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「みょうじ、相変わらず赤葦のこと好きだね」

女はその問いに「当たり前だろう」という表情。何故今更そんなことを聞くのだ、と言いたげでもあった。ふふふと幸せそうに笑い、そうなんです!と元気の良い返事。昼休みも残り五分少々で終了。事故に巻き込まれている赤葦はなるべく軽傷で済む方法を考える。導き出した答えは「何も言わず口をつぐんでおくこと」なので、本来は休憩中、業務に取り組むことなどしないが、黙ってキーボードを叩いた。午前中、思ってもいないところでトラブルが起き、無事に解決したが進捗に余裕はなかったので、丁度いいと自分に言い聞かせる。

「赤葦さんは私のこと嫌いですか?」

なのに、飛んでくる。名を呼ばれ、返答を求められれば、こちらも一応社会人なわけで、流石に黙っているわけにはいかなくて。心の中で深い溜息をつき、三年遅く入社してきたなまえの問いに向き合う。だいたい、この質問、もう何度も答えたんだが。そろそろ違う答えが返ってくるとでも思っているのだろうか。非常に前向きな女の性格上あり得なくはないだろう。赤葦は、平均的な優しさを持ち合わせる男だ。ほんの少しだけ口角を上げて答えてやる。もう一度大きなため息をついていることなど、なまえは知る由もない。

「嫌いではないよ」
「好きですか?」
「好きではないね」
「普通ですか?」
「うん、そうだね。普通だね」

赤葦の言葉は女をきゅんとさせるものではなかったが、それでも女は相変わらず幸福そうだった。いつもの、聞き慣れた回答。なまえだって、一応、数年前に成人している。夢みがちな十代ではない。恋愛経験だって平均くらいにはある。いつの日か赤葦が自分を「好きだ」と言ってくれる……なんて期待はしていない。普通でいい。勝手に好きでいるから。好きだ、かっこいいって騒いで自分の人生を楽しくしているだけだから。みんながアイドルグループの男の子をかっこいいと言ったり、昨日のドラマに出ていた若手俳優にきゃあきゃあしたり、漫画の登場人物の言動にキュンとしたりするやつだ。なまえはその対象が職場の先輩・赤葦京治なのだ。それだけのことだ。


***



「赤葦さん、包丁握るの初めてですか?」

私やりますよ、に大人しく甘える。包丁をなまえに渡し、その代わりに飲みかけの五百ミリリットルの缶ビールを持った。酔っているせいにしてしまいたかったが、中身はあまり減っていなかったし、事実、包丁などここ数年手にした記憶もない。家庭科の調理実習だってやたらと張り切った女の子たちが食材を切り刻んでいたような気がするし、自分は本当に包丁を握ったことがないのでは?(もちろんそんなことはないのだが)と思ってしまうくらいに己の手元は覚束なかった。それに比べ、彼女の手際は良かった。比べるのも失礼なほどだと赤葦は思う。

「料理、しなさそうですもんね。外食ですか?」

誰が言い出したのか定かでないが、いつの間にか「このプロジェクト終わったら廣山さんの家で鍋パしましょうよ、最近引っ越したんですよね?」みたいなノリになり、無事にそのプロジェクトは終了。そして無事に今日を迎えている。職場の人間と休日に会うなんて気が進まないのだが、喧しい連中は排除し、言わば仲良しグループで執り行われているため、まあ、悪くはない。悪くはないのだ、この女を除いては。

「みょうじさんて、会社の飲み会嫌いだよね?」

いや、彼女だって悪くはないのだ。赤葦は先日の言葉の通り、なまえに目立った感情は抱いていない。赤葦の質問に白菜を切りながら女は答える。特に恥ずかしげもなさそうに、ごくごく普通に、当たり前のように。

「え?時と場合によりますよ」
「時と場合?」
「赤葦さんがいらっしゃるかどうかで好きか嫌いか決まりますね」

如何にも引越ししたばかりの部屋。隅には荷ほどきを後回しにされている段ボール。キッチンは広くてピカピカだった。調理器具はないに等しかったが「土鍋と取り皿があればどうにかなりますよ」と明るく発したなまえの言葉通り、今のところどうにかなっていた。

