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歳下の彼氏ができた。大学の頃の友人にそう報告するとみんな、「なまえって歳上で落ち着いてる人が好きって言ってなかったっけ?」と不思議そうな顔をする。私も自分が歳下の男の子を好きになるなんて思ってもみなかったが、相手が彼なのだ。別に、何も不思議じゃない。
社会人一年生が終わろうとしている。めまぐるしい生活にも慣れ…はしないが、諦めに近い感情を持ち合わせ、どうにかこうにか、毎日を消費することはできるようになった。理不尽なことで怒られるのも、六センチのヒールとベージュのストッキングにも、会社近くの定食屋の代わり映えしないラインナップにも、だいたい慣れた。たまに臣くんが拵えてくれる手作りのお弁当には、まだ全然、慣れない。それはそうだ、無理もない。私たちは付き合って三ヶ月程の、初々しいカップルなのだ。

「臣くん、」
「おう、お疲れ」
「ごめんね、遅くに」
「いや、全然。こういうのは仕方ないだろ」

三月も折り返し。うちの部署は毎年この時期に送別会を行うようだ。送別会と言っても、チラホラ別フロアに移動する人間がいるだけである。私もその内の一人だ。だいたい、新入社員ってのは一年目は希望なんてものは聞き入れてもらえず、適当な部署に適当に配属されて適当に研修を受け、適当に働くのだ。そして一年間“適当に”働けていたと判断され、尚且つ希望部署の人員が不足していれば望みを叶えていただける。そんな流れらしい。今回の私はなんとかその形式に当てはまったようで、ちゃっちいブーケとみんなが面倒くさがりながら書いてくれたであろう寄せ書きの色紙を贈られた。正直荷物になるのでアレだが、そんなことを口にするのは社会人として…いいや、人間としてどうかと思うのでにっこり微笑んで「ありがとうございます、一年間お世話になりました。最後までどうかご指導よろしくお願いします」と感謝の意を述べた。注がれるぬるい瓶ビールを飲みながら、臣くんに会いたいなぁって、そればかり考えていた。

「時間通りに終わったんだけど、なかなか解散できなくて」
「お疲れ様、大変だったな。荷物持とうか?」
「平気。本当ごめんね、寒い中待たせて」

改札を抜けるとすぐに彼を見つけた。臣くんは、大学の後輩だ。何で知り合ったのかと問われると、少々返答に困る。共通の知人がいて飲み会で顔を合わせたからなのか、私の友人が彼の所属する劇団のファンだったからなのか、何が最初でどういう時系列なのか、あまり覚えておらず、曖昧だ。臣くんは私よりも二年遅く生まれているくせに、やたらと達観していて、大学生らしくなかった。私なんかよりもずっと大人で、器が大きくて、背も高くて、誰にでも当たり障りなく優しい、変な人だった。何でそんなに背伸びをしているのか気になり、本当はもうちょっと人間っぽいところがあるんじゃないかなと思って、たまに彼を食事に誘った。大衆居酒屋がほとんどで、色気なんか全くなかった。そうやって私は彼の違う一面を暴こうとするのだが、これっぽっちも上手くいかず、大抵私が勝手に酔っ払って、臣くんは「仕方ないなぁ」ってあんまり困ってない顔で困った声だけ出して、私を家まで送り届けてくれた。そんなことを社会人になってからも何度か繰り返した。まだ大学生の彼に私は仕事の愚痴ばかりをがむしゃらにぶつけたが、嫌な顔一つせずに丁寧な相槌を打ってくれる。いま思えば彼にだって話したいことの一つや二つあっただろうに、こんなやかましい女のつまらない話を毎回二時間以上も静聴できたものだと感心する。そして何より、よくもまぁ、そんな私を好きになって、告白をしてきたよなぁとも思う。臣くんが可愛かったのはあの時だけだ。俯いて、気まずそうにして、ごにょごにょどもって、いい加減気付いてくれないかって顔を真っ赤にして。察しの悪い私を前にようやく諦めたのか、シンプルで飾り気のない「なまえさんのことが好きだから付き合ってほしい」なんて言葉をくれた。それ以降、臣くんは全く、可愛くない。だって「文句の付けようがない」という文句くらいしか出てこないのだ。

「これ、飲む?」
「… 臣くん、相変わらず準備いいね。ありがとう」
「なまえさんの送別会でもあるし、飲まされたんじゃないかと思って。でもそんなに酔ってなさそうだな」
「一応、会社の飲み会だからね。臣くんと二人の時よりは考えて飲んできました」
「今日は仕方ないけど、普段ももうちょっと、考えて飲んだ方がいいんじゃないか?」
「ハイハイ、承知しました」
「あはは、余計なお世話だったな。でも本当に心配だからさ」

彼はすぐそこのコンビニエンスストアで購入したであろうミネラルウォーターの蓋を、パキッと開けて手渡してくれる。私が発した「ありがとう」には「お水を用意してくれて」と「ペットボトルのキャップをわざわざ開けてくれて」の二つの前置詞が付いているのだが、多分彼はそんなことに気付かないし、第一、気にしてもいないだろう。よく冷えたそれは、火照った身体に心地よかった。駅から私の自宅まで十分少々。まだ四月になりきれない夜はほどほどに寒くて、これも火照りを冷ますのにちょうど良かった。

