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週末を過ぎると雨の予報です。お花見はぜひこの週末にどうぞ。
顔の大きさが私の手のひらほどしかない可愛らしいお姉さんが、先日彼が述べていた台詞と同様の内容をにこやかに告げた。彼女は、私と同じくらいの年齢だろうか。スマートフォンで検索すればすぐにわかることだが、歳下でも歳上でも、同い年でも機嫌が良くなることはないので、知らないままにしておく。
私はずいぶん早起きをして……と言っても、このお天気お姉さんよりはのんびり起床した。それでも、いつもよりもアラームの設定時刻を早め、段取りを考えながら眠り、張り切って弁当を拵えたので既に疲労困憊だった。この後の楽しみをガソリンにして身体を動かしている感じだ。おむすび、卵焼き、唐揚げにウインナー。彩の為に特に好きでもないブロッコリーを茹でて、作り置きのにんじんしりしりを隅に詰めた。二人分だ。私と傑くんの、ふたりぶん。

「え、作ったの」

約束の時間の五分前に私を迎えに来た彼は、私の手に握られているそれにひどく驚いた様子だった。
せっかく咲いたし、桜でも見に行こうよ。
あっという間に散ってしまうそうだよ。
そう誘ってくれて、私は彼と一緒ならなんだってよかったので、その提案に頷いた。傑くんはこんな時になると子どものように、ちゃんと歳下のように喜んでいる。私がイエスの返事しか寄越さないとわかっているくせに、わかりやすく喜ぶ。

「なに、その言い方」

そうなの、傑くんの為に早起きして作ったよ。口に合うかわからないけど……一緒に食べられたらいいなぁと思って。
そんな可愛い台詞が言えたら、彼はもっと私を愛してくれるだろうか。

「あぁ、ごめん、驚いただけ」
「ダメだった?どこか寄る?」
「いいや、そうじゃないよ。そうじゃないけど、料理、面倒だって言ってたから」

外はよく晴れていて、暑いと感じるほどだった。年々、この国から春と秋が奪われていくのを感じる。適当ではあるが、日焼け止めを塗布しておいてよかった。ほとんど夏に近い日差しの中を、私たちはちょうどいいテンポで歩く。アンダンテ。手を繋ぎたかったが、行動に移すことはできなかった。振り払われたらって、思ってしまうのだ。恋人なのに?どうかしてる。そう思われるのは、自分でもわかっている。

「……なんか、無駄に早起きしちゃって」

ひょいと、それは傑くんの手に。これだって、普通に、言えばいい。傑くんが言ったからだ。なまえが作ったご飯が食べたい、と。だから面倒だけど作ったのだ。料理なんて、別に上手いわけじゃない。それに、手料理だって前に一度、作ってやっただけだ。それだって、大手食品会社の企業努力によって作られた合わせ調味料を使ったものであって、これを「手料理」と表現していいのかは微妙だ。でも、彼はまた、馬鹿みたいに喜んで、瞬く間に平らげたのだ。
そんな訳で、彼のことが、彼が思う以上に好きな私だ。彼が溢した要望は、私に叶えられる要望だった。だから、叶えただけだ。それだけの話だ。

「あぁ、遠足が楽しみで早く起きちゃう感じ?」

傑くんは揶揄うように言ったが、あながちそれもあるのだと思う。実際私は、せっかく設定したアラームの手助けを受けずに目を覚ました。定めた時間の十分前だった。傑くんとのデートの日は、大抵そうだった。この辺で「好き」をやめないと破滅する気がしていたが、彼の一挙一動が私を狂わせていた。平然を装うのに、普通の「好き」を所持しているフリをするのに、疲れ始めているほどだった。

「もうそんな歳じゃないんだけど」
「本当?僕、なまえと会える日は勝手に目が覚めるよ。いつもよりも早く」

子どもなのかなぁって、ぜんぜん子どもじゃない彼が独り言のように。嬉しくなっている自分に嫌悪感を抱くほどだ。なんでそんな風に、いちいち、私を喜ばせるの。

「いるね、人」
「この週末に見に来ないと、また一年見れないからね」

ふわりと、淡いピンク色のそれはちゃんと咲き誇っていて、まぁとても普通に、綺麗だった。ぼんやり見上げる。傑くんがこちらを見ている。私ものろのろ、視線をやる。そうすると、交わる。

「……なに?」
「ん?」
「なんで見てるの、私のこと。桜見なよ、せっかく来たんだから」
「うん、そうだね」
「私のことなんて、いつでも見れるでしょう」
「いつでも、ではないだろう?」
「桜にくらべたら、いつでもだよ」
「いつでも、見に来ていいかい?」
「え?」
「なまえのこと」

私は返事ができない。最近募っていた、愛情以外の感情が嵩を増したから。不安だ。不安に似た何か。
傑くんが、私の手の届かないところへ行ってしまうのではないかという、不安。
手の届かないところって?どこ?自分に問うが、そんなこと全く、わからない。でもとにかく、変なのだ。変な気持ちになるのだ。彼の発言に、いちいち、乱されるのだ。

「……見る、って可笑しくない?会う、でしょ」
「姿が見れるだけでいいんだよ、僕は」
「……私も傑くん、見たいんだけど」
「本当?それは嬉しいね」
「…………いなくならないでね」
「ん?」

あ、いけない。そう思ってわたしは口を噤んで、どこでお弁当を食べようかと提案した。傑くんはいっしゅん間を置いたものの、すぐにいつもの傑くんを取り戻した。私の心情を察したのか、ずうっと繋ぎたかった手をぎゅっと握り、引いてくれる。あっちはどうだい?日陰になっているし、ベンチもあるよ。私はそれに頷く。そこからはどこにでもいる、普通の恋人のように過ごした。彼は私の弁当をほとんど一人で胃におさめ(私は調理中に味見を兼ねたつまみ食いをしていたのでさして空腹でなかった)はらはらと舞うそれを眺めて「綺麗だね」と月並みの感想を述べた。きゃあきゃあと走り回る子どものみずみずしい声。屋台のおじさんは明るい声を振り回し、客を集めている。若者が首にぶら下げたカメラで一年に一度しか姿を見せないそれを必死におさめようとシャッターを切る音。うるさくて、心地よかった。音が、どこからでも聞こえる。傑くんの声は、とても近くで聞こえる。

「思い出すね」
「え?」
「なまえを。これからきっと、桜が咲く時期になると、毎年」
「…………私、死ぬの?」
「ふふ、そうじゃないよ。なんでそうなるの」

傑くんが心地いい声で笑う。でも、だって、おかしいでしょう。思い出さなくたって、私、そばにいるのに。

***

私はあの時、あのじゅうはっさいの彼に呪われたのだ。見事に、思い出す。あの、白に一滴、赤を落としたような花が咲き誇る季節がやってくると、毎年。「もう咲いてくれなければいいのに」と思うほど鮮烈に痛烈に、思い出して勝手に苦しんでいる。だから毎年、さっさと散ってほしかった。なのに、朝のニュース番組で、たっぷりにこにこ笑んだ、明らかに自分よりも若い女が、朗らかに言う。暫く晴れの日が続きます。お花見が長く楽しめるでしょうなんて、さぞ嬉しそうに、言う。
傑くんは元気だろうか。幸福だろうか。
どこに消えてしまったのかもわからない彼を思い出し、ぼんやり、思う。

2022/05/05