「よくもまぁ、そういうことをぬけぬけと言うね」
「いや、だって赤葦さん、私が何言っても冗談だと思ってるじゃないですか」

わざとらしく、二人きり。赤葦となまえの関係を面白がっている家主と赤葦の同期の仕業だ。「あっ、人数分の箸がない!」「よく考えたら肉もビールも足りない!」「締めのうどん買ってくるの忘れた!」などと楽しそうに発言し、準備よろしくねと部屋を出た。買い出しなら俺が行きますよと赤葦は手を上げたが、そんな希望が通るはずもなく、この有様だ。

「冗談じゃなかったら何なの」
「本気ですよ、本気」
「本気?」
「赤葦さんの彼女になりたいなあって思いますよ、普通に」
「みょうじさんと付き合ったら賑やかそうだね」

赤葦はなまえのことが嫌いなわけではないし、苦手でもなかったが、こういうあっけらかんとした発言や態度には、どう対応したらいいかわからなかった。普段の彼女は面倒な仕事に対してもなんだかんだ言いながら真面目に取り組むし、先輩や上司(赤葦を除く)への配慮だって及第点。手入れが行き届いている髪は綺麗で、この時期になるといい香りのハンドクリームなんか塗ったりしてる。可愛らしいなあと、普通に思う。可愛らしい女の子だな。自分に対しての接し方がやや狂っているだけの、可愛い女の子。みんなも「赤葦のことが大好きなみょうじ」という設定を楽しんでいるから、その類のことは聞き流しておけばいいと思っているわけで。

「みょうじさん?」
「えっ…いま赤葦さん、私と付き合った時のこと考えました?」
「え?何?」
「いま、言いましたよね?私と付き合ったら賑やかそうだって」
「言ったっけ?」
「言いましたよ、ふざけないでください。なんで秒で記憶なくすんですか」
「みょうじさんにだけは言われたくないね、ふざけないでくださいって」
「私はいつも真剣だって言ってるじゃないですか」
「真剣な人は職場で、おまけに周りに人がいる状態で好きだのかっこいいだの言いふらさないんだよ」
「私は言いふらすタイプなんですよ。だいたい、今は二人っきりじゃないですか」
「ハイハイ、わかったから」
「ほら、またそうやってはぐらかすし」

不満そうな女はさっと洗った野菜たちを見栄えよく鍋に押し込んだところで、ふうと一息つき、自分の手元から視線を逸らして赤葦の方へ。パチンと交わる視線、赤葦が手にしていた缶ビールはかなり軽くなっていた。みんなで乾杯する前だというのに、もう一本飲んだら流石にまずいだろうか。そんなどうでもいいことを、テキパキと動くなまえを眺めながら考えていた。

「…どうしたの」

そのテキパキと動き回っていた彼女が自分を見るなり動かなくなったので、不思議に思い声を掛けた。濡れた手で顔を覆い、感激した様子なので「あぁ、問わなければよかった」と思いつつ、赤葦は女が冷静になるのを待つしかないのだとがっかりする。

「私服で、ちょっと酔っ払ってる赤葦さんが私のこと見てる…」
「え?何?あ、いや、言わなくていいんだけど」
「ていうか、何そのチョイス……なんでちょっと明るめのブルーのニットとか着ちゃうんですか…好きが増すんですけど……キャパオーバーなんですが……」
「廣山さんにお前顔が暗いんだから洋服くらい明るい色着れば?って言われたからタイムセールで安くなってんの仕方なく買ったんだけど」
「ちょっと無理なんでこっち見ないでください」
「何?」
「えっ、本当にかっこいいんですけど…二人きりとかシンプルに無理…」
「なんなの急に」
「二人きりはまだ早いって…耐えられない……すき…」
「…幸せそうだね」
「はい、赤葦さんのおかげで」
「いつに増して振り切ってるね」
「え、はい…だって」

もう何言ったってまともに取り合ってくれないじゃないですか、赤葦さん。
女がほんのり、寂しさを滲ませていたことに赤葦は気付いていたが、赤葦は赤葦で「君がそんなテンションだからまともに取り合えないんだからね」と思うわけで。え?じゃあまともな……一般的なテンションと状況だったら?自分はまともに取り合うのか?
それを考えるのはとても面倒だった。一応許可は取っているので勝手に冷蔵庫を開ける。二本目の缶ビールのプルダブを起こす。

2020/01/20