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「#エロ」のBL小説を読む
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- ナノ -
2016.12.30 18:09

年末にしては、随分と温かい日だった。約束の時間よりもずいぶん早く到着してしまい、手持無沙汰ではあるが、緊張のせいか何もする気にならず、ただ時間が過ぎるのを待つのみだ。こじゃれた雰囲気の店内は、若い女やカップルばかり。ワインの品ぞろえが豊富らしく、壁一面にそれらがずらりと並んでいる。暖色系の照明で店内はたっぷりと照らされていた。
こうやって前もって約束をして女性と会うのは久しく、何を着たらいいのかさえわからなくなってしまう。多分なまえは俺が何を着ていたってどうでもいいのだろうけど。白いニットの中に薄いデニムのシャツを着て、襟と裾から柔らかいブルーを覗かせる。グレーのウールのパンツは細くも太くもないラインだ。レザーのシューズを合わせようかと悩んだが、なに頑張っちゃってんの?と思われるのが嫌でネイビーとブルーの間の、なんとも説明しがたいカラーのスニーカーに落ち着く。店内の気温は23度くらいに保たれている様なので、羽織っていたブラックのブルゾンは脱いで丸めて椅子の上に。

「ごめん、遅れて」

予定の時間を4分程過ぎていた。彼女の姿を見て、とりあえず安堵した。来てくれた、すっぽかされなかったと、単純にそう思い嬉しくなる。それと共に緊張はピークに。2人きりというこの空間。まともに目も見れやしない。

「待った?」
「待った」
「うわ、感じ悪い」
「嘘だよ、待ってません。今来たところ」

うそ。結構待ったよ。しかも、ドキドキしながら、待った。来るかなぁとか、俺の格好変じゃないかなぁとか、まるで16だったあの頃みたいに、君を待った。懐かしいんだろうけど、なぜだろう。とても新鮮だとそう思うのは。

「なにも頼んでない?」
「うん、いまきたところだから」
「そっか」

お腹空いちゃったと、ひとりごとだろうか。なまえは店員の手作りであろう本日のお勧めメニューに視線をやって、俺のことなんてちらりとも見やしない。癖のある文字で書かれたそれを真剣に見ているから。おいおい、ちょっとおしゃれしてきたし、一昨日散髪もしたんだけど。

「嫌いなものあるっけ?」
「ん?好きなの頼みなよ」
「うん、頼むけどさ」

すみません、と。店員を呼ぶまで2分と経過していないのではないか。彼女は比較的せっかちで、俺なんかよりよっぽど決断力がある。カタカナばかりのメニューをすらすらと注文していくんだ。こんな声だったっけなぁと、それを聞きながらそんな風に思った。店員相手だからか、俺と電話で話した時とは違って、上品な大人の女の声だった。やっぱり、いつの間にか俺たちは確実に歳を重ねているようだ。

「旬の野菜のバーニャカウダと、本日のアヒージョ、サラダ仕立ての鮮魚カルパッチョと…パスタとピザどっちがいい?」
「ん?」
「マリナーラとアラビアータ、どっちがいい?」
「…マリナーラで」
「ビール?」
「はい、」
「マリナーラSサイズで、生2つ、あ、やっぱり1つはギネスにしてください。生1つにギネス1つで」
「承知いたしました」

焦った。突然、問いかけられたから。目が、合ったから。あぁ、また思っただろうな。「なんだこいつ」って。情けないったらありゃしない。店員が丁寧に注文を確認するが、それは全く俺の耳には届かなかった。バクバクと跳ねる心臓を、静まれ静まれと何度も繰り返す。いったい何を話すんだ。何を話したらいいんだと、今更ながら自分の無鉄砲さを恨んだ。女の子が苦手な童貞男みたいな自分に、はっきりと苦笑していた。

