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「ラーメン食べないと友だちになれないんだよ」

***


歳上の彼女の優しさだ。食事に行くことになって、お洒落な店なんか知らない花巻に親切な彼女は言う。いつもお友だちとご飯行く時、どこ行くの?男はいつもの食事を思い出す。ファーストフード、ファミリーレストラン、食券式のラーメン屋、駅前の居酒屋はチェーン店で、どれもこれも、なまえに相応しい場所でない。大学生、成人したばかりの可愛い男だ。何回考えたって、思い出したって、非常に残念だが、そんなところしか浮かんでこないわけで。

「なまえさん、何が好きですか」
「貴大くんは何が好きなの?」
「何でも好きです、なまえさんのことも好きです」
「なにそれ、いいからそういうの」

わかったってば、と女は笑う。照れ臭いが滲んでいて、可愛い男は自惚れて、嬉しくなる。
アルバイト先から程近い小さな公園。遊具なんてブランコと滑り台しかない、ちっぽけな公園。急に「好きだ」を伝えた時、花巻はきっとどうかしていたが、 なまえに拒否されないことに喜びを覚えていた。物凄く好かれているわけではないが、嫌われてはいない。好きと伝えても拒絶されることはない。好きが募っていた花巻にとって、それはとてもいい感じで、心地よくて。

「松川くんとは、どこ行くの?」
「え?あぁ…松川とは、その、」

高校、そして大学でも花巻と同じ時間を共有している男のことは、何度か話題に挙げていたからなまえも名前くらいは知っている。仲が良い、というイメージもあったので、近頃の若者は(なまえも十分に若いが)どんなところで食事をするのか、なんとなく興味があったのだ。

「何?言えないような所行ってるの?」
「いや、違いますって。そうじゃないんですけど」
「どうなの?」
「…なまえさんは、お洒落なイタリアンとか、行きますよね?」

知りたいことをスムーズに教えてくれない花巻に、なまえの思考はぐるぐる回った。あれ?コレ、もしかしてはぐらかそうとしてる?本当はご飯なんて行く気ない?じゃあさっきの「好き」は?社会人の「お疲れ様です」と同レベルの意味合いか?我ながら何でこんなにネガティブなんだ?と問いただしたくなるルートを脳がチョイスしてしまっている。予防線だろうな。なまえは思う。歳下の男の子を本気で好きになって遊ばれるのは、結構、辛い。だから傷付きそうになったら、それを察知して、刃が振りかざされる前に逃げなきゃいけない。刺されてからじゃ遅い。擦り傷だって致命傷になるのだ。恋愛ってやつは。

「イタリアン?サイゼリヤとか?好きだよ」
「え?いや、そうじゃなくて。ピザをこだわり抜いた自家製の石窯で焼いてる感じの」
「ピザをこだわり抜いた自家製の石窯で焼いてる感じのお洒落なイタリアン?」
「はい。店長がちょっと強面で、ツーブロックで、」
「さっきから随分具体的だね」
「すみません、話の論点ずれて」
「んーん、楽しいからいいよ。ねぇ、さっきも聞いたけど松川くんとはどこに行くの?」
「…大学の近くの、…ってか、なまえさんは?」
「ん?」
「デート、そういう所行くでしょ?」
「そういう所?」

長く生きているだけあって、女は花巻の言葉に歯切れがない理由を何となく汲み取っていた。全く、なんて可愛らしいのだろうか。これ以上好きにさせてどうするんだろう。愛おしい、みたいな感情さえも湧いてきて、もうちょっと色々、欲張って聞きたくなっちゃったりして。

「…ホテルの十二階にある鉄板焼きとか」
「ふふ、十二階なんだ?」
「そこは適当ですけど…カフェでお茶するのだって、一本道入ったところにある隠れ家的なところで」
「私、貴大くんが淹れてくれるカプチーノが好きだよ」
「…毎回俺が淹れてた訳じゃ、」
「でも好き」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」

自分に対する「好き」でないのに、花巻はこれでもかと嬉しくなって、心臓を喧しく弾ませていた。電話で話しているだけでコレだ。面と向かってこんな、可愛いことを伝えられたら、きっとあからさまに頬を、耳を染めてしまうだろう。今だってこのザマだ。鏡で確認しなくても、わかる。彼女の声が届いてから、何だか妙に熱いから。六畳半の狭苦しい部屋の温度が上がったのかと思うが、勿論そんな怪奇現象は起きていない。

「大学の近くは嫌?」
「え?」
「知り合いに見られたら、気まずいもんね」
「…何が?」
「私と一緒にいるの」
「何で?」
「何でって…花巻くんて、歳下のふわふわした、可愛い子と付き合ってそうだから」

まるで自分は相応しくないと言われているようで、花巻はとても、悔しかった。でもなまえは自分なんかは彼に相応しくないと思っているわけで、この辺の解釈は非常に面倒で、ややこしくて、何だかなあと思う。

「……そういうなまえさんだって、歳上の…スーツ着た仕事の出来る男と付き合ってそうだけどね」
「うん」

ほら、今度はなまえが「相応しくない」と言われた気分になる。わずかな沈黙。空気を読むのは上手な男だ。すんなり謝罪し、軌道修正。

「……すみません、変なこと言いました」
「ん?全然」
「松川とは、大学の近くのファミレスとか…駅前にあるラーメン屋とか行くんですけど」
「そうなんだ、いいね」
「嫌ですよね」
「嫌じゃないよ」

嫌なわけがない。だいたい、この女はそんなことどうだっていいのだ。だって、あの、憧れの花巻くんと、二人きりで食事に行けるのだ。アイドルみたいな存在の彼だ。何だって、どうだっていいのだ。

「ラーメン、何系?」
「塩なんですけど、何つーか…いい意味であっさりしてなくて。確か海老と…鯛?の出汁だったかな、コレが美味くて。あと麻婆麺も美味いです。辛いですけど」
「えぇ、美味しそう。連れてって」
「…いいですけど、ラーメンですよ?いいんですか?」
「うん、ラーメン好きだよ。あとね、貴大くん知ってる?」

悪戯な声色で女は言う。それを聞いた花巻は「まだ友だちですらなかったんですか、俺たち」と項垂れて、それを聞いた女は口元を緩める。会いたいなあ。何で電話なんてものが出来てしまったんだろう。こんなものが無ければ彼の表情を瞳に焼き付けられたのにって、十九世紀頃の文明の発展を恨み、どうしようもなく悔しくなっている。

2020/07/14