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「ねぇ、これ変じゃない?」

試着室のカーテンを勢いよく引き、勢いよく尋ねてくるなまえに視線をやる。くるりと回転してくれるサービス付きだ。タイトなニットワンピースなので、残念ながら裾がひらひら揺れることはない。

「変じゃないよ」

変じゃない?と問われたので変じゃないよと返したが、他にも感想を述べていいのなら「可愛いよ」とか「似合ってるよ」とか「ニットワンピースってグッとくるね」とか、色々言いたいことはあった。しかし、それらの雑多な意見が求められているわけではないらしいので心に留めておく。

「鉄朗、先週からそればっかじゃん」
「いや、可愛いですよそりゃ」
「可愛いですよそりゃ?」

ダサいプロポーズは見事に受理。そうしたらやらなくてはならないことが意外と沢山あって、籍を入れるって大変なんだねと二人でやや疲労困憊気味。いつの間にか年末、そうなれば互いの家族に挨拶くらいせねばならぬだろうという運びになったのだが、そんなことをするのは初めてなので、何がなんだか、全くわからないわけで。

「つーか、俺さあ」

黒尾はなまえを待つ間、スマートフォンを弄っていたがそれを胸の前にある小さなバッグにしまい、やや申し訳なさそうに言う。
年末、街は忙しなく落ち着きもなくて、わんぱくな二歳児のような雰囲気。クリスマスと正月の時期が近過ぎるのだ。どうにかしてもらいたいのは山々だが、誰に願えばいいのかもわからない案件なのですぐに諦めがついた。

「なまえだとだいたい可愛く見えるから」

それは紛れもない事実だが、こうやって向き合って声に出すのはどうかと思ったし、実際なまえもこの空気をどうかと思っていた。「急にデレないでくださいよ」と遇らってみたが、それでも顔は綻び、喜びが隠しきれなかった。黒尾は意外と、まっすぐに言葉をくれるのだ。そういうところがなまえはかなり、好きだった。

「店員さんに聞こ、呼んでくるわ」
「え?何?何で?何でそうなるの?」
「え、だって俺が何着ててもだいたいかっこいいでしょ」
「……よくもまぁ自分で言ったね」

滲んでいる「嬉しい」に黒尾はあまり気付いていないようで。その証拠にマイペースに事を進めようとするからなまえは慌てて立ち上がり、試着スペースから出て行こうとする男を呼び止めた。こっちも着てみるから待って、というそれらしい言い訳をしてみる。あぁそっちもいいよね、と男は大人しく元の位置に腰掛けた。そうそう、それでいいのだ。今度は軽やかさのあるプリーツ編みが施されたワンピースだ。カラーはサックスブルー。無難なアイボリーとベージュは品切れしてしまったらしい。試着などあまり好きではないのだが、こればっかりは普段のようになんとなく決めることなどできず。脱いで、着て、カーテンを開ける前に自分でも検討してみるが、そもそもワンピースという衣類が自分とマッチしていない気がして、もうどうにも、判断できないのだ。

「さっきの話の続きだけど」
「あ、それもイイっすね。お似合いですよ」
「鉄朗は変な服着ないじゃん」
「変ってなによ。つーか俺の感想無視?」
「髑髏が描いてある黒ベースのトップスにこの辺にわけわからんチェーン付けて、爪先とんがった靴履いてたらちょっと……というかかなり嫌ですよ、私は」
「随分具体的ね」
「ねぇ、どっちがいい?真剣に聞いてるんだけど」
「俺、さっきから真剣に答えてんだけど」

いま着てる方が可愛い感じではあるよね、と黒尾。ひらひらと揺れるスカートの裾と淡い青をさらに薄く伸ばしたようなブルーは美しかった。なまえに自分の言葉は聞こえているはずだが(参考になっていない気がするのは言うまでもない)未だ頭を悩ませている。そんな彼女を男は珍しく思っていた。大抵、早いのだ。なまえは迷ったり悩んだりするのが苦手…というか、嫌いなようだった。だからまぁ、こうなってるのでありがたいと言えばありがたいのだが。また、思い出す。春の日のあの奇跡みたいな出会いを。

「ワンピースがダメなのかな?しっくりこないんだけど」
「普段あんまり着ないから見慣れないだけじゃない」
「変じゃない?」
「変じゃねーって、可愛い。抜群に可愛い。百点満点」
「バカにしてるようにしか聞こえないんだよね」
「ひん曲がってるねえ、相変わらず」

先ほどのストンとしたシルエットのそれを今一度あてがってみるが、やはり決めかねる。いや、そろそろ決めないと精神的にしんどいのでどちらかに決めてしまいたいのだ。そんななまえの様子を眺めながら、黒尾は諭すように言葉を寄越す。

