新開隼人 | ナノ
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カーテンの隙間から光が細く入り込む。午前六時頃だろうか。目を覚ました新開は時計を確認するよりも先に、目の前ですやすやと寝息を立てるなまえを瞳にうつす。今が何時何分であろうが、知ったこっちゃない。今日は日曜。仕事は休みだ、何時に起きようが誰にも文句を言われない。
新開は若干「やってしまった」という感情を持ち合わせていた。些か急ぎ足で進めてしまったような気がして、目の前の女に申し訳なくも思う。ただ、自分があれ以上我慢できたとは思えないから頭を悩ませるのをやめた。規則正しい呼吸。よく眠っている。昨晩は水分補給と小休憩を挟み、声もまともに出ない彼女を再び組み敷いた。熱の引かないそこに飽きもせず指の腹で触れ、身体を震わせる様子を楽しみ、後ろから挿入する。枕に顔を埋め、シーツを掴む小さな手。滑らかでしっとりとした背中、丸い尻。新開を夢中にさせるのはどれなのだろうか。その全てと、もっと沢山の要素が関係しているはずだが、言葉でどうこう言い表わせるものでもない。とにかく、そうやって夜を楽しんだ。二人を取り巻く空気はむわむわと熱く、クーラーからは「いい加減にしてくださいよ、室温が下がらないじゃないですか」と愚痴が溢れるほどだ。暑い、八月の夜。なまえをぎゅうぎゅう抱きしめながら、新開はとても満足そうな表情で、お砂糖たっぷりの「好きだ」とキスをくれた。女は汗ばんだ身体が恥ずかしいのでシャワーくらい浴びたいものだったが、離れたくないので(離してもくれないわけだが)されるがままで、そうされているうちにすうっと眠る。それにつられて新開も眠り、いま。一応時計を確認する。五時四十七分。もう一度眠ってもいいか。散々重ねた唇に一度だけキスをして瞼をとじる。そうするとお伽話のお姫様ように、キスをされたなまえは目を覚ました。目の前には大好きな王子様。綺麗な顔だなと見惚れた。鼻の付け根の骨が人よりも高いのだろうか。唇は乾燥している。リップクリームとか塗らなさそうだもんな、買っても無くしそうだし……今度プレゼントしたら使ってくれるだろうか。まつ毛は長いわけではないがやたらとたくさん生えている。少し焼けた肌。彼を構築する全てが好きで、困ってしまう。じいっと顔を見つめることができるから、なまえはここぞとばかりに新開の顔を観察した。彼が目を開けていると、こうやってじろじろと観察することはできないから。いや、してもいいのだろうけど、こちらの精神が持たないというか……。触れてみたいとも思うが、起きてしまっては元も子もないのでやめておく。いま、何時なのだろうか。先日、この部屋にやってきた際に時計の位置は把握していた。サイドボードの上の電波時計。まだ六時前だ。それにしては暑い。彼の熱のせいだろうか。剥き出しの肌を見るだけでまた勝手に体温を上げてしまうから嫌になる。女の自分とは全く異なる肉体。交わった時にも思ったことだが、スーツを着ている彼もとても色っぽかったが、脱いだらもっと色っぽかったわけで……いや、あれを色っぽいなんて一言で片付けるのは異論があるが……本当に、格好いいのだ。最中、ぽわんと見惚れそうになるが見惚れている余裕などない。できることなら写真などにでもおさめて定期的に見返したいが、ちょっと異常者っぽいので脳内の記憶を呼び起こすしかないだろう。いやいや、そうじゃなくて、暑いのだ。汗をかいたまま流すこともなく眠ったせいで肌はペトペト。シャワーも借りたい。冷房のリモコンはどこにあるだろうか。もぞもぞと上半身を起こして、辺りを見回す。まだ眠っていなかった新開は閉じたばかりの瞼を開けて朝のご挨拶を。

「おはよう」
「主任、」
「…日曜の朝から主任はやめてもらえるか?」
「ご、ごめんなさい。おはようございます」
「おはよう、もう起きるの?まだ六時前だけど」
「暑くて、」
「あぁ、クーラー付けようか。タイマーセットしてたんだっけ」
「すみません、起こしましたか?」
「いや、ちょっと前に起きたよ。昨日は無理させてごめんな、どっか痛いとこないか?」
「あ…いえ、だいじょうぶ、です。私こそ、ごめんなさい」
「ん?何がだ?」

