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そんな、あからさまに拒絶しなくても、もう私たち大人なんだし、なんかこう、普通にしてくれたらいいのに。初夏、気温が上がり、気分もなんとなく上がる。これ以上暑くなるとちょっと勘弁してくれないだろうかと許しを請いたくなるが、まだ暑さに怒りを覚えるほどではない。夕刻、身体をなぞる風が緩くて、たまに冷たくて、心地よかった。高校の同級生カップルの結婚式の二次会。会場は地中海風のテラスカフェをイメージしているらしく、モダン・カジュアルな雰囲気だ。地中海風、と言われてもピンとこないのが正直なところだがー…。とにかく、いい雰囲気の店だった。私を見て動揺している綴とは、だいたい二年ぶりの再会。付き合っていた頃とこれと言って特に、大きく変わっていなかった。あの頃の、よく見慣れた綴。

「そんなに嫌だった?私と会うの」

私はきっと綴も招待されているのだろうと思っていたから、彼がいることになんの驚きもなければ違和感もなかったのだが、彼は違ったのだろうか。ちょっと考えればわかることだし、もしそんなにも私と会いたくないのなら、参加しないという選択肢だってあるはずなのに、変な男だ。

「嫌じゃないよ」
「うわ最悪、って顔に書いてあったけどね」
「…そう思っただけで、嫌ではないよ」
「嫌じゃないけどうわ最悪、って思ったの?どんな感情?それ」

アルコールを数杯口にして、ちょっとだけ酔っ払った私は、嫌がられるとわかっていながら自ら彼に話しかけた。案の定、彼は苦虫を噛み潰したような、不愉快そうで尚且つ「ちょっと、やめてください。困ります」とでも言いたげな顔をする。そして残念なことに、周りもあの頃の同級生ばかりだ。私と綴が恋人同士だったことを知っている。成人した私たちはいつの間にか空気を読むことを覚えてしまったらしい。自然と私たちは二人きり…と言っても、もちろん周りはガヤガヤと賑やかでノリのいい洋楽が楽しそうに流されているから二人きりと表現するのは少し違うのかもしれないが、とにかく私たちに構うものなど誰もいない。そんな状況のせいもあってか、綴はどんどん困った顔を覗かせた。私は綴のあぐねる様子がそこそこ、好きだった。焦ったり慌てたり困惑したりする彼は見ていて飽きないし、それを面白がっている私を見て綴は不機嫌になったりするから、くるくる変わる表情が外国の子ども向けアニメーションみたいでお気に入りだった。それは今でも変わらないらしい。彼にチクチク嫌味を言って、勘弁してくれよって表情を楽しむ。

「元気だった?」
「おかげさまで」
「思ってないでしょ。何、その社交辞令」
「なに話したらいいかわかんないんだよ」
「普通でいいじゃん、そんなの。仕事のこととか、…そうだ、劇団、まだやってるの?」
「うん、やってる」
「へぇ、そうなんだ。今度観に行っていい?」
「ダメ」
「なんで」
「なんでも」
「ケチ」
「つーか、なんでそんな普通なの」
「え?」
「俺は、もっとこう、」

言葉を詰まらせる綴は珍しかった。まぁ、別れた後ってそんなもんなのかもしれないが、私は綴としか付き合ったことがないので、これについては正直、わからない。彼と別れた後、新しい恋人を作ろうとした時期もあったが、なんだかそんな気にもなれず、見事彼氏いない歴二年突破だ。このまましばらく記録更新するのだろうな、という予想が立てられるほど、なんとなくそういう気分になれなかった。人よりもボキャブラリー豊富な彼が頭の中から適切な言葉を探し出そうとしているのがわかる。しかし、それが仇となっているのか、なかなか選び出せないようで、結局私が待ちきれずに問うてしまう。

「気まずい?」
「気まずいとかじゃなくて」
「気まずくないの?」
「気まずいっつーか」

そんなに形容しがたい感情って、いったいどんな感情なのだろうか。結局、綴はごにょごにょと言葉を濁らせるだけで、はっきりとそれを口にすることはなかった。言っておくが、結構長く恋人をやっていたのだ。四年…いや、五年近く、私と綴は恋人だった。高校生の頃に付き合って、卒業して、地味な遠距離恋愛の末に別れた。百万人が泣いた、なんてキャッチコピーとは縁遠い、とても普通の、どこにでも落ちている恋愛だった。こうやって思い出しても特に印象深いシーンは思い浮かばない。ただ、隣にいた綴の横顔と近所のドラックストアで年がら年中お買い得価格で売られている柔軟剤の匂いは、今でも鮮明に思い出せる。そして、今日の彼からあの匂いはしなくて、代わりに洒落た香水の香りが鼻をくすぐった。あの頃のカジュアルな格好とは違い、今日はスーツだからそれは当然と言えば当然なのだが、勝手に寂しいに近い感情を抱いてしまった。なんて女々しいのだろう。そういえば纏っているそれもネクタイも、綴が一人で選んだものとは思えない代物だ。やっぱり、2年も経っているし、新しい彼女がいるのだろうか。だいたい、綴は比較的整った顔立ちをしているし、身長も成人男性の平均をゆうに越えている。正しい優しさをたくさん持っていて、程よく甘やかしてくれて。付き合っている頃は、そんなことをいちいち審査しなかったので気付かなかったが、いま思うと、とてもいい彼氏だった。

