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「#エロ」のBL小説を読む
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- ナノ -
2016.12.27 23:47

部屋の明かりがついていないと、こうも気が滅入るのか。そう他人事のように思っていた。だいたい、もう日付が変わりそうなのにまだ労働しているのかと思うと腹が立つ。年頃の女の子だというのに、いったいこの国はどうなっていくのだろうか。そう思ってエントランスを抜けると、気怠そうに電子小型機器を弄る女を見つけた。ちょうどいま帰宅し、エレベーターを待っているのだろう。その背中に、胸がとくんと弾むのだ。アラサ―だというのに、自分にも随分可愛らしい面があると、嬉しいような悲しいような。

「なまえちゃん」
「わ、及川さん」

びっくりした、と彼女は特に表情を変えずにそう発する。触っていた電子機器はアウターのポケットへ。一緒に暮らし始めて、半年ともう少し時間が経っていた。この感じにもかなり慣れた。慣れた…というか、慣れすぎたというか。
約1年間離れて過ごし、その間も愛を育んできたわけで。それがこうやって毎日毎日彼女と会って、話して、触れられて。遠距離恋愛とやらをしていた頃に比べたらかなり贅沢じゃないのかってそんな想いが先行する。いまだってほら、こうやって同じ場所に帰って来られるのだ。幸せ以外の何物でもない。

「岩泉さんたちと飲んでたんですよね?」
「うん、岩ちゃんとまっつんとマッキ―」
「楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。4人で集まるの久しぶりだったから」

会は本当に楽しかった。高等学校を卒業して約10年。それだけの時間が経ってもこうやって気を許してなんでもない話ができるというのは、かなり凄いことだと思う。まぁ正直、今日は全員に痛いところを突かれたのが気に食わないけれど。だいたい、プロポーズってそんなに簡単じゃないと思うのは俺だけだろうか。なまえちゃんはどんなシュチュエーションでそれをされたいのだろう。夜景が綺麗に見えるレストランで食事をしながら?朝ご飯を食べながら何気なく?眠っている彼女に気付かれないように左手薬指にダイアモンドでサプライズ?そんなことは1日に何度も何度も頭をよぎるけれど、なんというか、具体的にどうこうって段階じゃない。

「そっか、よかったね。私、マッキ―さんだけ会ったことないや」
「え?そうだっけ?」
「うん、あー、でも写真で見たかも。ぼやっとしてたけど」
「実際もぼやっとしてるからいいよ」

そんなことないでしょ、と彼女はケラケラ笑い、おりてきたエレベーターに2人で乗り込む。なまえちゃんの横顔は少し疲れていて、でもどこか満足そうで。

「仕事、遅いんだね」
「ん?うん、年末だからね。飲食はどこもこうだよ」
「あ、そっか。だから最近忙しそうだったんだ」
「うん。でもまぁ、もうちょっとで落ち着くんだけどね」

出逢った頃に比べ、なまえちゃんは仕事に熱を注いでいた。俺としてはその理由が気になってはいるのだけれど、彼女が俺にあまり干渉してこない為、こちらも向こうから言われない限りは問いかけないようにしている。なんか、カッコ悪いかなぁって、そう思うから。俺の方がずっと年上だし、社会人歴も長い。しっかりしている彼女の前で、ださいところは見せたくない。嫉妬ばかりしている事も、なるべく知られたくない。俺ばっかり好きみたいで、出逢った頃から、ずっと。

「及川さんはもう仕事納めたもんね」
「はい、すみませんね、エリートなもんで」
「実際エリートだからほんとムカつく」
「あはは、ボーナスもたくさんもらったし、なまえちゃんの仕事が落ち着いたら美味しいものでも食べに行こうよ」

