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「……なに?」

冬の空気と共に部屋にやってきた彼がずいっと、差し出す。私はそれを、すんなり受け取ってやれない。コンビニのレジ袋じゃない、綺麗なカラーの紙袋だから。

「ん」
「なに」
「見りゃわかるでしょ」
「わかんないからなにって聞いてるの」
「ネックレス」
「ネックレス?」
「え?知らないの?ネックレス」

ネックレスは首飾りのことですよ、キラキラしてて綺麗よ、と。馬鹿にしたように鉄朗は説明してくれる。私に押し付けると「さみい」と不満そうに言いながら部屋に上がった。「いらっしゃい、どうぞ」と声に出していないのに、勝手に。

「ねえ」
「なに、なんでキレてんの」
「鉄朗もキレてんじゃん」
「いや、俺怒ってないよ」
「私も怒ってないもん。聞いてるの。コレなんなのって」
「だからネックレスだって」
「なんで」

なんでネックレスなんかくれるの。
滑らかに、流れるように言えなかった。つっかえながら、吐き出すように、言った。私と鉄朗はたぶん、付き合っていない。たまにこうやって会って、食事をして、セックスをすることはあるけど、好きです付き合いましょうみたいな、そんな言葉を交わした覚えはないから。それに、私は二番目だった。正確に言えば「二番目以下」であって、何位なのかは知らない。鉄朗に恋人がいることを知りながら近付いて、そういうことをした。してもらえるよう、懇願した。みっともない?そんなの、構っていられなかった。それでよかったのだ。それくらい、好きだったから。スマートフォンでの生存確認だけでは耐えられなかったのだ。たまにで良いから会って、美味しいものを食べて、どうでも良いことを話して、体温を分かち合わなければならなかった。それくらい、好きだったから。そんな人から、ネックレスを贈られたら、勘違いしてしまうだろう。この人も、私のこと好きなんじゃないかって。

「なんでって……普通に、クリスマスだし、欲しいって言ってたし」
「やだ、やめてよ」
「は?え、ちゃんとオシャレなやつだよ、なまえが好きそうなやつ。ハートのチャームとかじゃなくてシンプルなやつ」
「別に、デザインとかじゃなくて」

なんだって良いよ、恋人から貰うネックレスなら。いや、でも、確かにハートのチャームのネックレスは嫌かもしれない。いや、違う。嬉しいけど、身につけないかもしれない。ただとにかく、そうじゃなくて。

「……じゃあなに。なにがそんなにご不満なの」
「こんなの、恋人みたいじゃん」
「恋人でいいじゃん。なに、ダメなの」
「……かのじょ」
「彼女?」
「いたじゃん……っていうか、いるじゃん」
「目の前にね」

鉄朗の主張を理解できない私は、彼の顔を見つめる。別に、ふざけている様子はない。だいたい彼は、こんなふざけ方はしない。ただ、妙な間を感じ取ったようで、こちらをきょろっと見て「え?言ってなかったっけ?」みたいな顔をした。その後でハッと思い出したように、焦ったように「え、いや俺言ったよ、結構前に。別れたって。どうせなまえが酔ってて覚えてないだけでしょ」と続ける。私は相変わらず訳がわからなくて、ぶわっと、勝手に泣く。

「いやいやいや、なんで泣くの、ちょっと」
「……だって」
「なに、まじ。いつも言ってんじゃん。記憶無くすほど飲むなっつーの」

うるさい、うるさいよ、誰のせいだと思ってるの。たいして好きでもないアルコールに頼るの。鉄朗のせいだよ。私、やってられないんだもん。恋人がいる貴方を好きでいる自分のことが惨めで、情けなくて。友人たちはどんどん結婚していく。それだけじゃなくて、子どもが生まれたり、なんなら家を買ったりしている。職場の後輩は続々と寿退社。次はみょうじさんかなぁなんて言われて心の中で「私には縁遠い話です」と嫌味っぽく唱えたっけ。もう遊んでいる場合じゃないとわかっているのに、私はこの人を好きでいるのをやめられなかったのだ。好きを、やめられなかったのだ。

「……つーかなに。アナタ、今の今まで、俺に彼女いると思ってたの」
「っ、まだ、」
「ん?なぁに」

大きな手が背中を撫でる。「吸ってー、吐いてー」なんて、呑気な声も聞こえる。話せるようになってからでいいよと言われるが、今すぐ伝えたくてたまらないのだ。「まだ、信じてない」って、ぐずぐず、絞り出して。

「いないの、ほんとに、彼女」
「なまえ以外の彼女はいないよ」
「……わたし、彼女なの」
「そうでしょ。彼女じゃなかったらなんなの」
「あそびかなって、二番目以下だって、」
「……俺、そういうのできないタイプなんですけど」
「……彼女いるのに私とご飯行ったりしたじゃん」
「そう。おかげさまでそういうのできないタイプだなーって気付いてすぐ彼女と別れたんだわ。罪悪感やばくて。まぁすんなりは別れられなかったけれども」
「知らない」
「結構前にご報告したんですけどね、勇気を出して」
「言ってよ、何回も、シラフの時に」

彼はバツが悪いようで、わざとらしく視線を逸らして言う。鉄朗はやっぱり親切なので、言葉の意味を理解していない私に足してくれる。

「あのねえ……シラフの時に言えないからちょっと酔ってる時に言ったんでしょうが」
「なんで」
「なんでって……」
「わたし、ずっとすきだもん、鉄朗のこと。やめられないんだもん、すきなの」

ほろほろっと、溢れる。装飾されていない好きを渡すと、鉄朗はさぞ、困惑した表情を浮かべた。困らせることだろうか。そんなの、わかりかったこと……いや、違う。私はあまり、彼に好きと言っていなかった。そういえばそうかもしれない。思い返すと、そうだ。心の中では何度も好きを繰り返したが、声にはしないようにしていた。言わないようにしていたのだ。私の持ち合わせる「好き」と彼の所持する「好き」の量が違うのは、明白だったから。



「……なまえ、言ってたじゃん。なんか、彼氏とかいらない的な」
「……鉄朗の前では、たぶん、言ってないもん」
「まじ?それも覚えてないの?じゃあ俺のこと好きって言いまくってたのも覚えてない?」
「……なにそれ」
「なまえ、酔った時しか言ってくれないから。好きだって」

だから飲みすぎてんなって思った時もあまり必死に止めませんでしたスミマセンと、口早に謝罪がやってきた。なんだか途轍もなく恥ずかしくて、そして鉄朗が愛おしかった。私からの好きは、たぶん、迷惑でなかったようだ。良かったと、安堵した。

「私、言ってたの?好きって、」
「酔った時だけね。シラフで言われたのはさっきが初めて、……え?飲んでないよね?」
「飲んでません」
「あぁそう、それはよかった。で、とにかくさ」

だから俺は、あぁ俺って彼氏じゃないんだなぁと判断したわけですよ。貴方の言葉を借りるなら二番目以下なんだと思ってましたよ。でも、好き、やめられないんで。
そこまで言って、ふぅと吐き出し、まぁいっか、と私をきゅっと抱き締めてくれる。もうあんまり酔っぱらわないでよね、なんて少し笑いながら言うが、心配ご無用だ。私がアルコールに縋る理由はもう、消え去ったから。

2022/01/16