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- ナノ -
2018.02.11 07:49

「結婚しない?」

昨日、及川の結婚式で迂闊にも泣きそうになってしまった。それにしても及川って小さい時から顔綺麗なんだな。プロフィールムービー的なもので幼少期の写真が何枚かあったが、もう既に完成してるのだ、あの顔面が。なんかもう、勝ち組って感じだ。俺なんて幼少期の写真見せると大抵「お前よく頑張ったじゃん」とか言われんのに。髪型と雰囲気でどうにか頑張っちゃ悪いかよ。いやまぁ、そんな話はどうでもいいのだ。花巻はやってしまったかもしれないと、己の発言を少々後悔していた。ちなみに、及川の結婚式で泣きそうになった理由は、及川の隣で笑う奥さんが、あまりにも幸せそうだったからだ。

「なんで今言うの、こんな時間ないときに」
「急いでるしとりあえずハイハイって感じで許可してもらえるんじゃないかと」
「最低かよ」
「いや必死なんですよ俺」

もちろん逆も然りではあるが、思ってしまったのだ。自分はなまえを幸せにできるのだろうか。今だってほら、こんなに怒らせてしまっているのに。
二次会の会場となまえの家が近かったので、泊まらせて欲しいと事前に連絡をしていた。酔っ払った花巻が帰ってきた時点で、なまえは若干不機嫌だった。酔っ払った花巻は、とても面倒なのだ。ただ、久しぶりに高校の同級生と集まったわけだし、大目に見ていたが今朝はいただけなかった。何度も起こしているのに「あと五分、あと三分」を繰り返し、しまいには「なんで起こしてくれなかったの!」と慌てふためく。相手は小学生じゃない。高校の同級生、つまりなまえと同い年なのだ。そんな訳で、彼女が怒るのも当然だった。そしてドタバタと忙しなく朝の身支度を整えている時、極め付けに言ってきやがったのだ。結婚しない?って。バカじゃないの?と思ったが口には出さなかったので、やっぱりなまえは、結構優しいのかもしれない。

「年々男らしさ欠如していくよね」
「否定はできねえわ。あれ、俺昨日使った歯ブラシどこやった?」
「あの日の花巻、格好良かったのになぁ。歯ブラシは洗面台じゃなくてキッチン」
「あぁ、本当だ、ありがとう」

テーブルの上には朝ごはんが用意されていて、バカな男はまた、なまえに申し訳ないという感情を募らせるのだ。そして少し時間を巻き戻す。あの日の花巻、格好良かったのになぁ?急いでいるとはいえ、聞き捨てならない言葉だった。花巻のことを褒めるなまえは、非常に珍しいのだ。

「あの日?」
「走って追いかけてきてくれた日、年明け…いや、年末だったかな」

なまえに突然電話をしたのも、あいつらと飲んだ後だった。花巻は明確に覚えていた。ドキドキしながら食事に誘ったら断られて、別の日ならいいと、どうにか約束を取り付けたのだ。当日は…そうだ、久しぶりに力を振り絞って走って、小さくなる背中を追いかけたっけ。確か、翌日筋肉痛になったんだよなぁ。キッチンで、ぐしゅぐしゅと歯を磨きながらひとつひとつ、思い出していた。そうだ、あの日から随分こうして一緒に過ごしてきたが、相変わらず女が一枚上手で、いつも男は尻に敷かれていた。変わることのない、とてもいいパワーバランス。だが、今日くらいはぶっ壊してもいいのかもしれない。リビングで朝の情報番組を眺めている優しいなまえは、次に花巻が求めることを予測し、声を掛ける。

「靴下、こっちにあるよ」
「なぁ、まじで」
「いや、まじでとかじゃなくて」

正直、嬉しくなさそうなフリをするのに必死だった。周りの友達は相変わらず不意打ちに結婚を決めやがる。どうなってるんだ、いったい。毎回そう思うが花巻にその苛立ちや込み上げる不安をぶつけることはできなかった。焦らせたくないのだ。急かしたくない。花巻の方から、そう決めたら伝えて欲しい。でもこれって、なんの確証もないから。「結婚しよう」と言われる前に「別れよう」と言われるかもしれない。彼氏と彼女。その肩書きがどうなっていくかなんて、誰にもわかりはしないのだ。
だから、とっても嬉しかった。シュチュエーション?タイミング?言葉のチョイス?そんなの全部、どうだっていい。花巻が自分と結婚したいと思ってくれているのなら、それでいい。ただ、本当に、これっぽっちも、全く、予想していなかったのだ。こういうのって誕生日とか記念日とかクリスマスとか、その辺に言われるんじゃないの?なんで今朝なの?しかも、今、花巻、遅刻しかけてますからね?何がしたいの、本当。そう呆れるが、残念。そんなごちゃごちゃした感情よりもシンプルな「嬉しい」がいっぱい溢れてくるから、なまえの負けだ。