「この間、誰と飲んでたの?」
「え?」
「電話かけてきたでしょ。あの時」

話題を振ってきたのは彼女だった。あぁ、と先日のあのメンバーを思い出す。何が「ちゃんと恋愛すれば」だよ。やってやるわ、見てろよ畜生。

「バレー部」
「あぁ、いつもの?」
「うん、いつもの」
「みんな元気?」
「うん、元気」

俺ってこんなに社交性なかったっけ?と自問自答せずにはいられない。せっかくなまえが話しかけてくれているのに、どうなっているんだこれは。自分の口じゃないみたいだ。

「松川、いまこっちにいるんだっけ?」
「そうそう、ちょっと前に戻ってきて」
「こっちでも仕事続けてるんだ?」
「うん、なんか結構すごいらしいよ。俺あんまりわかってないけど」
「ね、すごいんだってね。ファッション誌のコスメ特集とか、美容雑誌とかちょこちょこ出てるらしいじゃん」
「え?そうなの?」
「何で知らないの。仲良いでしょ」

青城のうちらの代の女子はみんな知ってるよ、と。笑いながら彼女はそう言う。俺はごくごく自然に笑ったなまえを見て、安心していた。笑ってくれたと、そんなことで嬉しくなっていた。
ドリンクが運ばれてきて、細やかに乾杯。少し緊張がとれた俺は、チラチラと彼女の様子を観察する。あの頃から10年と少しが経って、相変わらず…とは言い難い。どう考えたってそこそこの時間が経過しているんだ。そりゃあそうだ。誰だって変わる。
鎖骨くらいでズバンとカットされた髪は内側にくるんと巻かれていた。キャリアウーマン、ってそんなイメージだが、そもそも俺の中でのキャリアウーマンと言う言葉の位置づけが非常に曖昧なので彼女がそれなのかどうかはうまく判断ができない。髪を耳にかけているので、ゆらゆらと揺れるチェーンのピアスがよく目立った。ハイネックのニットワンピースは明るめのグレーで、 タイトなシルエットだ。身体にピタリとほどよく張り付いている。ウエストを細いレッドのベルトで絞っていた。ノーカラーのコートはブラックでフォーマルな印象である。仕事帰りなのだろうか。気になったがそんなことを聞くのはどこかおかしいような気がして、口には出せない。

「及川も岩泉も、ずっと会ってないなぁ」
「変わってないよ」
「うん、だろうね」
「若干老けたけど」
「そりゃそうだよ。何年経ってると思ってんの」

料理もテンポよく運ばれてくる。彼女は何の気なしにそれを小皿に取り分けこちらに寄越すのだ。ありがとう、とぼそりと言ってもとくに言葉は返ってこない。

「なまえは?」
「ん?なに?」
「なまえは、変わってないの」
「なにそれ」

自分じゃわかんないよ、と。バゲットをオリーブオイルに浸し、それを口に運んでそう言う。俺は何も変わってないよ。あの頃と、何も変われていない。もどかしいほどに。

「この間さ」
「うん」

一杯目のビールが残り2センチのところで、女は店員を呼び止めた。多分俺がこれから何を言うかわかっていない。次何飲むって、俺の話を遮ってそう問うのだ。空気読めよ、割と爆弾発言するぞ。

「生1つ」
「私…白のサングリアお願いします」
「あのさ」
「うん?」
「俺いままで付き合った人でなまえが1番好きなんだけど」
「うん」

うん、じゃねぇよ。もうちょっと驚けっつーの。おかしいだろ、なんだよその反応。思わず面喰らうが、ここで引いたらまたあいつらに茶化される。いけ!男だろ!と、心の中で誰かがエールをおくってくれるような気がするが、わかる。それは完全に気のせいで、もう引き返せないところまできた自分を空元気でどうにか保とうとしているんだって。そうじゃなければもう言葉を発することなんて出来やしない。

「それで、今日誘ったんだけど」
「うん」
「…俺、」
「あのさぁ」

貴大は何も変わってないねって、女はどこか寂しそうにそう言った。その表情から俺は、何も読み取ることができなかった。

2017/01/11