×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
2016.12.27 22:42

飲み会で松川にあんなことを言われたせいか、なんだか落ち着かなかった。それに加えて、携帯には着信が2件。みょうじなまえと、そう表示されたその文字にどきりとせずにはいられない。掛け直すべきなのだろうか。時間も遅いし、2件目の着信は1時間と少し前の話だ。今更、と思われるだろうか。そう30秒くらい考えていると、3度目の着信。同じ名前だ。少し戸惑ったが、電波を繋ぐ。

「もしもし、」
「あ!出た!もしもし、岩泉さん?みょうじです」

甘ったるい菓子の上に、さらに粉砂糖をたっぷりとふりかけたような、そんな声だった。自分の脳内は、この独特の声に侵食され、蝕まれているのではないかとさえ思う。そのくらいに、名を呼ばれることに幸福を覚えるのだ。

「お疲れ。ごめん、着信気付かなかった」
「いいえ、すみません。遅くに何度も」
「どうした?」
「いま、何人かで飲んでて、いつものメンバーなんですけど…岩泉さん来てくれないかなぁって」

演技派の女優のようだ。声色に緩急をつけて、いかにも「寂しいんです」って、そんな感じで。わかっていながらもまんまとその罠に落ちる俺は心底バカだとしか思えない。

「駅裏なんですけど」
「あぁ、いつもの?」
「そうです!どうですか、」

アルコールを摂取しているからか、普段より沸き立ったような、そんな感じがした。15分くらいで行く、と伝えるとなまえちゃんは嬉しそうに待ってますと、そう告げて電話を切った。明らかに、誘っているようなそんな様子で、娼婦を連想させた。多分、そんなところを好きになってしまったのだけれど。

自分と彼女の関係を簡単に、一言で説明すると“職場の先輩と後輩”だ。社歴と生まれ年がちょうど4年違う。何も、最近こんな風になってしまった訳じゃない。

第一印象は、どんなだったろうか。可愛らしいと、そう思ったのだろうか。あまり記憶がないというのが正直なところだ。なにせその頃は何だか忙しく、新入社員にかまっている暇なんてなかったんだ。なかったのに、「岩泉お前新人の教育係やれ」なんて台詞が上司から飛んでくるのではっ倒してやろうかと思ったくらいだ。勿論彼は上司で、ここは仕事を“させていただいている”ありがたい場所なのでそんなことはしない。そこには小柄な女の姿もあって、まぁそれがなまえちゃんなのだけれど。
初々しい、新入社員らしい新入社員だった。“はい”と“ありがとうございます”と“すみません”を多用する、まだまだ社会にも会社にも馴染んでいない。そんな女の子だった。

「おつかれ」
「岩泉さん!こっち座ってください!」

職場の後輩ばかりだ。男ばかりで、女の子はなまえちゃんだけ。よく見る光景だった。

「ビールですか?」
「いや、俺も今まで飲んでたんだよ」
「え〜、飲まないんですか?」
「飲まないとは言ってねぇだろ」

店内はむわりと熱く、暖房のせいなのか酒を飲んだ人間から散漫される熱気なのかよくわからなかったが、とにかくもわりとしていた。ただ単に俺が彼女からの電話に逆上せているだけかもしれない。もうそんな判断はうまくできなかった。

「ハイボールですよね、岩泉さん」
「ん?うん、ありがとう」
「お姉さんすみませーん!ハイボール1つ濃い目で!」
「…だいぶ酔ってんね」
「あはは、みょうじ、彼氏と喧嘩したんですって、クリスマスに」

暫くはただの後輩だった。1日に何度か会話を交わし、仕事を頼んだり頼まれたり。中々職場に馴染めない、不器用な子だった。そのせいかめそめそと泣いている事もあり、こちらも不器用ながら慰めたこともあった。すみません、すみませんって何度も小さく謝る彼女を、妹が居たらこんな感じなのだろうかと思いつつ背中を撫でてやることしかできない自分を不甲斐無く思ったことも多い。懐かしいものだ。それがこうも、明るく楽しく酒の席を楽しめるようになったから、大抵のことは時間が解決するらしい。

