シンデレラ・ボーイ | ナノ
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「行こ」

興奮と羞恥心で忙しなかった私は、スマートフォンを弄る気にもならず、さっきまでのやりとりをぼんやり、思い出す。すると、頭上から降ってきた声。見上げる。思う。ほんっと、綺麗な顔してるな。これで愛想が良かったらどうなっていたことだろう。彼が無愛想なのは、この美しさのせいなのかもしれない。こんな美少年に優しくされたら、人間誰しもすぐに調子に乗ってしまうもんな。そう、今の私みたいに。特に笑顔を向けられたわけでも「好きです」とか「可愛いね」みたいな、その類の言葉を貰ったわけでもないのに。

「お疲れ様」
「疲れてない」
「えー、ほんと?私、バスケ、初めてちゃんと見たけどめちゃくちゃ疲れそうだね、ずーっと走っててさ。ていうか、流川くんほんっとに上手なんだね」

すっごい格好良くて、びっくりしちゃった。
つい、声に出す。言った後で思う。あ、やば、って。でもまぁ、いっか。なんか、もうどうでも良くなってきた。この子、あれだけ騒がれていたのだ。こんなの毎日、言われていることだろうし。
会場を出る。すると、今更ながら、若干周りの目が気になる。まだ昼過ぎ。試合終了後とはいえ、観戦客なのか選手なのか、ちらほらと人の姿がある。先ほどの視線を思い出す。そうなんだよなぁ、私、彼と同い年の可愛いクラスメイトじゃないんだよなぁ。隣にいるの、不自然なんだよなぁ。姉というには顔、似てなさすぎるし。

「誰にでも言う?」

悶々と考え込む私のことなどつゆ知らず、流川くんは突拍子もなく言った。なんのことかわからず、彼を見上げ、見つめる。追加の言葉を待つ。

「オレもスリーくらいできる。今日はしなかっただけ」
「スリー?」
「さっき、先輩のこと格好いいって言った」
「……あぁ、十四番の子?だって格好よかったよ、あんな遠くから、ぽーんって」

彼の、素人目にもわかる綺麗なシュートフォームは、脳裏に焼きついている。え、そんな遠くから打ったって決まるわけないじゃん。ヤケクソなの?そう思うのだが、冗談のように美しい放物線を描き、ゴールに吸い込まれるのだ。不思議で仕方なかった。なんであんなことができるのだろうと、純粋に疑問だったのだ。

「オレもできる」
「そうなの?凄いね」
「信じてない」
「信じてるよ、流川くんあんなに上手なんだもん。なんでもできるんだね、凄いね、ほんと」

なんでこの子、拗ねているんだろう。横顔、唇がとんがっていて可愛い。え、なに?もしかして私があの人のことを「格好いい」って言ったから、拗ねてる?あれだけ「ルカワ!ルカワ!」って騒がれていた子が?
そんなことって、ある?

「ねえねえ、もしかしてヤキモチ?」
「やきもち?」
「あの、じゅうよ……ねえ、十四番の子はお名前なんていうの?」
「……なんで」
「十四番の人、って呼ぶの大変だから」
「…………みつい」
「三井くん……あーなるほど、だからみっちゃんって呼ばれてたのか。ねえねえ、三井くんは何年生?」

無視。え、なに?なんで?

「ねえ、流川くん」
「なんでそんなこと知りたいの」
「なんでって……三井くん、格好いいから」

教えて欲しいなーと思って。
意地悪を言った。わざと言ったので、本当に心底、意地悪だった。いや、でもまぁ「格好いい」は紛れもない事実だ。ただ、そんなことよりも彼と流川くんとの関係性が知りたいだけだし、というか、そもそも、みんな格好よかったのだ。流川くんはちょっと、いや、かなり、飛び抜けて格好よかっただけで。

