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春がやってきたというのに、私はメソメソしていた。小糠雨のような心模様である。理由は明快、この春から歳下の彼氏と離れ離れになったからだ。俊輔くんと私の年齢は二歳違う。つまり、彼が高校に入学してきた時、私はすでに高校生ラストイヤーだった。同じ校舎で過ごしたのはたった一年。学年の違う彼と知り合ったのは、私の兄が自転車競技部に所属していたことが関係している。まず、その兄のおかげで同級生のチャリ部とはある程度親しい…という表現をするのが適切なのかどうかはわからないが、クラスが一緒になったこともないのに面識はあって、たまに言葉を交わすくらいの仲にはなっていた。今年一年生何人入ったの?有名な子いるの?そんな良くあるありきたりな会話の中から、俊輔くんを見つけた。好きになったのは私が先だと思うのだが、彼は彼で自分の方が先だったと主張するので、それについて討論するのはもう随分前にやめた。夏休み前、終業式。がらんとした教室。話がある、と呼び出したのは私だったが、いざ二人きりになってむわむわとした教室に閉じ込められると、伝えたい言葉を何度も飲み込んでしまうのだと、この時始めて気付いた。そんな私を見かね、微睡んだ空気から察してくれたのか、俊輔くんは相槌さえも打たなくなった。不安に思った私が黙ったところで彼はこちらを覗き込み、パチリと視線を合わせる。あぁ、これはもう、完全にそういう空気だな。疎い私でもその判断くらいはできた。そのまま引き寄せられるように、ゆっくりたっぷり、唇を重ねた。お互い頬を赤く染めて、ドギマギして、言葉に詰まって、そこで私はようやく彼に「付き合わない?」と提案したのだ。思えばこの頃から、彼が私たちの関係の主導権を握っていた気がする。上手いこと、操られているのだ。二つも歳下なのに、彼は妙に大人びている。そんなところが好きで、おまけにちょっと、憎たらしかった。

「それ、誰から聞いたんですか?金城さん…あぁ、手嶋さんか」
「…誰から聞いたかってそんなに重要?」

こういう、勘が鋭いところも嫌いだ。彼の発言の通り、先日現部長の手嶋くんと家の近所で会った際、「今泉、後輩の女の子からすげえ人気なんですよ。きゃあきゃあ言われちゃって」という報告を受けた。説明するまでもないが、彼は悪気ゼロだ。うっかり言ってしまったというニュアンスがとても正しい。私はそれに対してあまりいいリアクションをしなかった…いや、できなかったのだ。その辺りで手嶋くんはコレは言わない方がいいことだったと気付いたらしく、色々と慌てふためきながらフォローを入れてくれたが、残念ながらお気遣いの言葉たちはあまり、私の耳に入ってこなかった。ふーん、そうなんだ。一応そう言って口角をきゅうっと上げたつもりだったが、まだまだ愛想笑いが下手くそらしい。それから私の身体中を嫌な感情が侵食して、考えないようにしようと思えば思うほどー…まぁ、だいたい、考えないように意識を働かせている時点で考えてしまっているので本末転倒ではあるが…。とにかく、頭から離れないのだ。目撃したわけでもないのに、鮮明な映像が浮かぶ。俊輔くんが後輩の、可愛い女の子たちからちやほやされているシーンが。だから今日こうやって久しぶりに会えるのは楽しみでもあったが、結構それなりに、複雑ではあった。ざわざわとほどよく賑やかなカフェ。私も彼もアイスのカフェラテを注文した。

「モテるんだね、俊輔くん」

そんな心境のせいか、席に着いた途端、私はチクチクとした言葉を彼に。ちらりと視線をやり、顔色を伺ってみるが、さすがのポーカーフェイス。焦っていなければ怒ってもいない。今日の私は機嫌がよろしくないので、そんな俊輔くんまでも鼻についてしまう。実際は彼の彼女でいる余裕のない自分に腹が立っているのだ。彼に当たったって、どうしようもない事柄だったが、こうせずにはいられなかった。

