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千景は、あまり話さない。最中も、そうでない時も、いつも。それなのに私は千景の声が大好きだから、もどかしくなる。なにより、「だいすき」なんて腑抜けた言葉を伝えられる関係でないのが一番、もどかしい。

「しばらくこっちにいるの?」
「あぁ、うん、そうだね、しばらくは」

子どもの頃の千景は、もうちょっとよく話した気がするが、もう二十年ほど前のことなので記憶は定かでない。シンプルな幼馴染という関係がどうやってセックスフレンドに変化したのかも、年がら年中忙しそうな千景がコンスタントに連絡をくれる理由も、よくわからない。わかるのは、自分のうぶな気持ちだけだ。昔から器用で、何でもソツなくこなす彼はデキの悪い私とは全く異なる生命体のようで。子どもの頃はこれを上手く表現する言葉が見つからなかったが、いま思うと千景はスマートな男の子だった。違和感のある表現だが、これがしっくりくる。当時から周囲と比べ大人びていた彼だが、今もそれは変わらない。大人になった今も、大人びているのだ。今日も一通りやることをやって、シャワーを浴びて、キッチン。まだ冬の寒さが隅っこに居座るが、日中は随分暖かくなってきた。シーツを洗濯してしまいたかったが、今から干してもどうしようもない気がして、洗濯機を回すのはやめておく。だいたい、ちょうど、午後三時。私は彼が持ってきてくれた小さくて可愛いカラフルなカップケーキを二つ皿に盛り付けルンルンしているのに、千景はどこにでも売られているありふれた白いマグカップに真っ黒いコーヒーを注いで何一つ楽しくなさそうに口に運ぶ。私と千景の関係がこうなったばかりの頃は「何でこの人、こんなに機嫌悪いんだろう」と疑問に思っていたが、これが千景の通常モードだとわかってからは(こちらの勝手な判断だが)さして気にならなくなった。返答がノーなのはわかっていたが、一応「食べないの?」と聞く。千景は私の方にちらりを視線を上げ、すぐに読んでいる薄くも厚くもない文庫本に戻すから、私は勝手にいただきますを言って、カップケーキに齧り付く。途端、彼は私の大好きな声を発する。

「食べると思う?」
「思わないけど、四つもあるし、もしかしたら食べるかなぁって」
「それくらい全部食べられるだろ」
「さすがに一度には食べないよ」
「俺はいいから、全部食べて」
「一個くらい食べれば?美味しいよ」
「美味しい?そりゃ良かった」

それから千景は何も言わなかった。彼の指はさっきからコンスタントにページを捲り、紙の擦れる音だけ奏でていた。静かにした方がいいような気がして、私もしばらく、カップケーキを食べることに専念する。淡いパステルカラーのクリームが絞られたそれは、どこの店のものなのかスイーツのトレンドに疎い私にはわからなかったが、きっと有名なものだろう。可愛らしい見た目から気が狂ったように甘くてボソボソしていると予想していたが、ふんわりと甘く、クリームは滑らかで上品だ。これなら頑張れば四つ一気に食べられるかもしれない。大人なので、そんなことはもちろんしないけれど。私は一応、千景のことが大好きなので、モヤモヤしたりもする。彼は、甘いものを食べない。なのに、私の部屋にやってくる度に小洒落た洋菓子を買ってくる。しかも毎回、違うやつ。千景のことだ、なんかこう、ネットで探したりしているのかもしれないが、まぁもしかしたら職場の女の子から情報収集していたり、はたまた私以外のセックスフレンド…もしくはちゃんとした恋人がいたりして、その子から聞いているのかもしれない。最後のやつは個人的に一番ショックなので、できればそうでないといいが、千景のことなのでよくわからない。疑っているとかそういう次元の話じゃなくて、だいたい私たちは付き合っているわけじゃないし、なんか、上手く言えないが、たまに…いや、しょっちゅうそんなことを考えてしまう。こうなってからしばらく経つが、未だにわからなかった。なぜ、千景が私に連絡を寄越して、こうやって会いにくるのか。確かに身体の相性は悪くはないー…のかもしれない。だいたい、私は彼以外とセックスをしたことがないから比較のしようがないが…きっと、悪くはないと思う。千景以外とそういうことをしたい欲求が湧き上がらないから、それはそういうことだろう。じゅうぶん満足しているのだ。いや、まぁ、千景がどう思っているのか知ったこっちゃないが、私は行為も含めて、千景のことが好きだった。交わっている間も千景が何も言ってくれないから私も何を話していいのか…そもそもセックスをしている最中にお喋りをするのが普通なのか否かー…いや、だいたい普通ってなんだ?と思ったりもするが、とにかく、何も伝えていないのに、千景は全部、わかっている。私がしてほしいことも、気持ちいいと思っていることも、もっとしてと強請りたいのに強請れないことも。だから多分、私が彼のことを大好きなのも、わかっている気がする。