「いま、やだ?」

なんか、よくわかんないけどモヤモヤする?それね、ヤキモチって言うんだよ。流川くんってヤキモチ妬くんだね、可愛い。
そんな類のことを伝えたと思う。流川くんは引き続き、黙る。この子、彼女とか、彼女になりそうな子とか、いないのだろうか。選び放題だろうに。小六の頃に初めての恋人ができる、ませた人間だと思うのだが……いや、でも、バスケットボールだけの人生だったのかもしれない。試合中の彼を思い出す。そうじゃなきゃ、あぁはならないだろう。そう思うと、余計、可愛らしかった。だから、言ってしまった。可愛いね、って。

「ていうか、流川くんやっぱりモテるんだね。凄かったじゃん、ファンの子。毎回あぁなの?アイドルみたいだね、彼女とか」

いないの?
それを問う前に、遮られる。いない、と。ピシャリと伝えられ、私は面食らう。比較的会話のテンポが鈍い彼が、勢いよく遮るから。

「いないし、キョーミない」

あぁ、ですよね。女に現を抜かしていたら、こうならないですよね。そっか、と相槌を打つ。訪れる沈黙にもそろそろ慣れた。これがベーシックな状態なのだ、と思えるようになってきているが、それを破ったのは流川くんだった。

「興味ないのに、今日うれしかった。なまえさん来てくれて」
「……え?」
「うれしかった」

私が観に来たことが、嬉しい?それはいったい、なぜ?
考えてもわからなかった。彼と私は、少し前に出会い、顔を合わせたのは本日が二度目。一回だけ電話で話し、幾つかの短いメッセージをやりとりしただけ。私はどこからどう見ても、七つ歳上の、得体の知れない女だ。あ、七つ歳上という情報さえもまだ流川くんには伝えていない気がする。なのでつまり、余計に得体の知れない状態だ。
それが、その女が、試合を観に来たことが嬉しいって、どういうことだろう。
「女の子に観に来てもらって、応援してもらえて嬉しい」が真っ先に浮かぶが、私の代わりなど幾らでもいる。格好いいとか、その辺の言葉を彼は沢山浴びて生きているはずだ。それを欲しているとも思えない。しかもさっき、女の子興味ないって言ってたし。母親的なポジションなのだろうか。私が彼の近所に住むお姉さんなら、まぁわからなくもない。幼い頃から彼のことを知っていて、久しぶりの再会。わぁ凄いこんなに大きくなって……的な。でも、もちろんそうじゃない。
じゃあなに?私のこと、好きなの?
いやいや、一番、ない。だって、何も知らないのだから。フルネームくらいしか彼には教えていない。もっとも、これ以上私の平々凡々なプロフィールを彼に伝えたところで、流川くんの心が動くことなんてない。なんてったって、平々凡々だから。

「ねえ、オレ、なまえさんのこと好きなの?」

なのに、やってくる。彼が立ち止まり、ずいっと私に迫る。
やっぱり、下睫毛、長いな。
それがわかる距離だった。一瞬脳裏をよぎった馬鹿げた展開。それを突きつけられ、困惑する。そんなわけないのに、それしかないのだ。だから、私の脳はシステムエラーを起こす。「ありえない」が、いま、目の前で起きているから。
彼に見つめられた私は何も言えない。不思議そうにこちらを見つめる彼。あのね、女の子はね、君に見つめられると何も言えなくなるんだよ、流川くんがあまりにも綺麗だから。そんなことも教えないとわからないのか。ほんっと、可愛いな。可愛くて、反吐が出る。

「違うよ」

まず、言った。私、流川くんより七個歳上だよ、と。それに関して、彼は何も、表情に出さなかった。その辺の年齢だと察していたのだろうか。まぁいい。そして加える。流川くんの周りにそんな人いないでしょう?だからね、珍しくって気になっちゃうだけだよ。それは好きとは違うよ、と。
そこまで話すと彼は顔を顰めた。そして言う。別に珍しいとは思ってない、と。
これ以上言葉を続けられると私が不利になるからやめて。
その願いが通じたのか、彼はそれっきりなにも言わず、長い足が再び動き出す。ふうっと、息を吐く。
あぁ、だめだな。また試合観に行ってもいい?って聞こうと思っていたが、だめだ。やめないと。私が、だめになる。この子のこと、本当に、どうしようもなく、好きになってしまう。

2023/04/02