「いないって、」
「ん?」
「来ないって聞いてたんだよ」
「何が?」
「なまえ」
「残念だったね、来たよ」
「いや、だからそうじゃないんだけど」
「私、割と早く出欠連絡したけどね」
「…残念だったな、って言われてて」
「え?」
「会えるんじゃないかなと思って、でもほら、来る?なんて聞くと未練タラタラな感じがしちゃうし…でもまぁ、結局気になって聞いたんだよね。なまえって出席する?って」
「誰に」
「そこ重要?新郎」
「来ないって言われたの?」
「一応、そう聞いてたんだけど」

綴は高砂にいる新郎にジトッとした目を向ける。そういえば彼と綴はとても仲が良かった。学生の頃もよく行動を共にしていたし、進学した大学は別々だったものの、よく食事に行ったりしていた…気がする。ため息をついて、彼はもうどうにでもなれって感じで話を続けた。

「騙されたんだろうな。あいつ、さっきからめちゃくちゃ笑ってるし」
「相変わらずの扱いだね」
「たまに話してたからね、なまえのこと」
「なんて?」
「まぁそれは…アレだよ、まぁ、だからさ、すげえビックリして…動揺してたのはそのせい。会いたくないとか、そういうのじゃないから」
「なんて言ってたの?」
「…まだ好きだ、みたいな」
「綴、いま自分がなに言ってるかわかってる?酔ってるの?」
「若干酔ってるけどなに言ってるかはわかる」
「未練タラタラなんだ、二年も経つのに」
「タラタラだね、タラッタラ」
「彼女いないの?」
「今の話の流れからいると思います?逆に」
「いないといいなぁと思ったけど、綴ってそんなに悪くないからそこそこモテるだろうし…スーツも綴のセンスで選んだやつじゃないから、もしかしたら彼女できたのかなって」
「そんなに悪くないって…もうちょっとポジティブな言い方してもらえません?あとスーツは劇団の人からの借物。実家まで取りに行くの面倒くさくて」
「ふふ、そうだね、ごめん」
「彼氏、いないの?」
「え?」
「…聞こえてるだろ。スッと答えろよ、こっちも覚悟して聞いてるんだから」
「ねぇねぇ、今日の二次会さ、私が来るってわかってたら来なかった?」
「え、なんで話変えたの?」
「来なかった?」
「…来なかった、かなぁ。どうだろう」
「なんで?」
「会うとほら、こうなるだろ?」
「こうなる?」
「…好きだなって思っちゃうから、会うと。それだけならまだいいけど、新しい彼氏いたりしたらどうしようとか…色々思うでしょ」

彼は半ばヤケクソなのだろうか。付き合っている頃からあまりそういうことは口にしなかったのに、今日は、今はそれがするっと耳に届くので、少々困惑してしまう。だから私は精一杯冷静を装って、「なるほどね」なんて気の無い返事をしたが、綴の言葉のせいで身体の内側がぐんぐん熱くなるのがわかる。

「彼氏は?」
「いないよ」
「まじで?」
「まじで」
「まじ?」
「まじ」

そのままのノリと勢いで「やり直そう」くらい言えばいいのに、綴はしばらく黙って、アルコールの回ったのろのろとしか動いていないであろう頭でひとり悶々と考え込んでいた。私はちびちび、グラスに口をつけ彼が答えを出すのを待つわけだ。比較的、悪くない時間だった。どのくらい黙っていただろうか。司会者の「そろそろゲーム始めるので自分の席に戻ってください!」という呼びかけにハッとしたのか、綴はようやく、私に言った。今度デートしてほしいって。なんだそれ、と思ったし、実際に私は思ったことを口に出してしまっていた。

「なんだそれって…相変わらず口悪いな」
「綴が変なこと言うからじゃん」
「変なことってなんだよ」
「なんで今更デートするの?意味わかんなくない?」
「だめ?」
「…だめとかじゃないけど」
「後でまた、話せる?」
「うん」
「来てよかった、今日」
「え?」
「会えたから」
「会いたくなかったんじゃないの」
「…会いたくなかったよ、でもほら、会いたいから会いたくなかっただけで」
「矛盾してない?」
「この二年間、なまえは俺に会いたいなぁとか…一回も思わなかった?」

私はその答えのわかりきった問いに答えず、残り少なくなったスパークリングワインと共に席に戻った。綴に会えるかなぁと思ったから、二次会だけの参加なのに新しいワンピースを購入して、美容室に行ってインスタグラムで見た可愛い髪型にセットしてもらって、新しく買ったネイルポリッシュで爪を彩った私のことなんて、綴は全然、知らないんだろうな。
※よそ見がヘタなふたりです

2019/03/21 title by 星食