「もう、言わないでくださいよ」
「いいじゃん、別に」
「岩泉さんには知られたくないんです」
「何でだよ、いつものことだろ」

仕事の相談の延長線で、恋愛の相談まで聞いたのが、今となっては仇となっているように思う。彼氏とうまくいかない、と3年位前から言っている。なのに、未だその男と付き合っているのだから、なんだかんだ上手くいっているのだ。自分が入り込む隙はあるが、実際に入り込むことはできない。絶対、できない。そうわかっているのに3年前からこの女を自分のものにしたいという欲求に駆られるのだ。なんでだろう、人のものだからだろうか。よくいる、ありふれた女なのに。あざといし、計算しつくされている。その計算だって決して賢いものでないのに、だ。

「お待たせいたしました、ハイボールお持ちしました」
「はい、岩泉さん!乾杯しましょ!乾杯!」

ぎゅうぎゅうと身体を押し付けてくるのでかなり困惑する。酔っぱらっているから、明日にはきっと覚えていないのだろう。精一杯冷静を装って、なんでもないふりをして。

「わかったって、わかったから」
「はい、かんぱーい!」

ガツン、と強めにぶつかるグラス。なまえちゃんはいつものごとく甘そうな鮮やかなカクテルを飲んでいる。彼女はアルコールに弱いと、それはよく知っている。無理をしているようにしか見えなくて、恋人との喧嘩がよっぽどだったのかと思うが、記憶を思い返しても大抵毎回こんな様子だったかもしれない。毎回、今回はもしかしたら別れるんじゃないかと期待していても、1週間後にはけろっと「仲直りしました」と語尾に音符を付けて主張してくるのだ。わかっていることだ。
一度、言われたことがあった。
「岩泉さんが彼氏だったらなぁ。優しいし、恰好いいし…幸せだろうなぁ、岩泉さんの彼女は」
酒の席だった。彼女にしたら何の気もない一言だ。それに俺は、真面目に答えてしまった。今の彼氏が嫌なら、俺にすればって。その言葉に君はヘラリと笑って、何も答えなかったから、なんだ冗談かって。自分の彼氏を貶したいだけなのだと、そう確信したのに、まだ好きだなんて。

「みょうじ、いい加減別れれば?」
「うーん、一応大学の頃から付き合ってるんで…情みたいなものもあって、そんな簡単に別れられないんですよねぇ」
「話聞く限りクズみたいな男じゃん。ねぇ、岩泉さん」
「ん?うん」
「それより岩泉さん、誰と飲んでたんですか?彼女ですか?」

俺に恋人がいないと、そうわかって聞いてくるこの女はきっと性格が悪い。女友達に嫌われるタイプだろうなぁと、もう何度そう思ったことだろうか。だからこうやって、職場の男たちの飲み会に、積極的に参加しているんだろう。

「違うよ、高校の同級生」
「女の子っすか?」
「ちげぇって。部活の仲間」
「岩泉さん彼女つくらねぇんすか?会社の女の子みんな岩泉さんのこと狙ってるのに」
「んなことねぇだろ」
「本当ですよ?みんな、岩泉さんかっこいいって話してるんです」

私もそう思うし、と。聞こえるか聞こえないか微妙な音量でいうから。こいつ本物だなって最早笑えてくるし、この年になって「かっこいい」なんてありふれた5文字で気がよくなる自分も自分だと思う。

「いいな〜、岩泉さんの彼女になりた〜い」
「だから、彼氏いるだろお前」
「え〜、じゃあ別れちゃおうかな〜」

でも岩泉さん、彼女にしてくれないだろうなって。俺が好意を寄せていることに気付いていながらそう言うなまえちゃんが大嫌いなのに、どうにか抱きたいと思うのは、誰がどう説明してくれるだろうか。いつからこんな、捻じ曲がった男になってしまっただろうか。

2017/01/08