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じゃあ別れちゃえばいいのに。佐一くんはぜったい、そう提案しなかった。私がそうしないとわかっているのだろう。また約束ダメになっちゃったんだ、に対して「そうなんだ」くらいしか言わない。そもそも、この話が好きではないのかもしれない。お馴染みでお決まりのパターン。返信が来る前からわかっている。彼は来る。私のことが好きだから、どんなに天気が悪くても、眠たくても、疲れていても、来る。多分比喩抜きで、槍が降っても来る。いや、冗談とかじゃなく、本気で。私はそれをわかっているから、こうなると毎回、佐一くんを呼び出す。逆に言うと、こうならないと彼を呼んだりしない。

「ごめんね、急に連絡したりして」

毎回急にしか連絡をよこさないくせに、何を今更。佐一くんはそんな嫌味に聞こえる正論も言わない。お邪魔しますとだけ言って、冬の始まりの匂いと共に部屋の中へ。コンビニで買ってきたであろう新作のスイーツは冷蔵庫にしまわれた。明日の朝、一緒に食べることになるのだろう。老若男女が好きそうな整った顔立ちに、がちりと鍛えられた身体に不釣り合いな温和な性格…と言うと偏見になるだろうか。とにかく、私なんかとこんなくだらない関係を持たなくてもいいはずで、でも、こんな関係を望んだのは、どちらかと言うと彼で。

「寒かった?エアコン、もうちょっと上げようか」
「ううん、大丈夫。ありがとね」
「ホットチョコレートあるけど、飲む?貰い物だけど」
「嘘、飲みたい」
「うん、ちょっと待ってて」

佐一くんは元々、彼氏の友達の友達だ。友達の友達の友達だったかもしれない。どうでもいいことなのでいちいち覚えていないのだ。これは補足で、もうすでにお察しだとは思うが、私の恋人は女癖が悪い。仲間内でやめておきなよ、なんて揶揄される人だ。まぁ、佐一くんとこうなっている私が言えたことでもないが。私の彼がそういう人なのは有名だから、佐一くんもそれはきっと理解している。理解している上で、何も言ってこない。それに加えて、私と関係を持ったりする。多分、ちゃんとした恋人もいない。なぜかというと、心の底から私なんかと付き合いたいと思っているからだ。ちょっとおかしいんだろうな、と思わずにはいられなかった。私も、私の彼もおかしいが、佐一くんも同じくらい、おかしいのだ。みんなちょっとずつ、どうかしているのだ。

「はい、熱いかも」
「ありがとう。なまえちゃん、飲まないの?」
「明日の朝にする。もうこんな時間だもん」
「え、ごめん。わざわざ作らせちゃった」
「お湯入れるだけのやつだから大丈夫だよ。佐一くん、まだ寝てなかった?」
「うん、起きてたよ」
「明日休みだよね?」
「うん、休み」
「よかった、ゆっくりできるね」
「ごめんね、この間慌ただしくて」
「ううん、私が急に呼んだりするから。時間ないのにありがとね」

上っ面の会話。私は特に罪悪感を抱いていないし、彼もきっとそれに気付いている。でも、言わない。言ったらガラガラ、崩れるから。この関係は、絶妙なバランスで成り立っているのだ。それっきり、特に話すこともなくなり、やることもないので、手持ち無沙汰な唇を重ねる。ホットチョコレートはとても、甘かったようだ。空になったマグカップはテーブルの上に放置して、私たちはテレビもつけず、ベッドにも移動せず、ソファでしばらく、キスをした。舌が絡むと口内が甘ったるいそれでいっぱいになる。こうなると佐一くんはなかなか私を解放してくれない。足りない酸素と絡む舌のせいか、だんだんとぼおっとしていく私をよそに、彼の目はずっとギラギラしていて、欲がぐつぐつ湧いているのもわかって。もう何度もこういうことをしているが、まだ私は少し、佐一くんのことが怖かった。痛いとか、無理やりだとか、そういうことじゃない。むしろ、付き合っている彼よりもずっと丁寧で、気持ちよくて何度も達してしまうし、こちらをたっぷり気遣ってくれるのだが、どことなく怖いのだ。何を考えているかわからないからだろうか。得体の知れぬ底知れない何かに、私は少々、怯えている。今日もまだ、その感覚は抜けなかった。佐一くんは最中になると、あまり話さない。じいっと私を見つめて、時折短く息を吐くくらい。後は「大丈夫?」とか「痛くない?」とか、そんな感じの確認の言葉を耳元でぽそぽそ言うだけだ。だから部屋には私の声ばかりが響く。それによって佐一くんが欲を高ぶらせていく様子は、私のお気に入りだった。