「モテてないですよ」
「女の子に囲まれてきゃあきゃあ騒がれるのはモテるって表現するんだよ」
「別に、そういうのじゃないですから。だいたい俺、なまえさんしか興味ないし」
「口ではなんとでも言えるもん」
「まぁそれはそうですけど…不安になる必要なんてないじゃないですか」
「…それは俊輔くんが決めることじゃないでしょ」
「じゃあ、どうやったら安心してもらえます?」
「男子校に転校してほしいです」
「…それはちょっとできないですね」

私がもうだいたい大人のくせに、大人気ないだけだ。それくらいは重々承知している。彼は正直愛想がいいわけではない。笑顔を振りまいたりキュンとする言葉を安売りしたりしない。女の子たちにちやほやされて鼻の下を伸ばすこともしない。ただ、偶然、生きているだけでキャーキャー言われるタイプに生まれてきてしまっただけだ。彼に非はない。少女漫画に出てくるちょっと意地悪で、でもたまーに優しくて、いわゆるツンデレで、格好良くて背が高い男の子がいるだろう。あんな感じだ。あれ。あれに結構近い。だから女の子にモテるのも無理はないし、私もそんな彼だから好きになったというのも無くはないが、でもそんなに上手く割り切れないのだ。私は彼女なんだから安心!周りの女の子なんて気にしない!勝手に騒いでなさいよ私のものよ!と胸を張れるほど自分に自信はないし、正直なところなんで俊輔くんが私のことを好きになったのかわからないし。聞いたら聞いたでなんかいい感じの回答をくれるのかもしれないが、そんな言葉を聞いたところで安堵できる気もしない。

「いいよねぇ、俊輔くんは。不安になったりしないでしょ」
「しますよ、普通に」
「嘘、それこそ不安になる必要ないじゃん」
「ありますよ、色々」
「例えば?」
「なまえさん大学生になったし…あと、俺の方が二つ歳下だし」
「今更それ?歳下に見えないから大丈夫だよ」
「歳下の俺が嫉妬してたら見苦しいじゃないですか、子どもっぽいと言うか」
「…私、見苦しくて子どもっぽい?」
「いや、そうじゃなくて。なまえさんの嫉妬は可愛いからいいんですよ」

私が驚くのよりも、彼自身が彼の言葉に驚いた方が先だった気がする。きっと、言うつもりのない言葉だったのだろう。可愛いとか言うんだ、思ったりするんだ。付き合ってしばらく経つが、そんな言葉を届けられたのは初めてだった。そもそも、それを言われないことに気付いておらず、特に不満もなかったのだが、こうやって言われてみると嬉しいがぐっと込み上げて。可愛いって、そんなありふれた言葉の余韻にどっぷり浸っていると気まずそうな表情の彼が私に言う。ちょっとは落ち着きました?って。その様子は実におかしかった。俊輔くんは精一杯動揺を包み隠しているようだが、全く包めておらず、格好つけているんだと。そのくらい、だいたいしか大人じゃない私にでも手に取るようにわかった。

「可愛い?」
「…うるさいな、言わなくてもわかるでしょう」
「言わないとわかんないよ、もう一回言って」
「さっき言ったじゃないですか」
「お願い、そしたらもう嫉妬しないから」
「するでしょ。だいたい俺、別に困らないですよ、嫉妬されたって」
「嫌じゃないの?」
「嫌じゃないですよ」
「なんで?」
「なんでって…なまえさん、俺、そんな見え透いた手に乗るほどガキじゃないですよ」
「乗ってよ」
「後でね」
「後で?」
「そう、後で」

今度は彼がいじけていた。その証拠にさっきからこれっぽっちも視線は交わらず、麗らかな外の景色を楽しんでいるふりなんかしちゃって。彼にも可愛いところがひとつやふたつあったりするんだなぁと私は嬉しくなって。さて、今日はこれからどうやって彼のご機嫌を取ろうか。かっこいいなんて言葉は言われ慣れているだろうし…何か特別な言葉を、氷が溶け始めたカフェラテを飲みながら考えるのだ。とてもいい午後になりそうだ。
カルシウムは足りてます

2019/03/23 title by 星食
足りないのはいつもきみのひとことです