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今日は校内が騒がしい。朝からざわざわと落ち着きがなく、授業中もなんとなくみんながふわふわしていた。
昼休みには賑やかな廊下や教室を見てぼんやりと思い出していた。

澤村とは、出身中学校が一緒だった。運動もスポーツも真ん中より上で、妙に礼儀正しい。先生ウケもよくて、生徒会とか興味ないのって言われたりもしていた(彼は興味がないらしく、断っていたけれど)
中学校3年の冬に、私たちは付き合い始めた。進む高校が偶然一緒で、受験心配だよねぇって話し出したのがきっかけだったと思う。大地、って呼ぶようになったのは、それからの半年弱だけ。

「なまえ、ごめん。別れてほしい」

なんとなくわかっているのに、切り出される時はドキドキした。部活が大変なのも、集中したいのもわかっていたけど、気付かないふりをした。いつ言われるか、という不安がどんどん大きくなっていたので、別れようと言われた時は安心した。やっと言ってくれたって。パチン、と何か弾けた感じだった。

「わかった。言ってくれてありがとう」
「…え、」
「…大地、優しいから言えないんじゃないかなぁって。でも、言ってくれたから。ありがとう。いっぱい悩ませてごめんね。バレー頑張って。応援してるから」

いい彼女でいたい。今までがそうだったのかはわからない。でも、最後くらいは。

「いま大変だと思うけど、大地なら絶対できるから」

大地を通じて仲良くなった菅原が言っていた。澤村くんは部を変えようとしてくれている、もう一度全国に行くって誰よりも強く思っている。
自慢の彼氏だった。優しいし、かっこいいし、勉強もスポーツもできて、ちゃんと私のことを考えてくれる。いま自分が何をしなければならないのか、高校生のくせにわかっている。

「全国行ったらお祝いさせてね」

澤村はあの時、何も返事をしなかった。精一杯笑顔を作ったが、彼の瞳にはどう映っていたのだろうか。考えるだけ無駄だ。私たちはあれっきり、一言も話していない。澤村だけじゃなく、菅原とも話していないのではないだろうか。まぁ、クラスが違って関わりもないし、当たり前といえば当たり前だ。

「…どうしたの、お祝いされて来なよ」
「えっ、うん。もう充分。恥ずかしい」

ただ、この男は別だった。東峰は2年3年と同じクラスで、現在は教室での座席が前後。ちょこちょこ話すが、澤村の話は一切なかった。彼も過剰に優しいから、気を遣っているんだろうけど。席に座って、彼は困ったように笑う。

「もうって、今朝発表あってまだ昼休みだけど」
「人に囲まれるの苦手なんだよね」
「…東峰がエースって未だ面白い」
「あはは、それね、それ俺も思う」

東峰は色々なギャップが魅力的で、何も考えずにゆるゆると話すことができた。見た目も大人っぽくて高校生には見えないが、中身もそうだった。穏やかで、寛大。まぁ彼の場合小心者で怒ったり怒鳴ったりが得意でないというのが大前提なのだが。

「すごいよねぇ、おめでとう。強いところに勝ったんでしょう?」
「うん、ありがとう。決勝見に来ればよかったのに」
「私が行ったら邪魔でしょ」
「そんなことないよ、みんな喜ぶよ」
「みんなって誰のこと?」
「俺もスガも、大地も」

久しく聞く名前だった。舌がカラカラになり水分を欲する。持ってきていたレモンティーを一口。

「ね、」
「なに」
「いいの?」
「なにが」
「大地」
「…東峰、回りくどいこと言うと怒るよ」
「あはは、ごめんね」

大地に俺が怒られちゃうから内緒ねって添えてから本題に入った。

「大地、迷ってたよ」
「なにを」
「みょうじに全国出場決まったの、報告してもいいかなぁって」
「…澤村は迷ったりしないよ」
「だからさ、あの大地が迷ってるんだよ?」

東峰は嘘をついたりしない。事実だってわかるけど、信じられなくて。

「呼んできていい?」
「だめ」
「えー、ケチ」
「東峰状況わかってる?」
「わかってるよ。大地とみょうじ、どっちとも話してるから」
「じゃあなんで」
「え?だってみょうじ、まだ大地のこと好きでしょ?」

