く。ぷちっと千切って、差し出された手のひらに握らせる。高価なジュエリーでも眺めるかのように、ナマエはそれを、うっとり眺めた。顔を綻ばせ、ありがとうございますと礼を告げる。宮城は可笑しそうに笑い、どういたしましてと、幸福そうに。

「桜木くんとか流川くんに強請られませんでしたか?」
「アイツらそんなタイプじゃねーだろ。可愛くねえんだから」

ほら、帰ろ。
宮城はそう提案し、ベンチから腰を上げる。まだ離れたくないナマエは、なかなか立ち上がらない。

「ナマエちゃん?」
「……あの、話、掘り返して申し訳ないんですけど、……宮城先輩、私と、別れたくないんですか」
「ん?うん、そりゃね」
「あの……そうなるとたぶん、わたし、ずっと、……一生宮城先輩のこと好きだから、大変ですよ」
「大変なの?」
「っ、だって……だって、一生別れられないですよ」
「うん、そーだね」
「そうだね、って……」

どこか投げやりな宮城にナマエは不安になる。それを察したのだろう。宮城が問う。ダメなの?と、不思議そうに。

「いいんじゃない、一生別れなくても」

宮城は迷うことなく、そう告げる。ぽわぽわっと頬を染めるナマエを見下ろし、思う。あ、なんかプロポーズみたいなこと言ったな。でもまぁ、この子もかなり前に、言ってたもんな。保健室で「宮城先輩としかしたくないです、こういうの、これからずっと」とか言ってたもんな。じゃ、ま、いっか。おあいこってことで。

「ほら、送ってく」

おずおずと立ち上がり、ナマエは自ら宮城の手を握る。そのままのろのろ歩き、校門をくぐったところで、言う。
プロポーズみたいなこと言わないでくださいって、言う。
「プロポーズだよ」とは、まだ、言ってやらない。

2023/05/06 end