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もうこんなに明るいのか。消臭剤をふりかけた洋服からはふわふわたいようの香りが漂っている。通い慣れた彼女の部屋、半年くらい前にしつこくねだって「仕方ないなぁ」って言葉ととびきりの笑顔と一緒に貰った合鍵。キーケースも去年の誕生日になまえから貰ったものだった。少々草臥れ、味がでてきたように思う。新開はあまり音を立てないように鍵を開けた。それは単純に、まだ朝方だからだ。ルックスも身体の相性もまぁまぁの女の部屋から1時間前に脱出。週に一度、もしくは三週に二度くらいのペースで肌を触れ合わせる女は、なまえよりも2つ若い。新開にとって、この生活は悪くなかった。マンネリとした関係にほどほどにスパイスを効かせてくれるから。ただ、それにも慣れてしまい結局彼女が、なまえが1番なのかもしれないと、一周回って気付く。そんなクズのような思考を持ち合わせている男だ。ただ、罪悪感が全く無いわけではない。あの女とは次で最後にしようか。浮気相手の家で綺麗さっぱり洗い流した新開は、呑気にそんなことを考えながら扉を開けた。

「ただいま、」

小さな小さな声で言った。そろりと眠っているであろうなまえを起こさないようにリビングへ向かうと、ベッドに彼女はいた。剥き出しになった二の腕とふくらはぎ。よくわからないが、ほのかに嫌な予感がした。嫌な予感?いや、そんなかわいいものじゃない。自分の吸っている銘柄でない煙草の匂いがする部屋ですぅすぅと幸せそうに眠っている女は、マスカラの繊維が頬に張り付いている。
「メイク落とさないで寝るとね、一晩で3歳老けちゃうんだよ。知ってた?」
なまえの口癖だった。得意げに彼女はそう言って、酔っ払って帰って来た日も、どっぷりとセックスをした後も必ずお気に入りのクレンジングオイルで綺麗に化粧を落として、何かよくわからない液体を顔に塗ったくってから眠った。なのに、だ。

「ん、…っ」

寝返りをうって髪がはらり、流れる。白い肌に赤いキスマークがよくはえていた。美しくて見惚れるが、自分がつけた覚えなどないそれが単純に疑問である。なお言えばブラジャーの肩紐が見当たらない。何も身につけていないのだろう。ゴミ箱にあるイボ付きコンドームのパッケージ。なまえ、これ、痛くて嫌いって言ってたよな。たっぷりと証拠の残された部屋で、新開は混濁した気分に酔いしれた。訳がわからなくて、とりあえず女の頬を撫でる。ファンデーションが塗られたままの肌は、よく乾燥していた。ぴくんと反応する彼女の眠りはきっと、浅かったんだと思う。

「…はやと?」
「わり、起こした?」
「なんじ、」

スマートフォンの画面で時刻を確認する。いつの間に初期設定の味気のない画像に戻したのだろうか。新開は自分でもわからなかった。

「4時、17分」
「はやっ…」
「な、早いな。ごめん」
「ふふふ、いいよ」

なまえは大好きな新開の髪を撫でた。妙にサラサラとしていて、あぁまたあの美意識の高そうな女の家にいたのかなと察する。自分の恋人はシャンプーにこだわるタイプじゃないと、そんなもの付き合ってすぐに知ったことだ。練習問題以下の難易度である。近くのドラッグストアで売っている特売のもので事足りるのに、シトラスとムスクのいい香りのそれに朝から最高で最低の気分だ。

「おはよう」

女は身体を起こして、交わったままのぺたりとした肌を新開の前に晒す。きゅっと男を抱き締めて、いい加減にしてよって思いながら耳にキスをした。ふらふらしやがって、なんで私が浮気する羽目になるの。隼人のせいだからね。そう言いたいけど言ったりしない。なまえは知っている。いちいち着信履歴やらラインのトーク画面を綺麗さっぱり削除しているのも、シャワーを浴びてからじゃないとここに来ないことも、荷物が多いのが嫌いなこの男が洋服用の消臭スプレーを持ち歩いていることも、全部わかっている。あの、隼人が。そんな面倒なことをしてまでも私以外の女を抱きたいんだね、どうかしてるよ。だから私はたくさん証拠を残すよ。鈍感な隼人が一発で気付くように、上手にするから気付いてね、戻って来てね。

「…風邪引くぞ、そんな格好で寝ると」
「夏だもん、だいじょうぶ」

男の表情がみるみる曇って、なまえは心の中でほくそ笑む。あ、気付いたね、気分はどう?

「…隼人、なんか、」
「ん?」
「なんか言いたいことあるの?」
「え?」

にこにこ笑う女は艶やかだった。乳房に引き込まれるように手を伸ばしてくにゅくにゅ楽しんで。んっ、と鳴いて身体を震わせるそれが可愛いのだが憎たらしい。さっきまでこの身体に自分以外の誰かが触れていたのだ。そんな汚い身体なのだ。ぺたぺたとするその触り心地に、なぜだかむらむらと欲が煮えたぎる。

「…ふたつあるんだ」
「ふたつ?」
「うん、でもいいや、とりあえず。あとでね」

首筋の赤い痣の上に舌を這わせて、いつもより強く噛んで、ぢゅうと吸い付いて。そうしながら考える、なんて言おうか?
「なまえ、浮気したでしょ」
「ごめん、俺、浮気したんだ」

2017/07/18