はぁ?とわりと大きな声が出てしまった。東峰がびくりと反応する。

「えっ、違うの」
「…私が好きだったらなんなの」
「えー、それ以上は俺から言えないよ」
「なんだそれ」
「旭ー、武田先生が3人で写真撮ってくれるって」

こんな声だったかな、と音のする方向を見て思った。澤村は中学校からあまり変わっていなかった。もちろん身長は伸びたんだろうし、身体つきだって男らしくなったけど。
私は澤村から見て、変わったのだろうか。部活にも所属せず、髪は先生に文句を言われないギリギリのラインまで明るくして、中学生の頃はしていなかったメイクも覚えて、スカートも短くしている私に気付いているんだろうか。

「旭、ちょっと場所かわって」

私はなにが起こっているのかよくわからなかったし、東峰はなぜかニヤリと楽しそうだった。澤村がずんずん教室に入ってきて、私たちの席に近付き、東峰に命令をした。一連の流れはしっかり見ていたのだが、どうもピンとこない。

「うん、武田先生のとこ行ってるね」
「頼む」

なんだこいつ。これから戦でも交えるのか、って言いたくなるくらいガチガチで。そんな澤村が目の前に座る。顔はあんまり変わってないなぁ。

「…久しぶり」
「元気そうだね」
「お陰様で」
「なにもしてませんけどね」

距離感が掴めない会話が妙に面白くて笑いそうになったが、今は多分笑うところじゃない。精一杯堪えてみる。

「なまえに報告があって、」

まだ、名前で呼んでくれるんだ。それが妙にくすぐったくて、自ら会話を遮る。

「おめでとう」
「…まだ言ってないんだけど」
「みーんな知ってるよ。東峰からも聞いたし。すごいね、おめでとう」

私がそう言うと、澤村の顔がより強張っていく。この人大丈夫か。私と話すくらいで緊張して、全国大会とかで動けるのだろうか。

「…白鳥沢に勝って優勝しました」
「だから知ってるって。おめでとう、よかったね」
「約束」
「ん?」
「約束、守って」

覚えているのか。あの時の、口約束を。

「…さっきからずっとお祝いしてるけど」
「んなの旭にも言っただろ、おめでとうって」
「…澤村、いつから東峰に厳しくなったの」

彼は私の問いには答えずに、真面目な顔で言った。あの時とは目標が変わった、って。

「全国で1番になるから」

この男は、私に言わせているのだろうか。数年前、別れた時と同じ台詞を。だとしたら相当タチが悪い。あんな昔のことをよくもまぁ鮮明に覚えているものだ。そんな彼にちょっと引いたが、それは自分も同じだ、と思って堪えきれずに笑った。澤村は目をくりんとさせて、なんでこいつ今笑ったんだろう、と不思議な顔をしている。深呼吸をし、呼吸を落ち着かせて言う。じっと目を見るのが恥ずかしくて、喉仏のあたりを見ることしかできなかった。

「また大変だと思うけど、澤村なら絶対できるから」
「…おう、」
「全国で1番になったらお祝いさせてね」

周りには疎らに人もいる。相変わらず廊下はガヤガヤと騒がしい。東峰、囲まれてるのだろうか。

「…あの時、言えなかったんだけど」
「あの時っていつ?」
「あの時はあの時しかないだろ」

わざととぼけてみる。耳を赤く染める澤村が、なんとも可愛らしくて、真っ直ぐで。あぁ変わってないって、そう思えた。

「待ってて」
「…なにが」
「全国で優勝するから、待ってて」

そう言うと澤村は教室から出て行った。全く、勝手なやつだ。廊下は再び騒がしくなり、カメラのシャッター音まで聞こえる。

また、話せるだろうか。
また、大地って呼べるのだろうか。
東峰にも菅原にもがんばってもらわないとなぁ、なんて考える。

なんだ、私、まだ澤村が好きなんだ。

2016/01/30