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- ナノ -
2016.12.28 10:48

松川一静というこの男は、愛という概念をはき違えていたようだ。
物心ついた頃から、自身が周りと少し違った価値観を持っている事は、きちんとわかっていたし理解もしていた。思春期をむかえると、隣のクラスのあの子はあいつが好きらしいよとか、もうキスしたんだってとか、そんな話題ばかりになる。松川も勿論そんな類の感情は持ち合わせていたが、そういったことにそこまで一生懸命になれなかった。好きだと言われれば嬉しかったが、あぁそうなんだってそれくらいのリアクションしかとれない自分がいることに、幼いながらに気付いていたのだ。それがどんなに美人でも、スタイルがよくても、その感情に大差はなかった。俺のこと好きなんだ、何でだろうって、そう思うくらい。その答えを女に数度聞いたこともあった。返答は様々で、背が高いとか、顔が好みだとか、そんなありきたりなものから優しいからとか、一緒にいて落ち着くからとか、よくわからないものもたくさんあった。

“一静は私のどこが好き?”
よくわからない、彼女という肩書きだけを持った女にそう問われた時はシンプルに地獄だと思うのがお決まりで。大抵は笑って誤魔化していたが、どうにもならない時、松川は「全部好きだよ」なんて訳の分からない台詞で逃げ切るのだった。恋愛なんて逃げるが勝ち、がモットーの責任感ゼロ男。そうやって、色恋沙汰に熱くなれない事をわかったうえで、諦めていたのだ。自分は心から人を愛することなんてできないのだと。少々変わった男なのでそれについても困ったなぁとか、どうしようかなぁとか、そんな風にも思わなかった。人は人、自分は自分って、そう思っていたのだ。なのに、いつからか少し興味がわいていた。ちらほらと、年齢が同じくらいの友人が結婚なんてものをし出したからだろうか。軟派だと思っていた同級生が柔く笑うようになったからだろうか。明確な理由は松川自身わかっていないのだけれど。

「どれがいいですかねぇ?」

確かに社会に出て働き始めてからは仕事が忙しかったから。それは単純に少々関係してくる。忙しくて、人を愛している暇がない。うん…まぁ、わからなくもない言い訳だ。

「かわいい系の子?」
「うん、そうかな…かわいい系?」
「綺麗系?」
「綺麗かも」
「どっちよ」
「えー…綺麗、かな」

そもそも松川は、群れるのがあまり得意ではなかった。集団行動というか…いや、人に合わせるのは得意であるし、空気もよく読む男だ。つまり、正確に言えば群れるのが好きではないと、そういうニュアンスだ。基本的に1人でなんでもうまくやるタイプ。要領もよく、飲み込みも早い。なんでも平均点以上にできるやつ。
恋愛だって数はこなしてきた。若い女と、年上の婚約者がいる女と、大学の同級生と。毎回告白されるのは松川だったが、フラれるのも松川だった。
「私のこと好きじゃないでしょう?」
「私ばっかり好きでバカみたい」
そんなことを言われても、と男は戸惑うばかりだったが、何も言わずにその申し出を受託するばかりだ。松川だって、毎回思うのだ。今度は理解できるかもって。周りのやつらが言っているみたいに、ドキドキと心臓が煩く鳴る恋愛が経験できるかもしれないと。本当の恋愛と言うのは、彼女を想うあまり夜中に迷惑だろうとわかっているにも関わらず、電話をしてしまったりするらしい。そんな恋愛が大抵のことをうまくこなせる自分に出来ない筈がない。なんだって平均以上はできるのだ。これだけできないって、そんなことはありえない。

「何にするか決めたの?」
「幾つか候補はありますよ」

なんでこの女を愛したんだろう。松川は毎晩そう考えるのだがいつだって答えが分かることはない。なまえはそれなりに可愛いし、気立てもいい。でも、言ってしまえばどこにでもいる普通の女だ。どこのブランドからも発売されている、肌馴染みの良いブラウンのアイシャドウみたいな…そんなタイプの人。出逢いが運命的だったわけでもない。特別タイプなわけでもない。そういうことだと、多分これだと、松川は自分なりにもう恋愛を解釈した。なんかこう、うまく説明なんてできないのだ。どこが好きとか、そんなスケールの話ではない。この女の全てに引き寄せられて離れられないからもう、どうしようもないのだ。諦めるしかない。ごちゃごちゃ考えるだけ無駄だと、そう感じていた。

「なに?」
「写真立てか、ペアのグラスとか…あとカラトリーとか」

一方女は未だなぜ松川と自分なんかが付き合っているのか理解できていなかった。いつ連絡が取れなくなるだろうか。いつ「別れよう」と告げられるだろうか。そんな不安を勝手に抱え込み、勝手に気を落としていた。確かに愛を知ったばかりの松川は不器用で、愛している事をどうやって女に伝えたらいいのかわかっていないからなまえに想いが伝わる訳もないのだが。間もなく30になるというのに、恥ずかしい男である。

