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「別れよう」

私の勘違いでなければ、微かに震えた声だった。二郎くんと付き合いだしてほんの一ヶ月。昨日だって普通にメッセージアプリでなんでもないやり取りをして、じゃあ明日ねって約束をして。時間通りにやってきた彼。磨り減ったスニーカーは玄関で行儀よく整列。私の住む狭い部屋。ニュースキャスターは小さいテレビからフレッシュな情報をお届け。程よい音量と真面目なトーンで原稿を読み上げていた。また台風が週末にやってくるらしい。なんでそうやって、カレンダーの隅っこを狙うのだろうか。些か性格が悪いようだ。何飲む?という私の問いに彼は答えなかった。ミルクココアを用意してやる。

「なまえさん、俺といても幸せになれないでしょ」

キッチンにいる私に吐き捨てるように告げる。馬鹿馬鹿しい台詞だと思ったし、変な恋愛ドラマの見過ぎだと思った。ドラマ?いや、二郎くんは少女漫画も読むんだっけな。その影響だろうか。こう言うとアレだが、少女漫画が悪いわけじゃない。そうじゃなくて、ソレはソレでコレはコレなわけで……上手く言えないが、とにかく、彼はいったいぜんたい、どうやって私の幸福指数を計測しているのだろうか。何か言うべきだと思ったが、何から話そうか迷い、言葉を発しない私など御構い無しで二郎くんは続ける。私のことなど気にもしていないのか、それともよっぽど吐き出したいのだろうか。いつの間にか鼻を啜る音が声に混ざった。

「俺、まだ高校生だし」

そんなことは出会った頃から知っている。制服を着ていたのだから、見ればわかる。

「頭も良くないし」

それは授業もまともに聞かず、テスト勉強もしないからでしょう。ちゃんとやればちゃんとできるじゃん。満点は難しいかもしれないけれど、平均点くらいは取れるでしょう?

「女の子と何話したらいいかもわかんないから、俺と一緒にいてもつまんないよね」

ソファに体育座りした彼がちらり、こちらを見つめる。マグカップをふたつテーブルに置いて、私もソファに腰掛けた。別れようと言い出した男の目は、たっぷり水分を抱えていた。泣きたいのは私だよ。誰に何を言われたか知らないけれど、そんなにあっさり「別れよう」と告げられる身にもなってよ。

「つまんなくないよ」
「車の免許も持ってないし」
「まだ取れないから仕方ないじゃん」
「でも、」
「でも、私は二郎くんのこと好きだよ」

まだ何か言おうとする彼の言葉を遮った。歳下の男の子と付き合うのは初めてだ。私もずうっと、思っていた。付き合うなら歳上で、女の人に慣れていて、バリバリ仕事してて、大きい車に乗ってる人がいいって。歳下?ありえない、なんで私が面倒見てあげなきゃいけないの。私は歳上の格好いいお兄さんにたっぷり甘えたいの。

「それは、別れない理由にならない?」

ただ、こうやって彼のことを好きになると、そんなことはかなりどうでも良かったんだと気付く。いいよ、そんなの。好きだから。大抵これで解決するのだ。

「誰かに、何か言われた?」
「……友達に、学校の」
「うん」
「じろちゃん、女の子とまともに話せないくせに、」
「二郎くん、お友だちにじろちゃんって呼ばれてるの?」
「…うん、そうだけど」
「可愛いね、私もそう呼んでいい?」
「……やだ」
「ふふ、ごめん、話逸らして」
「…まともに話せないのに、こんな綺麗なお姉さんと付き合ってんのって」
「こんな綺麗なお姉さん?」
「なまえさんのこと」
「…写真、見せたの?」
「え、うん…ダメだった?」
「ダメじゃないけど、見せなくてもいいと思うよ」
「だって…」
「だって?」
「みんな、信じてくんねえから」
「何を?」
「俺に、彼女ができたってこと。クラスの女子ともまともに話せないのに歳上の女の人と付き合えるわけないって言われて…だから、……ごめん、勝手に」
「そっか」
「…なまえさん、ちょっと前まで歳上の人と付き合ってたでしょ?」
「うん」
「俺、なまえさんが初めての、その…彼女、だし、付き合うとかもよくわかんねえし」
「うん」
「なまえさんのこと、…幸せにしてやれんのかなって」
「うん」

めそめそ泣きだす彼の大きな背中を撫でてやる。大丈夫だよ、幸せにしてもらおうなんて思ってないから。一緒にそうなれたらいいな、とは思うけど。そう伝えてやると、彼はふっと顔を上げて、ぽかんとした表情で。

「私、二郎くんのこと好きだから、手繋いでくれなくてもキスしてくれなくても、大人しくいい子にして待ってるんだけど」
「っ、それは、」

彼の指先に指先で触れる。それだけでびくんと反応する彼はやっぱり可愛い。このままぎゅっと、絡めたくなる。

「待たなくてもいい?」
「だ、だめ」
「だめなの?」
「俺が……お、俺からするから」
「待ってればいい?」
「そう、待ってて、まっ…待っててください」
「はい」

やや密着させた身体を元どおりに。頬を赤くしながら不貞腐れる彼がやっぱり好きで、早く触れたいなぁ好きだなぁって、それがたっぷり、溢れてきて。

「どのくらい待つ?」
「ら、らいしゅ……いや、来月…」
「来月までに、何してくれるの?」
「な、何って…」
「クリスマスまでにはキスとかしたいんだけど、どう?」
「っ…え、いや…」
「だめ?」
「……だっ、ダメじゃ、ない、けど」
「楽しみにしてるね」

冷めないうちにどうぞ。テーブルに放置していたマグカップを手渡す。塞がった彼の右手。空いた左手で指を折る彼はきっとタイムリミットを導き出しているのだろう。中指が折られたところで、二郎くんはゲェッという顔をするので私はケラケラ笑うのだ。あと三ヶ月も我慢しなきゃならないのか。可愛い歳下の彼の為だ、仕方ないか。

2019/09/28 title by 星食