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クラスメイトに名を呼ばれた。何事かと声の方向に視線をやる。影山くんがいつもと特に変わらぬ様子でこちらを見ていた。彼なら他学年の教室にずけずけと入ってきそうだが、さすがにそれはできないようだ。目が合う。ペコっと一瞬頭を下げられたのでこちらものろのろ、頭を下げた。彼がなぜここにいるのかわからなかったので、頭上にはクエスチョンマークがぷかぷか浮かんでいる。四分の三ほど食べ進めたお弁当を放置。対面で食事をする友人が「あ、あのかっこいい子じゃん」なんて言いながら影山くんをじいっと見た。春高に出てからだろうか、彼の人気がぐうっと上がったような気がする。プレーだけ見てればね、クールで格好いい天才に見えるものね。

「どうしたの?」
「すみません、飯食ってましたか」
「うん、でも大丈夫だよ。どうしたの?」

じわじわ、汗ばむ時期になっていた。窓を開けたって通り抜けるのは生温い風だけで、これっぽっちも涼しくない。ワイシャツは肌にぺたりと密着、首筋にまとわりつく髪の毛は邪魔くさくて、どんなにスカートを短くしても何の意味もない。

「好きな人いないんですか」
「え?」

昼休み、廊下、周りには同学年の生徒たち。こんな状況で私は、マネージャーを努める男子バレーボール部の後輩と恋バナをするのか?それって凄く変だと思うのだが、彼は至って真面目そうな顔をしているのでその疑問をぶつけることもできない。いや、いつもだいたい、こんな顔なんだけれども。

「みょうじさん、好きな人いますか」
「好きな人?」
「はい」
「…すきなひと、って?」
「みょうじさんは、」
「どうしたの、急に」
「どうした、と言われても」

今度は影山くんが黙って、周りはザワザワしていて、首筋を伝う汗がうざったかった。私が彼の「好きな人がいるか」という質問に答えないと話が進まないらしい。いないよ、と告げても彼は表情を変えなかった。いつもの涼しげな表情で、じいっと私を見ていた。四秒くらい経過したところで、なぜかムッとした様子で彼は言った。「じゃあ、俺のこと好きになってもらえませんか」と。

「今すぐにとは言わないので」
「ねえ、あの…いいの?ここで話してて」
「俺は別に…みょうじさん、嫌っすか」
「嫌と言うか……気まずいというか」
「みょうじさんに好きになってもらえるように、頑張るので」

あ、話は続けるんですね。移動しなくていいんですか。周り、そこそこ人いますけど。他学年の貴方、結構目立ってますけど。私はそんなことを思ってアレコレ心配しているというのに、影山くんは周囲のことなどこれっぽっちも気に留めていないようだ。彼らしいというかなんというか。

「ねぇ」
「はい」
「影山くんは私が好きってこと?」

口に出した後で、なんて恥ずかしいことを問うているのだろうかと気付き、逃げ出したくなった。喉の奥がかあっと熱くなる。そんな私のことなどつゆ知らず、彼は「はい」と。これまた淡々と返事をして、私を困惑させた。さっきからずっと、私は乱されっぱなしで、ちょっと嫌になっていた。穏やかで緩やかな昼休みを返して欲しい。今から席に戻ってお弁当の残りを胃におさめたかったが、正直食事どころではない心境でもあって、結局、やっぱり、いつもの昼休みは戻ってこないのだ。

「…みょうじさん?」
「…なんで?」
「なんで?」
「なんで、好きなの」
「わかんないです」
「…わかんないの?」
「……俺は勝手に、みょうじさんのこと好きになってたので…。変なんですか、これって」

知りませんよ、と心の中で唱える。勝手に好きになった、か。彼との日常を思い出してみる。出会ってから一年と少し。特別な思い出はなかった。もちろん思い出が何一つないわけではないが、それってバレー部のみんなとの思い出なわけであって、彼と私の間にそんな、恋愛に発展するようなアレコレってなくて。それがつまり、勝手に好きになったということなのだろうか。朝、遅刻ギリギリ。走って学校に向かっていたら道角でぶつかってキャッてなって手を差し伸べられて、とか。書店で同じ本に手を伸ばしたら指が触れ合って、とか。なんかそういう、運命的なものなんて何もないけど、彼は勝手に、私を好いている。それがただただ、不思議で、信じられなかった。

「でも、みょうじさんは勝手に俺のこと好きにならないじゃないですか。だから、どうしたらいいか考えんスけど、わかんなくて」

バレーボールにしか興味のなさそうな彼が、こんな、普通の高校生みたいなことで頭を悩ませている様子は、非常にいじらしかった。言葉を紡ぐ様子を見ていると、擽ったくなってくる。

「でも俺、みょうじさんのこと好きで。どうしたらいいかわかんないので、とりあえず」
「…とりあえず告白した、ってこと?」
「……なんで怒るんですか」
「怒ってるわけじゃないけど」

言いたいことを全て言い切ったのか、影山くんはようやく黙った。昼休み、あと何分残っているだろうか。もう少し話す時間はあるだろうか。周りの生徒は私たちがごにょごにょ話す光景にかなり慣れたようで、この数分で感じる視線はかなり少なくなった。それをいいことに、私は彼に幾つか質問を。

「好きだったら付き合って欲しいとか、そういうのはないの?」
「…付き合う、ですか」
「考えてなさそうだね」
「すみません」
「いや、謝ることじゃないんだけど……。でもさ、小学生の頃とか、好きな子いたでしょ?足速い子とか」
「いないですよ」
「いないの?その頃からバレーばっかりなわけ?」
「…まぁ、バレーは習ってましたけど。それとこれは関係あるんですか」
「だって、影山くん、モテたでしょ?いや、現在進行形でモテるんだろうけど」
「モテないですよ、知らないですけど」
「いや、モテてるんだって。谷地ちゃんも言ってたし私の友だちも格好いいって言うし」
「…俺、そういうのわかんないので」
「わかんないけど、私のこと好きなの?」

質問をたくさん浴びせたからだろうか。少々機嫌の悪そうな彼。さっき言っただろうとでも言いたげで、予鈴が鳴って、二人で「あっ」って顔をして。

「…触りたいな、って」
「え?」

俺、この後体育なんで。彼が言う。その後にすぐそんなことを言われるものだから。私は何をどうしたらいいのか、ちっともわからなかった。ていうか、体育、間に合うのか?まだこの子制服なんですけど。

「みょうじさんに触りたいと思うんです」

これって好きってことですよね?と。答えにくい質問。答えにくいというか、もはや答えられない。だから問う。ごめんね、私もそんなに、恋愛経験ないから。恋愛ドラマと少女漫画と、友だちから聞く話くらいしか知識ないから。

「…触ってみる?」

手を重ねる、指を絡める。丁寧に手入れされた綺麗な指。きゅっと力を込める。ぎゅっと、じわじわ、遠慮がちに力が込められる。早く行かないと遅刻するよ。そう言ってやっても彼は動かなかった。自分で仕掛けたくせに彼の熱にドキマギして、これ以上触れ合っていたら可笑しくなりそうで、少し強い口調で言葉を発する。

「ねぇ、本当、間に合わなくなっちゃうってば」

ハッとした彼はもう一度ぎゅうと握り、ゆっくり離して、ペコリと頭を下げて廊下を走り、去っていった。いやいや、何これ。どうするの、これ。

2020/06/09