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「そうか、おめでとう」

恋人ができたのか?と突然問われた頃、私は満面の笑みで「なんで知ってるの?」って照れながら答えたと思う。そう言ってくれた彼はどこへ行ってしまったのだろうか、いや多分、最初からいなかったのかもしれない。

初めてできた今の彼氏に真面目な顔で「付き合ってほしい」と。そう言われた時は単純にとても驚いた。確かに仲は悪くなかったしちょこちょこ連絡を取り合ったり数人の男女グループで遊んだりもしていた訳で、全く知らない人ではなかったし、こうなったことを友人に相談すれば「いや誰が見たってバレバレだったじゃん、あいつがなまえに気があることくらい」と呆れられた。サークルを通じて出会った彼はいい人だ。優しくて、背は低くも高くもなく、目立つわけでも地味なわけでもない、“普通”の人。私はそんな彼に特別強い気持ちがあった訳ではないが恋人、という関係に憧れてその申し出を承諾した。そうして1ヶ月が過ぎて単純な私はもう彼のことをちゃんと好きになっていた。好きだよって言ってくれるのが嬉しくて、くすぐったくて、私も好きって言ったら照れたように笑う彼が可愛くて、好きだったのに。

「そういえば来週レポート出さなきゃだな」
「え?まだ終わってないの?」
「俺ももう終わっているぞ」
「は?まじかよ、仕事早すぎるだろ」

そんな3人で彼の家。何でもない話をしながらその辺で購入した缶ビールやら缶チューハイを適当に空にしていた。こんな感じで時間を共有するくらいには親密になっていたのだ。それらが底をつきそうになったのに気付いたのは私の彼で、コンビニで買ってくると少々ふらつきながら立ち上がる。まだ飲むの?と私は止めたが、東堂がそうだな頼むとそう言ったので、男ってアルコールに強いんだなと、そんなことをぼんやり考えながら彼を見送ったというのに。

「なんで、」
「なんでというのはどういう意味だ?」

バタンと安い部屋の扉が閉まった直後、私に触れるだけの淡いキスを落とした東堂尽八。この人は全然、普通じゃなかった。高校の頃からファンクラブがあったし、いまだってたくさんの女の子にきゃあきゃあ言われる毎日。それに照れることもなく「ありがとう」とニコリ、笑って対応する姿はさながら、テレビ越しに見かける男性アイドルのようで。スラリとした体型に緻密に計算しつくされた綺麗な顔、文武両道、おまけに優しい。そんな男だ。そんな男が私のごくごく普通の彼と仲良くなっていくのは少々疑問だったが「東堂が絡んでくるんだよ」と嬉しそうに言っていたので特別怪しんだりもしない。元々私と東堂は高校の同級生で、そんなに仲が良かった覚えもないが顔見知りということもあり授業の合間に3人でポツリポツリと話すようになる。そしてこうやってプライベートな時間も共有するようになったのは、つい最近の話だ。

「聞いたんだ」
「…っ、ちょ、飲み過ぎだよ東堂、」
「酔っ払ってなどいない」

好きな女を口説くのに酔うような男じゃないと、そう言って東堂はまた、飽きもせずに私の唇に自分の唇を重ねる。待ってとか嫌だとか、そんな言葉を私は一応口にしたが、東堂に全部、奪われてしまう。正直に言えばこの時にきちんとそう言葉を発したのか、あまり覚えていない。突然のことに慌てふためく私の記憶は、非常に曖昧なのだ。

「今日、なまえは泊まっていくのだろう?」
「え、っ…なに、ねぇ東堂、」
「そういう予定なんだ、彼の中では。その予定の中にキスをしたいと、そういう予定もあって」
「ねぇ待って、おかしいよこんなの、っ」
「なにもおかしくないだろう。嫌なんだ俺は」

なまえがあいつのものになるのが嫌だと、多分東堂はそう言った。言葉の合間合間にも何度も唇は触れ合って、東堂の唇の感覚をすっかりすりこまれてしまう。飲みなれないアルコールにも、その感覚にも酔っていた私は東堂の言葉の意味を汲み取ることなんて、もちろんできないのだ。

「っ、ね、東堂、やだよ、こんなの、」
「忘れないだろう?」
「なに、ほんと…おかし、よ」
「この部屋で俺以外の…あいつとキスをすれば必ず俺を思い出すだろう?違うか?」

そうなればいいと思うんだと、そう私のぐちゃぐちゃな顔をしっかりと見て東堂は言う。チロリ、頬を伝う涙を舌ですくって、綺麗な顔で綺麗に笑って。そんな顔をしたら彼に気付かれてしまうぞ、と己の責任だと言うのに楽しそうに言うから、狂ってるなとも思う。…そう思うが、多分この時点で私は東堂に狂わされていた。また唇の、あの感覚が欲しいと、この時すでに思っていて、彼が帰ってきたタイミングで突拍子もなく終電で帰ると駄々をこねた。もう3人でなんて一緒にいられないってそう思ったのだ。キス1つで崩れる関係なんだと、ものすごく脆かったんだと。

それから東堂を交えて会うことを私が拒絶し、彼との交際はしばらく続いたが結局すぐにダメになった。彼の部屋でそんな雰囲気になって唇を重ねてみても東堂というあの男の存在を思い出してしまう自分が嫌で彼を拒み、それならと場所を変えて何度か試してみたがもっとダメだった。東堂の唇には何か毒でも塗ってあったのだろうか。違う、これじゃないと身体が拒んでしまう。あの男は一体何者なんだろうか。たった数分唇を重ねただけだというのに、なんでこう、私がこんな感情を抱かねばならないのだ。大好きだって、その感情を。何で。

「…遅かったな」
「5分前だけど」
「そういうことではない」

自分から東堂を呼び出す日が来るなんて、対面したこの瞬間になっても信じがたい。悔しいけどもうさっさと楽になりたかった。好きな人ができたから別れて欲しいと素直すぎる最低な申し出をした私に彼は「そっか、わかったよ」といつもの優しい顔で笑った。薄々気付いていたからだろう。あっけない終わりだったがもう思い出す余裕もない。早く、欲しいんだ。目の前で艶っぽく笑う東堂が、全部。

「俺としたことが時間がかかったな」
「…最低」
「すまない、でも欲しかったんだ」

なまえのファーストキスの相手は俺であるべきだろうと、ずっとそう思っていた。
そう東堂は言って、ふんわりと、これでもかと優しく私に口付ける。ピリピリとした心地よい何かが瞬く間に脳を侵食して一瞬で虜に。やっぱ何か塗ってんなこいつ。そう思わずにはいられない。

「愛しているんだ、ずっと前から」
「…いつ?」
「高校に進んですぐくらいだろうか」
「なんで、」
「…なまえのなんで、は難しいな。答えに詰まってしまう」

東堂は困ったように笑ったがそれさえも絵になっているからこちらが困ってしまう。そうだな、と少し考えていつもの悠々堂々とした表情をきっちり作った男はキザでしかないが、恐ろしいことにそれさえも私をどきりとさせるから。

「こうしたいんだ。それが理由じゃ不満か?」

不満でしかなかったが、それでもよかった。私もそうしたかったから。ぐちゅり、と初めて絡んだ舌の感覚に、ぞくり。思わず東堂の背中にしがみつけばゆっくり舌を離して、そして。

「やっと俺のものだ」

うっすら上気した頬。瞳にはしっかり熱がやどり、きゅっと上がった口元。欲情した東堂は、今までで1番綺麗だった。これからはこれも全部、ぜんぶ私のものだ。

2017/05/20