「だめ?結婚、」
「早く会社行きなよ、遅刻するって」
「返事」
「おかしいでしょ、全部。だいたい私、今朝ちゃんと花巻のこと起こしたんですけど。朝ごはんまで作ってさ。なんで逆ギレされなきゃいけないの」
「それはマジでごめん、申し訳ないと思ってる。朝飯は帰ったらありがたくいただくのでラップしておいてもらえると嬉しい」
「ラップくらい自分でしてよ、申し訳ないと思ってるんだったらとりあえず会社行って。帰ってきてからにしてよ」
「どうせまたはぐらかすじゃん」
「それは、」
「なぁ、まじで、お願い」
「昨日、松川か及川になんか言われたんでしょ。まだ結婚しないの〜、とか」
「あ、そういえば松川結婚するんだよあいつ…なんか挙式の前にカミングアウトしてきやがってさ」
「え、まじ?松川が?」
「そう、あの松川が…じゃなくて、俺たちの話!松川なんかどうでもいいんだよ今は」
「花巻がフッてきたんじゃん」
「いやそれもごめんだけれども」
「なんで結婚なの」
「好きだからに決まってんだろ」
「好きなの」
「は?好きじゃねえの俺のこと」
「…いや、うん、」
「そこは即答してくださいよ」
「花巻は、私のこと好きなの」
「好きじゃなかったらプロポーズなんかしねえだろ」

じっと、捉える。テンポよく続いた会話はなまえのだんまりで一旦休息。もう、女の身体中は嬉しいって、それでたっぷり満たされていた。なのに、この可愛こぶることができない女は一生懸命に強がる。もう、いいのに。目の前の愛おしい男が注ぐ愛を、そっくりそのまま受け止めるだけでいいのに。

「…とりあえず、同棲からならいいよ」
「っ、あぁもう、だから…だからさ、そうじゃねえんだって…!」

靴下を履き終えた男は、ソファに座っていたなまえを組み敷く。突然視界が花巻でいっぱいになったので、「わっ」とか「きゃっ」とか、そんな声さえも出ないくらいに驚いた。というか、一年くらいこの男と男女交際をしてきたわけだが、こうやって急に押し倒されたのなんて、初めてなような気がする。あの、甘酸っぱい恋をしていた高校生の頃も含めて、きっと、初めてのことだ。しかもなんか、真面目な顔してるし。こんな表情も見たことがない。しかし、まぁ、こんなにもドキドキするものなのか。なまえは結構、焦っていた。花巻の真剣な表情に、彼が遅刻しそうなこととか、結構、忘れてしまっていた。

「ちゃんと答えて」
「…うん、」
「なまえのことが好きだから…俺、こんなんだけど、本当に好きだから」

なまえの「同棲ならいいよ」という意見は、ぽいっとゴミ箱に放られたようだ。学生の頃の、あの、こちらの発言を丸呑みする花巻はもう、ここにはいなかった。それもそうか。もうかなり前の話だし。寂しいような、嬉しいような。力が込められた手首がほんのり痛いが、心地よかった。まるで、もう離さないと言われているようだから。あの時はするするっと離れていってしまって、本当に苦しかったのだ。あぁ、私もずうっと、花巻が好きだったんだ。ずっと、ずうっと、大好きだったのだ。

「俺と結婚して」
「うん、」
「…いいの?」
「うん」
「え、なに、いいの?」
「…もー、…なんか本当嫌」
「は?」
「一瞬格好良かったのに」
「十二秒ぐらい格好良かったでしょ?」
「…遅刻するよ、本当に」
「っ、やべっ!えっ、まじでいいの?婚姻届貰ってきていい?」
「どこで貰うかわかるの」
「バカにしすぎだろ」
「…勝手にどうぞ」
「はいはい、勝手にさせていただきますぅ〜」
「…花巻」
「なに、やっぱナシとかナシな」
「ありがと、」
「え?」
「言ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして…?」
「なんで疑問形なの」
「えっ、いや、え?こちらこそありがとう」
「いってらっしゃい、まじで遅れるよ」
「いや、もう完全アウトでしょ」

いいよもう、正直にプロポーズしてて遅れましたって言うから。そんな馬鹿げたことを言う花巻に、ついに言ってしまう。バカじゃないのって。我慢してたのに溢れる。馬鹿だなぁ本当。馬鹿だ、でも、好きだ。いってらっしゃいって、なるべくいつも通り見送る。早く帰ってきてねって思っているけれど、言わない。言わないけれど、そんなことはこれっぽっちも問題ない。花巻だって、一刻も早く帰ってきたいと思っているから。
小心者の男は、もちろん遅刻の理由を素直に述べるわけもなく、ありきたりな寝坊ということで少々叱られてしまうが、それだって全く、問題ない。花巻の脳内は今朝のあの、愛おしい女のことでいっぱい。そんなこんなで、上司からの嫌味とかそんなことは、どうだっていいのだ。早く家に帰れれば、とりあえず今日はもう、それでいいのだ。

2019/01/18