「ベッド行く?」

ようやく解放してもらえた私は、彼の問いに数度頷く。多分、こんなことを言うのもアレだが、佐一くんは決して、セックスが上手なわけではない。でも、私はそれも含めて、彼と交わるのが好きだった。自分だってさっさと突っ込んで達したいだろうに、私がヘロヘロになるまでしつこく気持ちいいところに触れ、中がどろどろになってからじゃないと挿入してこない。挿れた後もそうだ。相手が私なのだから、自分の好きなようにすればいいのに、眉間に皺を寄せ、苦しそうにしながらゆるゆるとしか動かない。私が何度か達したところで、彼は毎回「ごめん、」と切羽詰まった顔で謝罪をし、やっと自分の欲を満たすために動く。その時の佐一くんの顔が私はこの世で一番大好きなわけだが、本人には言ってやらない。きっと、見せてくれなくなるから。とにかく、ワンパターンなセックスだ。私好みに仕上げられた、遊び心のないこの行為は、もちろん私の好みで、あぁそうこれこれって感じで、好きだ。そして私はあまり、性格が良くないので変わらない彼に安心さえもしている。彼が何か変わったことをしたとすれば、それはおそらく、私以外の女とこういうことをしたと判断してしまうだろう。それに対して私が怒る権利も泣く権利もないのは当然だが、そうなったら私はきっと、佐一くんが欲しくなってしまうのだ。我ながら本当に、面倒な性格だ。

「ホットチョコレートじゃなくていいの?」
「佐一くんとキスした時のでじゅうぶん」
「え?…あぁ、甘かった?」
「ちょっと甘すぎるよね」
「美味しかったよ」
「本当?持って帰ってもいいよ」
「彼氏、飲まないの?」
「…飲まないでしょ、甘いもの好きじゃないし」
「なまえちゃん、最近どうなの」

朝、コーヒーを淹れてくれたのは佐一くんだ。私の部屋にある、安いインスタントコーヒーなので淹れたという言葉を使うのもどうかと思うが、私も彼もこのチープでお手軽なコーヒーでじゅうぶんだ。コンビニの新作スイーツは二種類を二人ではんぶんこする。それを一口齧ったところで、彼が曖昧に問う。何について最近どうだと聞かれているのだろうか。仕事?恋愛?それとも総評?答えようがなく黙っていると佐一くんは質問を変えた。

「うまくいってるの、彼氏と」

うまくいっていたら佐一くんのことを呼んだりしないよ。質問に対する答えはノーで、理由はいま述べた通りだが、それを口にするのは何だか嫌で、また黙る。コーヒーが一気に不味く感じた。濁った雨水でも飲んでいるかのような気分になる。だんまりを続ける私に、佐一くんはひるまなかった。昨夜、いつもと変わったところはあっただろうか。いつも通りの、何度も繰り返した夜だったはずなのに。でもまぁ、今まで口を噤んでいたことの方がどちらかというと不自然な気もしたので、私は怒鳴ったり喚いたり取り乱したりしない。多少、不快に思うくらいだ。

「なんかほら、向こうのこと、色々聞くから」
「色々?」
「元々、そういう人でしょ」

随分まどろっこしい言い方をされたが、要するに「またあなた浮気されていますよ」と言いたいのだろう。ほんのり頭にきた私は、自分の声から優しさとか温かさを抜いて言葉を発する。佐一くんがそれを言うのなら私だって、と思ってしまったのだ。随分子どもっぽい行動だ。

「私だって佐一くんと浮気してるし、お互い様でしょ」
「でもなまえちゃんは、向こうが浮気しなかったら俺とこうなったりしなかったでしょ」

そうだね、それはそうだ。でも認めるのは癪だ。言い負かされているのではなく私は食事をしているのであなたからの問いに答えられませんよ、というアピールをするために、とりあえず彼が買ってきたチーズケーキを一口含んだが、コーヒーに引き続き、こちらも当然、不味く感じる。砂を固めたかのようなザラザラとした舌触りが不愉快で、これっぽっちも甘くなくて、すぐにでも吐き出したいくらいだ。

「俺、まだ彼氏になれない?」

まだ、の意味がよくわからなくて、とりあえず私は砂のような味がするチーズケーキを雨水のような味がするホットコーヒーで流し込んだ。佐一くんはなんというか、形容しがたい表情をしていた。泣きそうだけど怒っていそうで、悔しそうで、様々な感情がじわじわ滲み出ている。押さえ込んでおけないのだろう。だからいま、ずうっと身体の内側にしまい込んでいた感情を表に出してしまったのだ。彼も言ったら崩れてしまうとわかっていたのだろうか。私はもう、昨日みたいに寂しくなったって、彼を呼び出す気はなかった。今日彼がこの部屋から出て行ったら、もう二度と招き入れたりしない。佐一くんに言ってやりたかった。黙っていればよかったのにって。そうすれば彼はまた来週にはこの部屋に来ることができたし、私はこんなに不味い朝ご飯を食べなくて済んだ。お互いに利益があったのだ。あんな、くだらない質問さえしなければ。
シンクに流した恋の残骸

2019/03/20 title by 星食