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せっかくの日曜日を、元気のいい雨が濡らす。スマートフォンのディスプレイからは知りたくもない情報が止めどなく流れてきて、堰き止めることが出来ず、強制終了する為、私はベッドにどさっと倒れ込み、瞼をとじた。薔薇の花束と正方形の小箱。私の安月給では手の届かないハイブランドのバッグ。生まれたての赤子の小さな手。キラキラと眩くて、とてもじゃないが見ていられない。見なきゃいいのに、と言われればそれはまぁそうなのだが、見てしまうのだ。我ながらどうしようもないなと呆れる。見たくないのに見てしまう。ホルモンバランスが狂っているのだろうか。今日はいつも以上に心がえぐられる。私と一緒にベッドに沈んだスマートフォンを手探りで掴み、電話帳を開いた。

「は、あ、い」

かけるべきでないし、出ないで欲しいとも思った。なのに、六コール辺りで繋がってしまった。半年前に別れた鉄朗だ。誠に申し訳ないが、恋人を終了した後にこうして電話をかけるのは、初めてじゃない。酔っぱらったふりをして別れた直後に一度、そして春先に一度、計二回かけた。その時は夜中だったせいか繋がらなくて、いたたまれない気持ちに。でも、暫くすると折り返しがきて、眠たそうな鉄朗の声が耳に届く。だけどその頃には酔いは冷めているわけで、私は慌てて追加で冷蔵庫にあった缶ビールを飲んだりして、バカじゃないのって可笑しくなったりした。そんなバカな元彼女にも鉄朗は親切で、じわじわ涙が溢れそうになったからすぐに電話を切った。元気かなって思って、とよくわからないことを口走った私に彼は「元気だよ、なまえも元気そうで安心した」なんて言ったが、私は全く、元気じゃなかった。鉄朗と別れてから一度も、元気な日なんてなかった。

「……いま大丈夫?」
「うん、大丈夫。つーか、かける相手間違ってない?」
「鉄朗だよね?」
「ハイ、黒尾鉄朗ですけれども」
「じゃあ、間違ってない」
「あらそう、ならいいけど」

お久しぶりだから、と。やや困ったような鉄朗の声。ごめんなさいねと心の中で謝っておく。暴走した女はなにをするかわからないな。自分で自分のことが怖くなる。声が聞きたかった、なんて理由で電話をかけることができるのは恋人の特権で、私と彼はもう、その権利を所持していない。

「昼間から飲んでたの?」
「違う」
「え?酔っぱらってんじゃないの」
「酔っぱらってないの」
「じゃあなんで電話?」

SNSで友人たちの光り輝く生活を拝見していたら胃がキリキリと痛み、横になったものの症状は改善されず、大好きな鉄朗の声を聞きたくなってしまったので……などと言えるはずもなく、私は黙った。彼もなにも言わなかった。

「なまえ?」
「ごめん」
「ん?」
「用もないのに、連絡して」
「いやいいよ、暇だし」
「暇じゃないでしょ」
「暇だよ。日曜だし、雨だし」
「晴れてたら暇じゃなかったの?」
「いや、晴れてても暇ですけど」

だいたい、私たちはなぜ別れたのだろうか。二年くらい付き合って、なんか結構いい感じのカップルで、距離感とか会う頻度とか、かなりちょうどよくて、心地よかった。でも、そう思っていたのは私だけだったようだ。ある日、鉄朗はいつもみたいにヘラヘラと言った。なまえ、多分俺のこと好きじゃないでしょって。私はちゃんと鉄朗のことが好きだったので、彼の言葉の意味はよくわからず。今でこそ理解できるが、その時はそれが別れようという意味だというのもわからなかった。でもその言葉の後、彼との距離がのろのろひらき、連絡はぶつぶつ途切れるように。あぁ終わるんだなと思って、そういうのが彼よりも得意な私が終止符を打った。鉄朗はハッキリと「別れよう」も言えない、どこまでも優しい男だと思ったが、実際そんなのは全然優しくないのだ。性格の良くない私は心の中で彼のことを「自らの手を汚したくない偽善者なんだ」と揶揄した。

「彼女、いないの」
「いないねえ」
「なんで」
「…なんでって、こっちが聞きたいですよ。こんな色男なのに」
「そういうところじゃない?」
「どういうところよ」
「自分で自分のこと色男とか言っちゃうところ」
「事実だからいいでしょうよ」
「ほんと、そういうところ」
「なまえちゃんは?可愛いから格好いい彼氏できたんじゃない?」

できてませんよ。友人の幸せそうな写真見て僻んで、腸煮え繰り返ってる最低な女ですよ。特別可愛くもないし、家と職場の往復で体力限界の、どこにでもいるつまらない女ですよ。

「え?なに?彼氏できたの?まじで?」
「……できてないよ」
「焦った〜。電話でこの変な間、やめてもらえる?」
「…なんで焦るの」
「え?」
「私に彼氏できたら、焦るの?」

よくない質問だと自分でわかっているのに繰り返してしまうのは、つまりそういうことで。一人でも平気だと思っていた。二年前に戻るだけだ。鉄朗と付き合っていない、あの頃に。それだけのことができなくて、なんでそんな簡単なことができないんだろうって、そんな自己嫌悪が尚更、自分をグラグラさせていた。

「……ん〜、それ、言わない方が良くない?」
「ごめん」
「いや、謝罪は不要なんですけれども」
「ごめん、ほんと」
「いいのよ、すみませんねこちらも。色々隠し切れてなくて」
「なんで隠すの」
「困るでしょ、なまえ」
「何が?」
「まだ好きだって言ったら」
「…言うんだ、それ」
「言っちゃったね」
「なにそれ」
「こんな訳わかんないタイミングで電話くれたから嫌われてはないんだなと思いまして」
「嫌いじゃないよ、そりゃ」
「好きでもない?」

嫌な沈黙だった。知ってるくせに。私が好きでもない人に電話したりしないこと。この優しい男はやっぱり全然、優しくない。適当な会話で繕えるはずのに、私の返事を静かに待つだけで、言葉ひとつ漏らしやしない。

「……あのー」

そこそこ長々と黙って、痺れを切らした鉄朗が間延びした声で私に呼びかける。呼び掛けられたところで、正解が見つけられない私は返事をすることくらいしかできなかった。

「なに、」
「なんか言ってもらっていいですか?できれば私もまだ好きです、だと有り難いんですけど」
「そういうとこだよ」
「ん?」
「鉄朗がモテないの」
「なまえにモテていれば僕はそれで大満足なので」

まだ言わないつもり?暇だからいいけどさ。鉄朗は気怠そうにそう言って、また黙った。さっさと言えない私をまだ好きでいる彼は、もしかするととても優しいのかもしれない。それか、よほど私のことが好きなのか……いや、それは自惚れすぎか。もうまったく、これっぽっちも、大好きな彼のことがわからなかった。

2020/07/06 title by 草臥れた愛で良ければ