「考え事?」
「え?」
「何か、考え事?」

いつの間に本を読み終えたのか、洒落たブックカバーで包まれたそれはテーブルの上に。ぬるくなっているであろうコーヒーを一口飲んで、こちらを真っ直ぐに見つめる。完成度の高い、意図的に作られた綺麗な微笑み、妙な圧。こうなってしまうと彼の前で口から出まかせで適当に取り繕うなんて無理難題で、ただ、先ほど考えていたことをそっくりそのまま話すこともできないわけで。

「俺で良ければ話くらい聞くけど、」
「え、うん、いや、全然、大丈夫」
「本当に?大丈夫じゃなさそうだったよ?」
「…千景、いつ本読み終わったの」
「ちょっと前。やっぱり、それも気付いてないんだ」
「声掛けてよ」
「静かにしてた方がいいかなと思ってね。で?なに一人で考えてたの?」

状況は相変わらずだ。どう頑張っても逃げられそうにないが、私だって大人だ。ちょろまかすことくらいはできる。この底の見えないようなおどろおどろしい気持ちの、表面の表面だけ話せばいいのだ。クレームブリュレのあの、上面の砂糖を焦がした、硬いカラメルのところだけ。

「千景、いつもこういうの買ってきてくれるでしょ?」
「カップケーキ?」
「今日はね。この間はタルトだったし、その前はアップルパイで、」
「よく覚えてるな、そんなこと」
「でも、千景は甘いもの好きじゃないじゃん」
「どこで情報仕入れてるのかって?普通にネット。団員から聞いた店もあるけど」
「そ、そうなんだ」
「で?そこじゃないでしょ、核は」
「え、いや、それが気になって」
「今更そんなこと知ってどうするんだよ」
「どうするも何も、気になったから聞いただけで、」
「他に、ないの?もっと気になってること」
「…気になってることなんか、」
「ない?なんだ、ちょっと期待したのに」

千景の瞳はまだ、こちらをじいっと捉えたままだ。どもっている私と対照的に、男はすらすらと話す。饒舌な彼は珍しく、面食らってしまうし、どこまで見透かされているのか想像できずにハラハラもした。

「俺がなまえだったら、真っ先に聞いちゃうから」
「…何を?」
「俺、こういうの興味なさそうでしょ?実際興味ないんだけどさ」
「カップケーキ?」
「そう、カップケーキ含むその辺の類のもの」
「うん」
「毎回、違う店の違うお菓子をわざわざ買ってくる。幼馴染に」
「ありがとうございます、」
「いや、話の本質はそこじゃなくて」
「…え?」
「わかりにくかったね、ちょっとは妬いてくれたのかなと思って。俺は結構、なまえに嫉妬したりするから、お返し」
「え?」
「え?まだわかりにくい?これ以上噛み砕いて話すのは難しいんだけど」
「え、いや、千景、私に妬いたりするの?」
「するよ、たまに」
「何で?」
「何でって…好きだからじゃない?」

そこまで話すと、彼は立ち上がってキッチンへ。コーヒーのおかわりを注ぎに行ったのは考えずともわかることだが、それ以外のことが一切理解できず置いてけぼりだ。戻ってきた千景に、身を乗り出して問う。千景はこれっぽっちも慌てていなかった。ただ、二杯目のコーヒーを飲む彼は一杯目を飲んでいる時よりも随分、楽しそうだった。

「好きなの?」
「好きじゃなかったらこんなことしないだろ」
「…こんなことって?」
「だいたい、俺が好きでもない人にわざわざ連絡してアポイント取って家に来ると思う?喜びそうなお土産まで選んで」
「だって、千景ってなんか…何考えてるかよくわかんないんだもん、」
「よく言われる」
「じゃあなんで私たち付き合わないの」

余裕たっぷりだった千景の表情がじわじわ変化する。今度は私が彼をじいっと見つめる。喋らなくなった千景は、きっと頭の中で組み立てているんだろう。その間にも私はまた質問を投げる。蓋をしていたものがどこかへ消え去ってしまったのだろう。ごちゃっとしたアレやらソレがとめどなく、溢れる。

「私はずっと千景のこと好きだったけど、千景は全然私のこと好きそうじゃなかったし、でも千景が私のこと好きになるのって意味がわかんないし、でもこうやって会いに来てくれるから嫌われてはいないのかなって思ってて、でも私が好きって言ったら千景、私のこと嫌いになりそうだし、嫌われるくらいならなあなあの関係でいいかなって思ってて、」
「ちょ…っ、なまえ、文章考えてから話せよ」
「さっきずっと考えたよ、考えたってどうせわかんないもん」
「わかんないもんって…」
「私、千景みたいに色々上手くないから、」
「色々上手かったらこんなに苦労してないだろ」
「…本当に好きなの、私のこと」
「なんでちょっと引いてるんだよ」
「だって、」
「さっき、なんで付き合わないのって俺に聞いたけど、なまえは俺なんかと付き合いたいと思うの」
「思うって言ったら付き合ってくれるの」
「そりゃ勿論。昔から大概お前の言うこと聞いてるだろ、俺」

千景は私を黙らせると、じいっと見つめてくる。自分が優位に立つとすぐにコレだ。尋問していた側の私はいつの間にかされる側に。どうする?ってニコニコ問いかけられる。答えなんか、わかってるくせに。
メルティング・マイ・ハート

2019/03/15 title by 星食