そうだね、と。何となくハリのないその声が気になる自分に嫌気がさす。なまえちゃんは嫌な事は嫌だというタイプだ。もし、俺への気持ちが冷めてしまったり、同棲に疲れてしまったら直接言ってくれる…と思う。少なくとも、俺の知っている彼女はそう、だ。目的の階にエレベーターが到着。俺の鍵で扉を開けて、パチンと部屋の明かりをともす。そこは程よく散らかっていた。あぁ、たぶん、掃除も洗濯もほとんどが彼女の仕事になってしまっていた。こんなに遅くまで働いて、家事までやらされて、そりゃあ嫌になっても可笑しくないよなぁ。

「及川さん、シャワー浴びます?」
「ん?うん、」

きゅ、と髪を結い、シンクに溜まった食器やマグを洗う彼女は俺にそう問いかけてきた。流れるようなその動作に、俺はただ固まるばかりで。唯一できたのが彼女を後ろから抱きしめることだけだ。

「及川さん?」

手を止め、どうしたのと、そう言いたげに名を呼ばれる。どの言葉を選んだら、彼女に想いを伝えられるのだろうか。判断は早い方だと自負しているが、こんな時に、こんなに言葉が出てきてほしい時に限って。エリートなんてフレーズは何の役にも立たないのだと、ここまで追い込まれてようやく痛感する。

「ごめんね」
「なに、急に。浮気した?」
「…あのねぇ、する訳ないでしょ」
「基本的にチャラいから」
「昔の話です、」

彼女はくるりとこちらに向き直ってくれる。まるで赤子を見るかのような、柔らかく優しい目で俺の瞳を捉えると、ぽそりと呟く。

「どうしたの」
「…どうもしないけど」
「…なに、まじで浮気した?」
「神に誓ってしてません」
「じゃあなに」

なに、と聞かれても。考えるのが面倒になり、思っている事をそのまま声に出してみる。

「同棲、いやじゃない?」
「え?」
「一緒に住むの、疲れない?」

彼女は何か考えるような表情で。数秒間が空くので不安になってしまう。いや、いくらなんでもこの状況で「うん、そうなの。同棲嫌だからもうやめよう」なんて、そんな風に言う彼女じゃないと、わかっているけれど。

「疲れるよ」

なまえちゃんらしい、と思う。勢いよく折られる俺の心は、彼女によってすぐに修復された。

「及川さんに相応しい人にならなきゃって、そう思って頑張るから疲れる」
「…え?」
「頑張るって言うか…がんばれるって感じ、かな。及川さんと一緒にいるとそう思えるんだよね、なんとなく」

だから、及川さんが迷惑じゃなければ、一緒にいたいんだけど、と。大人ぶっている彼女だが、そう言い終えると照れ臭いのか唇を結んで、俯いて。あぁかわいいなぁ、好きだなぁと、そんな想いが込み上げてくる。この子も素直で、丸くなったもんだ。何度も思い出すのは、出逢った頃のあの、怪訝そうな目つきだ。

「…なんか言ってよ」
「ごめん、なんか、胸がいっぱいで」
「…意味わかんない」
「一緒にお風呂入んない?」
「ちょっと本当に意味わかんないから」

酔ってるでしょ、と。一人暮らしの頃に比べてかなり充実した冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出し、グラスに注いでくれる。ごめん、全然酔ってないよ。なんか、あのメンバーでいると楽しすぎてアルコールを飲むことを忘れてしまうんだ。

「ありがとう」
「ねぇ、及川さん」
「ん?」
「及川さんが、嫌になったら言ってね」

及川さん、優しすぎるから言えないんじゃないかと思ってて、と。そう言う彼女を強く抱きしめずにどうするというのだ。そんなことを思っているなまえちゃんに気付けない俺は、やっぱりエリートでもなんでもなくて、ただのダサい男だ。

「好きすぎて嫌になるかも」
「…今日全然意味わかんない」
「愛してるってこと」
「キザすぎ」
「嬉しいくせに」

まぁね、と笑う彼女。仕事も休みだし、明日は彼女の帰りを待って手料理でも作ろうか。料理なんてしたことないけれど。「余計なことしなくていい」ってどやされるのが簡単に想像できるけれど。

2017/01/05