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- ナノ -
2018.02.10 20:42

小洒落た内装の二次会会場、流行りの洋楽が耳に届くが、そんなものは男たちにとってノイズでしかなかった。特に、岩泉と花巻にとっては。

「幸せそうだな、及川」
「何?花巻羨ましいの?」
「逆に羨ましくないと思います?」
「最近こいつ、会う度に言うんだよ。結婚したい結婚したいって」
「すればよくね?」
「結婚は一人じゃできないでしょ」
「相手いるじゃん」
「あのねえ…」

酒を飲まずにはやっていられない。理由その一、なんたってまずはこれ。高砂でこれでもかと幸せそうな笑顔を見せる新郎が、あの及川徹であること。岩泉も花巻も、何度も「これは夢か何かではないのだろうか」と考えてみるが、冷静に、普通に考えれば妥当な流れだ。自分たちと比べれば及川は長い時間、可愛らしいドレスに身を包んだ彼女ー…いや、奥さんと一緒にいるわけで、そりゃあタイミング的に、結婚くらいするわけで。松川はどうかって?あぁ、そうそう、これが理由その二な訳だがー…。驚くことにこの男は、少し前…だいたい二週間くらい前にプロポーズを済ませたらしい。しかもそれを、挙式が始まる前のホワイエで岩泉と花巻に発表したのだ。気が狂っているとしか思えない。「最近彼女とどう?」と問うた花巻は、そんな答えが返ってくるとは、全く、これっぽっちも思ってはいなかったのに。スルッと、サラッと、そういえば俺も年内には結婚式するから良かったら来てねと、ふと思い出したかのように言うのだ。そんな予想だにしない返事が来るものだから今度は花巻の気が狂ってくる。未だ踏み出せていない二人に百のダメージ。全く、タチの悪い男である。すっかり落ち込んでいる二人を横目に、松川は呑気に、余裕たっぷり。安いがそれなりに美味い白ワインを、ゆっくりのんびり味わっている。

「最後、誰が残るかな〜」
「松川さん、趣味が悪いですよ」
「俺、松川は結婚しないと思ってた」
「ね、俺もしないと思ってた」
「なんですんの、結婚」
「なんでだろうね、上手く言えないけど」
「松川から言ったんだよな?」
「うん、今日の新郎は逆プロポーズらしいけど」
「及川、八パターンくらいプロポーズのシチュエーション考えてたのにね」
「それまじ?三パターンじゃねえの?」
「正解は八パターン。引くよな」
「引くなよ、可哀想じゃん」
「松川さんが一番笑ってるじゃないっすか」

岩泉も花巻も、何も考えていない訳じゃない。ただ、もう、何が何だかわからないのだ。数えるのが面倒になるくらいの女と関係持ち、遊びに遊んでチャラついていたあの及川徹。そう、あの及川徹が披露宴の最後、新婦が両親に「育ててくれてありがとう私、徹さんと幸せになります」的な手紙を読んでいる最中、嗚咽を漏らしながら号泣しているのだ。こんな状況、いったい誰が予測できたろうか。松川一静だってそうだ。高校生の頃からぎらぎらと独身貴族のオーラを放っていたくせに、数年付き合った彼女にプロポーズしましたなんて、そんなのってないだろう。まだ先の話だと思っていたのに、いつの間にか手を伸ばせば届きそうな距離にそれはあって、それはもはや手なんか伸ばさなくたって届く距離で。

「まぁいいんじゃないの、結婚って焦ってするもんでもないでしょ」
「そうは言っても、普通に焦りますよ」
「岩泉かな〜、次は」
「…いや、」
「ほら、そんな急かさないの」
「考えてはいるんでしょ?及川の奥さんがなんかそんな雰囲気のこと言ってたけど」
「えっ、ちょっ…待って、待ってよ岩泉〜…俺を置いていかないでくださいよ…」
「花巻が最後に千円〜」
「はぁ〜?!じゃあ俺言うから!しかも今日!!家帰ったら言うから!!」
「絶対言わないでしょ」
「んな勢いで言うなよ、あいつそういうのすげえ嫌いそうじゃん」
「あ〜確かに、嫌いっぽいね〜」
「…じゃあどうしたらいいんだよ、千葉のお城の前で跪いてガラスの靴でも渡せばいいんですか」
「それも嫌がりそう」
「わかる、それは本当にやっちゃダメなやつ」
「選択肢ゼロかよ」
「普通でいいんじゃねえの」
「普通ってなんだよ」
「俺に聞くな。つうか俺、そろそろ出るわ」
「なに?予定あんの?」
「可愛い彼女ちゃんも今日結婚式で二次会なんだって。お迎えに行くんだよねえ、心配だから」
「あぁそうなの、残念」
「で、松川はなんて言ったの」
「ん〜?そんな変わったこと言ってないよ。結婚しようって、それだけ」
「ねえちょっと、三人ともいい加減俺に興味持ってくれない?いつになったらこっち来てくれんの?写真撮りに来たりしないわけ?」
「さっき撮ったろ」
「会場も衣装も変わってるんですけど〜、インスタのストーリーに上げなくていいの?」
「女子かよ」
「及川お前邪魔すんなまじで」
「逆プロポーズトオル」
「八パターントオル」
「え?何で突然ディスられてんの?どっからどう見ても俺が今宵の主役なのに」
「いま恋バナしてんだから空気読んでくださ〜い」
「いや三人が空気読みなよ、俺の結婚式の二次会だよコレ。なんで二次会で恋バナしちゃうの、ここ居酒屋のカウンターじゃないからね」
「松川、彼女にプロポーズしたんだって」
「はっ?!なにそれ詳しく」
「それでいいのかよ新郎」
「なんで今日言うの、俺の結婚式なんだけど」
「めでたいことは重ねていったほうがいいかと」
「えぇ、じゃあ乾杯しよう、まっつんのプロポーズ大成功を祝って」
「あら、そりゃどうも」

中途半端な量の酒が注がれた、高さの不揃いなグラスがぶつかる。賑やかな会場ではガラスが奏でる澄んだ音は響き渡ることなどなく、テーブルを囲む四人にしか聞こえていない。しかもごちゃごちゃっとした、美しいとは言い難い不協和音。だが、これは特別な音なので、これはこれで、とてもいいのだ。

2019/01/16