「元も子もないこと言って申し訳ないけど」
「なに?」
「うち、父親と爺ちゃん婆ちゃんしかいないし、なまえちゃんは土台が可愛いから何着ても大丈夫よ」

可愛い。可愛い、可愛い。
恋人が届けてくれる「可愛い」は擽ったくて堪らない。言葉にドキリと反応してしまったなまえ。鏡越しに黒尾と目が合う。まずい、と思うが既に動揺している女に彼は気付いているようで、楽しそうに口角を釣り上げた。

「可愛いとか、そういう話じゃ」
「あ、照れてるー、カワイー」
「……もういいです」
「やだやだ、拗ねないでくださいよお姉さん」
「本当ふざけないでよ」
「いや、一回もふざけてませんって」

俺は個人的にいま着てるやつが可愛いけどさっきのもなまえちゃんぽくて良かったよ、と。黒尾はややこしい感想を述べて、それを聞いたなまえはひとつ、小さなため息をついて。

「言葉を選ばずに言うけど」
「なんでしょう」
「鉄朗の家族に気に入られたいの」
「気にいるでしょ、こんな可愛いお嬢さん連れてきたら。俺にしちゃ上出来よ」
「可愛いって言えばいいと思ってるでしょ」
「思ってねーから。つーか、俺の方が緊張するよ」
「え?何が?」
「何が?って…なまえのご家族に会うの」
「大丈夫だよ。うちの家族、もう写真見てるし」
「は?」
「え?」
「いつ見せたの?」
「ダメでした?」
「ダメとは言いませんけど」
「いつだったかなあ、まあまあ前だよ」

定番の「あんたいつ結婚するの」という世界で一番どうでもいいであろう質問に飽き飽きした頃だ。付き合ってる人がいます、なんならプロポーズされました私が返事を渋っているんです、と。それはそれは、嫌味ったらしい顔で「どうだ、参ったか」という気持ちを滲ませて答えた。その話の延長線上で、二人で撮った写真を見せた。

「なにそれ……俺、変な顔してなかった?」
「大丈夫、かっこいいやつ見せたよ。ちゃんと身長高くてスタイル抜群だって伝えてあるから」
「ハードル上げるね」
「身長、百九十近くあるって言ったら歓声が湧いたし」
「そういうのは百八十五って言っておくやつじゃん、なんで盛るのよ」
「一番のセールスポイントでしょ?ねぇ、やっぱりこっちにする。ストンってしてる方。こっちの方が無難」
「え?あ…はい、いいと思いますよ」
「買ってくるね、お店の外にいて。お腹空いたからご飯食べよ」
「…あー、何か」
「何?」
「結婚するんだね、俺たち」
「どうしたの、急に」
「いや、スミマセン。僕、あっちにいますね」
「うん、なに食べたいか考えておいて」
「はい、承知しました」
「…なんで敬語なの」
「いや、何ででしょうね」

テキパキと指示を出すなまえを他所に、黒尾は一人で勝手に、じわじわ実感して、嬉しくなったりして。気持ちを落ち着かせる為に(女の言うことを聞いているだけだが)店外へ。少し離れたところから彼女を待つ。その間もザワザワ、心臓が喧しい。いや、こうなることは少し前から決まっていたわけで、今に始まった事ではないのだが、こう…ふとした瞬間にその事実が押し寄せてきて、抑え込めなくて。実感がわかないというわけでもないが、だって、結婚するのだ。ようやく決心して伝えた「結婚しよう」は保留になり、一年間燻らせて、今日を迎えているわけだ。そりゃ、嬉しいに決まってる。元々着ていた洋服に身を包み、レジで会計をする女は自分の妻になるわけだ。そう思うと堪らない気持ちになって、ここまで好きになっているんだと自分に驚いたりもして。

「わっ、なに、ビックリした。どうしたの」
「お姉さん会計終わったのにすみません、これお願いできますか。袋一緒に入れてください」
「…またこういうことするし」
「それは実家挨拶用。これは俺とのデート用ってことで。あ、すみません。支払いカード一括で」
「はい、かしこまりました。ありがとうございます」
「…ちょっと」
「いいじゃんいいじゃん、似合ってたし」

黒尾はなまえが買わなかった方のワンピースを手に持ち、選んだ方と一緒に包むように依頼する。こんなシーンは初めてじゃない。黒尾に何を言っても無駄なことはわかっているので、されるがままだ。だいたい店員の前である。言いたいことは山ほどあるが、ギャーギャーと言い争うのは見栄えが良くない。

「とても素敵な旦那様ですね」

店員からの何気ない一言、返す言葉も見つけられない。数年前に「旦那様ですか?」と尋ねられた時はすぐさまに違うと否定できたのに、もうそれはできなくて、頬を染めて「いやまぁ、ハイ」みたいな歯切れの悪い返事しかできず。テンポの良い会話はここまで。ありがとうございました、と見送られてからも"素敵な旦那様"と"可愛い奥様"は、なかなか言葉を発することができなかった。

2020/01/10