「お邪魔します」
「はーい、どうぞ」

臣くんが部屋に入ると、元々さして広くない部屋だが、より狭く感じる。彼もなんとなくそれを察しているのだろう。身を縮こめるような感じでいつも申し訳なさそうな雰囲気を醸し出す。今日もいつも通りその調子で、なんだかこちらが申し訳なくなってくるほどだ。私は煙草の匂いが染み付いた髪が不快で、真っ先にシャワーを浴びたくなる。臣くんに声をかけ、バスルーム。肌に馴染みすぎたメイクを落とし、いつもの作業を一通り終え、面倒だとは思いつつ仕方がないのでボディークリームを塗った。これからドライヤーで髪を乾かさなくてはならないと思うと憂鬱でたまらない。臣くんに甘えれば文句の一つも言わずに、大きな手のひらでブローしてくれるのが想像できたが、なんかそれはちょっと嫌なので自力でどうにか頑張ろうと決意する。彼もシャワーを浴びるだろうか。リビングにいる彼の方へ、まだ水分をたっぷり含んだ髪をタオルで拭きながら向かう。臣くん、と声を掛けた。聞こえているはずなのに返事はない。彼の手にはさっきの飲み会で渡された社交辞令が書かれたであろう色紙があり、それに視線を落としていた。もう一度名を呼ぶ。やっぱり、返事はない。

「臣くん?シャワーつか、っ」
「これ、いつの話?」
「なに、どうしたの」
「このメッセージ、どういう意味だ?」

怒るんだ、と。ちょっと感心…いや、安心した。どうして怒っているのかまださっぱりわからないが、何よりも先にそう思った。彼も怒ったりイラついたりするのだ。三ヶ月恋人をやって、いや、もっと前から知り合いだったわけで、なのにこんな彼を見るのは初めてである。私が頭の中でそんなことを考え、何も言わないことに彼は更に腹を立てたのか、腕を掴む力が強くなる。このまま力が強くなり、理性だらけの臣くんのそれが底を尽きれば、私の手首なんてさっき彼が開けてくれたペットボトルのキャップみたいに、パキッと音を出して折られてしまいそうだ。そうなってしまうと互いに困るので一応「痛い」と声を出す。そうすればみるみる、あっという間に力が弱まって、彼の熱も眉もくっと下がるのだ。真っ先に謝罪の言葉を口にする彼は、もうすっかり、いつもの臣くんだった。先ほどまでの彼が幻のようだった。

「ごめん、痛まないか?」
「…もう怒らないの?」
「え?」
「何で怒ってるかもわからないうちに怒り終わっちゃったから」
「え…いや、それは」
「もう痛くないよ、大丈夫」
「本当に平気か?動かしてみて」
「大丈夫だって、そんなにか弱くないよ」

掴まれた方の手首をくるくると回し、指先をヒラヒラと動かしてやる。それを見た臣くんはホッと息を撫で下ろし、心底安心したようだった。そんなことは御構い無しに、私は気になっている彼の怒りの理由を問う。

「臣くん」
「ん?」
「色紙、まだ私読んでないの」
「…あー、そうなのか」
「なんか変なこと書いてあった?」
「いや、そうじゃないんだが」
「そうじゃないの?じゃあ何で怒ってたの」
「髪、早く乾かさないと風邪引くぞ」
「臣くんって、こういう時に話逸らすの下手だね」
「…この、金井さんって人」
「金井さん」
「また二人で飲みに行こうって」
「金井さんって、女の人だよ」
「え?」
「字がね、わりと男の人っぽいよね。口調もちょっと荒いかも」
「ごめん、なんか」
「嫉妬するんだね、臣くん」
「…するだろ、普通に」
「しなさそうだよ、してくれて嬉しいけど」
「嬉しい?」
「好きな人が嫉妬してくれるの、私は結構嬉しいよ」
「…なまえさん、嫉妬する男なんか女々しくて嫌って言ってたろ」
「え?そうだっけ…あぁ、でも、そうだね。そうだったかも。でも、臣くんだと嬉しいよ。だいたい、臣くんって嫉妬しなさそうだから。私が何やっても怒らなさそうだし」
「俺に怒られるようなことしないだろ、なまえさんは」
「でもいま臣くん、怒ったでしょ?」
「怒ったわけじゃない、嫉妬しただけで」
「それはもう認めるんだ」
「…好きなんだから、仕方ないだろ」

ムスッとふてくされた彼は、初めて好きだと言ってくれたあの日と同じくらいに可愛らしい。思わずギュッと抱きしめたくなったので、欲望の赴くまま、実際にそうしてしまう。恋人同士っていいもんだ。手を繋ぎたければ繋げるし、ハグがしたければすればいいし、キスがしたければ重ねればいいのだから。だから私はそのまま重ねて、数度触れるだけのキスをして、少しずつ深くして。彼が身体に触れてくれる度に、いい香りのボディークリームを塗ってよかったと先ほどの自分に感謝した。ぬちぬちと舌が絡み、私の呼吸が乱れたところで彼がハッと気付き、言う。髪乾かさないとなって。こんな時でも彼の理性は結構元気に活動しているようで、狂っているのではないかと疑わずにはいられないし、私ばかりそうしたいみたいで、なんだか悔しい。だから、そんなことどうでもいいと言わんばかりに彼を押し倒す。大人しく押し倒されてくれた彼の頬に、伝った雫がぽたり、落ちるのだ。
きみのやさしいを咀嚼する

2019/03/19 title by 星食