リモコンどこやったっけな、と言いながら新開はベッドから這い出る。何も纏っていない身体、広背筋…だろうか。細かいことはよくわからないが、しっかりと筋肉を纏った背中がかっこよくて、あぁもういいやって、諦めに近い感情。「こんなことするの恥ずかしいんだけどなぁ」よりも「こうしたい」って。それが優ってしまうのだ。普段なら抑え込めるのに、こうなってしまったらもう、お手上げ。なまえは男を後ろから、ぎゅうと抱きしめてしまう。背中に当たる柔らかい乳房、腰に回される白い腕。突然のことだ。どうした?と聞きたいが新開も流石に驚いた様子。声を出すのが遅れる。

「…なまえ?」

そもそも、呼ばれる名にまだ慣れない。彼が発している数文字は、私の名だろうかと考えてしまうほどだ。大好きな声で自分の名が呼ばれる。それだけ。それだけのことが嬉しくて、擽ったくて。

「ごめんなさい、好きです」
「ん?」
「主任のこと、」
「それ、謝ることじゃないだろ」

新開は女の柔さを感じたまま、視界に捉えていたリモコンに手を伸ばす。昨晩散々働かせたエアコンに再び労働を言い渡すのは酷だろうか。まぁそうは言っても、暑い夏がいけないのだ。リモコンの冷房ボタンを押す。今日も昼間はいわゆる猛暑日になるのだろう。きっとこのまま、この部屋で彼女と微睡んだ時間を過ごすから特に問題はないけれど。

「私なんか、」
「…その私なんかっての、やめろよ」

任務を遂行した新開はくるりと身体を回転させ、女と向き合う。背中に感じる体温も心地良いのだが、やっぱりこの男は目を合わせて話すのがお好きなようだ。トロンとした声。髪を撫でて、耳朶にキスをし、そのままぽそぽそ、話す。耳にかかる息と言葉が、こそばゆい。俯いて、彼の言葉にぽつぽつと返答するのが精一杯だ。

「ごめんな、俺の方こそ。もっとゆっくり、なまえのこと考えながら進めたかったんだけどさ」
「いえ、そんな、」
「我慢できなくて」
「新開さん、」
「隼人でいいよ」
「……それは、ちょっと」
「あはは、断られると思った」
「ごめんなさい、」
「ううん、ゆっくりでいいんだ。なまえのペースでいい。昨日は俺に付き合わせちまって、」
「そんな…違います。だいたい、私のペースに合わせてもらったら、新開さんのことたくさん待たせてしまうので」
「待つよ」
「え?」
「好きだから、待つよ。いくらでも……とは言えねえけど、ある程度…、それなりに、待つから。だから、俺の彼女になってほしい」
「新開さん、」
「大切にするから俺と付き合ってください」

告白なんてしたことのない男の言葉は何も装飾が施されていなくて、シンプルで、つまらなくて、それでもなまえはじゅうぶんだった。じゅうぶんというか…これ以上ないってくらいに、よかった。こくんと頷いて、上手く紡ぎ出せない言葉をいくつか、なんとか絞り出す。

「あの、新開さん、」
「ん?まだ暑い?設定温度下げる?」
「違くて、あの…私も、早く、こうなりたくて」
「こうなりたくて?」
「……新開さんと、昨日、」
「うん」
「その、…昨日みたいなこと、したかったので」
「え?」
「だから、付き合わせてしまった、なんて思わないでください。上手くお伝えできなくて申し訳ないんですけど、」

クーラーは早朝からの労働にうんざりしているというのに、また勝手に熱くなる女と、その言葉に体温を上げる家主に呆れ返っていた。なんともまぁ、お幸せそうですこと。新開はしわくちゃのシーツに女を押し倒す。なまえの視界は彼でいっぱいになり、同時に大きな瞳が近付いてくる。逸らしたいのに、逸らせない。これから何をされるのだろうか。心臓は何かを察しているようでやかましく動く。先程まじまじと見たはずの綺麗な顔にはまだ全く、慣れていないようだ。

2019/08/18