「なんで泣くんだよ」
黒尾さんのものがずるりと中から抜き出される。私は酸素を欲してみっともないくらい荒く呼吸をしていた。下腹部は未だ焼けるようにあつく、その熱が全身を支配しているせいかじわりと汗ばんでいた。彼の呼吸も規則的とは言い難かったが、私ほどではなかった。額の汗をぐいと拭いながら、なぜ泣くのかと、そう問われる。
「…なんでって、」
「犯してるみてぇじゃん。合意の上だろ、俺たち」
そりゃあそうだが、半ば無理やりもいいところだった。私が黒尾さんのことをこれでもか、というくらい好きだから成り立つ流れだ。それを彼は理解しているのだろうか。
「…なんだよ、その目」
「黒尾さんなら犯しかねないな、と」
しねぇよさすがに、と彼は笑って。私の胸元にちゅ、と吸い付く。セックスの後にこうやって、他愛のない話をしながらいちゃいちゃとするのは初めてのことだったので若干戸惑った。もちろん、どきりとするし口元が緩むくらい嬉しいのだけれど。
「まぁ、嫌いじゃないんですけどね、そーゆープレイも」
「むしろ、好きなんじゃないですか」
「はぁ?なまえちゃんが好きなんだろ、そーゆーのが」
「そんなこと一言も言ってませんから」
「よく言うよ。さっきまでヤラシイ言葉でオネダリしてたくせに」
「だって、あれは、黒尾さんが」
あぁ?と彼は私の手首を拘束して馬乗りに。さすがに苦しくて、重くて、でも可笑しくて。人のせいにすんなよ、と彼は私の脇腹を擽るから。ケラケラケタケタ2人で笑った。裸のままで、汗だかなんだかよくわからない体液でぺたりとする肌で、でもそんなことお構いなしだ。
「おも、おもい、黒尾さん」
「なぁ、その“クロオサン”ってのやめねぇ?」
「え?」
「なんか、距離感」
あなたは距離を縮めたら私から離れていくくせに。酷い男だ。こっちがこんなにも我慢しているというのに、そうやって隙を見せる。
「近付いたら、離れちゃうでしょう?」
「は?」
「私が一歩近付いたら、黒尾さん三歩逃げるもん」
「何言ってんのお前。三歩進んで二歩下がる的な?」
「うん、まぁ、そんな感じ」
「離れねぇから、呼べよ」
「うそ」
「嘘じゃねぇって」
言ってみてよ、なまえちゃんって、耳元でぼそぼそ言ってズルい顔で笑う。それから私の体中に甘い淡いキスを落としていく。彼の唇が全身に。ぞく、として身体を震わせてしまう。
「て、つろ、」
「うん」
「鉄朗、」
「うん」
「…てつろ、すき、」
「うん、」
じわ、と彼の瞳が潤んだ気がする。気のせいだろうか。私の勘違いだろうか。
「…なんでなくの」
「なんでだろうね」
ぽたん、と胸に雫が落ちる。ものすごく熱く感じて、焦げていくようで、苦しくて。好きな人の涙がこんなにも苦しいだなんて、私は知らないから。
「ごめんなさ、わたし、好きって言っちゃった、」
「いいよ」
「…いいの?」
「あと5回言って」
「なんで」
「好きなら言えよ」
今日の黒尾さんはめちゃくちゃだった。いつもよくわからないが、いつもにも増してよくわからなかった。ただ、その後私はやっぱり彼に逆らえなくて、きっちり5回好きだという報告をして彼のベッドで彼の腕の中で眠った。
2016/07/11