「ペア」
「そう、ペア。可愛くないですか?」

ひょいと、いかにも結婚祝いだということを連想させるハートの模様が入ったグラスを持ち、松川の反応を伺う。男はどうしようもなく単純なので、それを使う自分と彼女を想像してしまうのだ。なにが「紳士でダンディ」だ。煩悩に溢れたみみっちい男じゃないか。

「だめですか、こういうの」
「ん?」
「松川さん、こういうの嫌いかなって」
「なんでよ」
「イメージ、ですかね」

嫌いだ。正確に言えばこの男は「嫌いだった」んだ。学生の頃はやたらにストラップだのシャープペンシルを色違いで持たされたなぁと、どこか懐かしく思い出す。罰ゲームじゃあるまいし、と毎回思っていたアレだ。赤と青のくだらないそれを笑っていたというのに、いまじゃこのザマである。

「いいんじゃない」
「…ほんと、ですか」
「うん。もうちょっとシンプルな方が使いやすいとは思うけど」
「そしたら、ペアのものにします」
「あら、そんな簡単に決めちゃうの」
「松川さんがいいんじゃない?って言って下さると、説得力があるというか…」

固っ苦しい会話は、到底カップルのそれに見えないのだが、それが松川にとっては何だか愉快だったし不安でもあった。気付いてはいる。彼女はまだ自分に気を遣いすぎていることに。だからもっと距離を縮められると。でもそれは焦ることじゃない。焦ることではないのだが、もっと近くにいたいとそう思ってしまう。自分の愛とかいうやつの重さに、もうどうしたらいいのかわからなくなっているのだ。

「こういうのはどうですか?」

なんと言えばいいのだろう。今まで愛を伝えたいと思ったことがないのだ。彼女に接する時は精一杯それを伝えられる様に努力をしている。それが間違っているのか正しいのか、松川自身さっぱりわからないのだけれど。
なまえが指さすものをじぃと見つめる。その時、男の心臓はどくりどくりと大きな音を響かせていた。多分、本人が一番驚いていた。自分の心臓はこんなにもやかましくなるものかと、なかば信じられない様子だ。

「ねぇ」
「松川さん、おしゃれだからなぁ…」
「一緒に住まない?」
「え?」

もう一度その言葉を繰り返す勇気など、この松川という男が持ち合わせているはずもない。なんと言い訳しようと情けない小心者なのだ。聞き取ってもらえなかったのなら、なかったことにしてもらうしかない。そもそも、こんなにふわっと伝える予定じゃなかった。一人焦る松川が醸し出す空気は、鈍感ななまえが気付くくらい異様で。

「松川さん?」
「ごめん、なんでもない」

首に巻いたブラックのマフラーに顔を埋めて、どうにか表情を読まれまいとじたばたしてみるが、もうどう足掻いたって無駄でしかない。女はそんな松川がおかしくて、そして言葉の意味が未だに信じられなくて。

「何でもないんですか?」
「…聞こえてんじゃん」
「聞こえますよ、そりゃ」
「返事は?」

じとっとした目で女を見る男は、もうほとんどヤケクソだ。なまえは自分の耳に届いた言葉の音は分かってはいるものの、その意味をぼんやりとしか理解出来ない。想像もしていなかったのだ。一緒に暮らそうと、そう誘われるなんて。外でしっかりとデートするのだって今日が初めてだというのに。まぁ、信じられるわけがない。信じるやつの方がどうかしている。

「…どうせい、ってことですか」
「そうね」
「なんで、わたし?」
「…なんでって、そりゃあ俺の可愛い彼女だからに決まってるでしょう」

松川は質問攻めに白旗を掲げ、口からスルッと出てしまった言葉の恥ずかしさにいてもたってもいられなくなる。女の髪をくしゃりと撫で店内をふらふらとし出すから。
言葉をじわじわと噛みしめるなまえは少しの時差に戸惑いつつ、男のガウンコートの裾をちょいと摘まんで。

「いいの?」
「…ずるい女」
「え?」
「あざとい」
「なにがですか」
「いちいちあざといって言ってんの」

松川はジーンズのポケットに押し込んでいた部屋の鍵を女に握らせてやる。なまえは急に手のひらに入り込んできた異物に一瞬驚くが、それが何かをすぐに理解したようで、ぱぁと晴れやかに笑う。派手な口紅が、しっかりと輝いて見えるのだ。

「なくさないように気を付けんのよ」
「…ありがとう、ございます」
「こっちの台詞」

ふっと笑った松川は、さて忙しくなるなと愉快な心情だ。彼女の分の食器に歯ブラシ、部屋着に…思い切って新しいソファを購入し、早速そこで交わるのも悪くない。そんなことを考えて、確信するのだ。自分は彼女の為に生活をまわしていくのだろうと。そしてそんな生活が楽しみで仕方ないのである。
あいつらには…まぁ、いいか。別に言わなきゃいけないことではない。また自然な流れで報告できるだろうと予測する。しかし、もしかすると及川に伝えるのは、なまえちゃんが俺と同じ名字になってからになるかもしれないと、浮かれている男はそうどこかでぼんやりと考えるのだった。

2017/01/20