花巻長編 | ナノ
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1年前にも、その前も、そしてその前もきっと同じことを思った。息苦しい夏が終わるのはとても自然で、なにがおきたのかよく理解できないうちに秋が、冬がやってくる。10月も半ばとなれば朝晩の気温はぐぐぐと下がり、日中だってなんとなく肌寒さを感じるほどだ。19時頃まで明るかった空は、17時近くになれば瞬きをする間にトーンを落とす。

花巻はいわゆる社畜で、毎日朝早くから夜遅くまでたいして好きでもない、いや、まったく愛着のない株式会社のために精を尽くすのだった。比較的容量も手際もいいので昇進もはやかった。しかし、それが嬉しかったのは入社後2年くらいの話。3年、4年と月日を積み重ねると人は変化するらしく、昇進発表の時期が迫るだけでうんざりするのが現状だ。
昇進とは名ばかりのもので、実際に花巻が手にする給料がどかんと上がるわけでもない。寧ろ給料明細を目を細くしてみないとわからないほどの金額しか変動しないのだ。そんなもんだからもちろんやる気だって削げていくし、出世だってどうでもよくなる。

「マッキー、」

駅から少し離れた自宅は、新卒、大学を卒業して間もない頃に借りた物件だ。なので今の給料からみればリーズナブルで、言ってしまえばさして清潔でもなく、整っているわけでもないし、広くもない。それでも1人で住むのには申し分なかった。月に一度くらいのペースで、彼女とは呼べない、強いてカテゴリー分けするのならセックスフレンドのような女が部屋にやってくるので清掃はある程度行き届いている。いつ人が来たって見せられないほどに散らかることはない。そんな203号室は間違いなく自分の部屋である。もう5年も住んでいるのだ。今更であるが花巻は一応部屋の番号を確かめる。203とかいてあるし、不動産会社から貰った鍵にも、小さくその番号が刻まれている。自分の記憶と習慣は間違っていないと、そう確信したので言葉を発した。

「…あの、スミマセン、そこ、俺の部屋で」

部屋の前にはなぜか素っ裸の女がいた。体育座りをして、花巻を見ている。ぎょっとしたが、不思議と声は出ず、そもそも、そこは自分の部屋だと主張する前にもっと色々聞きたいこと…というか聞かなければならないことがあるような気もしたが、男もそれなりに頭がこんがらがっており、そんなところまで気がまわらない。日々の疲れが蓄積しているのも、多少なりとも関係しているのだろう。

「マッキー…」

そうなんだ、なぜこの女は俺の名前というか、名字というか、あだ名を呼ぶんだ。花巻は若き頃の自分の恋愛のだらしなさを呪った。飲み屋で出会った名前もよく知らない女を何度か、数人抱いたが、その中の1人だろうか。それにしたってキチンと避妊はしていたし、今更子どもができただのなんだの言われたってこちらもポカンだ。百歩譲ってその頃関わった女だとしたって、なにも素っ裸で、秋の夜に人の家まで来なくてもと思う。なにも言葉を発しない花巻に、女は御構い無しに言葉を続けた。

「さむい、」
「え?」
「マッキー、さむい」

そりゃあそうでしょうね、と花巻は思い、また唖然とした。落ち着いているよね、と歴代の彼女からも評価をもらっている男が、だ。その男もさすがに狼狽えていた。さむい?当たり前だろ、衣類を纏っていないんだから。そう言いたいが花巻もさすがに鬼じゃない。自分が着ていたジャケットを羽織らせる。

「…ごめん、誰だっけ」
「なまえ」

一応聞いてみたが、その名前は当然脳内に存在しない。ないというか、いやまぁもしかしたらあるかもしれないが、とりあえず記憶の範疇ではない。まだ頭の中ではごちゃごちゃと不協和音が鳴り響くが、このまま放っておいたら多分隣人が通報するだろう。お隣の家の前に裸の女の子がいます、多分DVかなんかじゃ…と。それだけは勘弁だと思って、不安要素しかない女に提案をした。

「家どこ」
「…ここ」
「は?」
「マッキー、」

気が動転しすぎていて気づかなかったが、美しい女だった。きょろりとした瞳は透き通った色をしているが、どうやらカラーコンタクトではないらしい。まつ毛も少し淡い色味で、柔らかい雰囲気だ。おそらく化粧をしていないであろう肌は白くつるりとして赤ん坊を想像させた。寒さのせいか唇の色はどよんと沈んでいる。さむい、という発言が嘘でないことくらいは一目瞭然だった。

「…とりあえず、入る?」

花巻もジャケットを女に貸し、ワイシャツ1枚で外にいるので中々ひやりとしていた。埒があかないと思った男は新手の犯罪だったらどうしようと思いつつ女を部屋に招き入れた。ぱぁと笑顔を見せ、震える唇で紡がれたのは、馴染みのある5文字のお礼の言葉だった。どうやら日本語はわかるし、割と常識もあるらしい。

2016/10/11