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「私、黒尾くんが私のことで怒ってると嬉しくなっちゃうの。ごめんね」

彼は全く意味がわからないとでも言いたげで、なにより悲しそうだった。それを見た私は嬉しくなっていた。黒尾くんが私のことで私の目の前で顔を歪めたり不愉快そうな顔をしたり怒りを噛み締めていたりすると嬉々としてしまう。多分こういう感情はあまりいいものではない。あまりいいものではない、どころではないだろう。時々思うのだ。よくもまあ、こんな最低な女と付き合っているよな、と。こんな最低な女は自分のことだし、わかっているなら改善しろよと。そう思われて当然なのだが、嬉しいのだ。結局私は自分がよければそれでいいって、そう思っているようだから、重ね重ね最低だと思う。でも多分、そんな女を好いている黒尾くんもだいたい、同罪だと思うしどうかしてる。

「…なに、それ」
「だって、…どうでもよかったら怒らないでしょ」
「え、いや、なに?なまえさん、怒られたくてわざとやってるわけ?」

冷たい声に胸が弾む私はどうかしていて、ときめいているのを悟られないように悲しそうな表情を作って「そういうわけじゃないけど、」と返事をしてみたが、上手くできている自信はあまりなかった。

「だって、不安なんだもん」
「何が」
「黒尾くんのお友達のこととか、何も知らないし」
「何が知りたいの。女友達なんかいねーって」
「わかんないじゃん、そんなの」
「何?携帯でも見せれば安心すんの?」
「違う、そんなことしてほしいわけじゃなくて」

何となく不安なの。そう告げてみるが、下手な演技がばれやしないかと、そちらの方が不安だった。でも、ばれたら彼はもっと怒るだろうか。悲しむだろうか。そんな風に考えてしまう思考回路はいつからこれほどに狂ったのか、私にもさっぱりわからない。

「先週も言ったじゃん、こーゆーのやめてって」
「だって、会社の上司だし…上手く断れなくて」
「それはわかるよ。ただ黙って行くなって言ってんの」
「でも、急だったし、黒尾くんに連絡してる時間もなくて」
「だってとかでもとか、…そういうの、まじでもういいから」

何で俺以外の男と黙って二人で飯行くの。
黒尾くんは先週もその議題を私にぶつけてきた。素直に「貴方に嫉妬してもらいたいから」と答えればいいのだろうか。いや、それで納得するわけもなくて、私は「ごめんね、もうしないから」と可愛らしく謝罪をして、彼は不満そうにしながらも自分の中でどうにか折り合いをつけて納得をし、その代償としていつもよりねちねちとしたセックスをして、朝が来れば「朝ご飯作って」と可愛いワガママを漏らした。そんな可愛い彼が大好きで、だからまた同じことをしてしまった。好きでも何でもない、心底どうでもいい上司。そんな男に彼は腹を立て、胸を痛め、溜息をつく。堪らなく愛おしくて、どうしようもなく好きだった。

「俺、好きでいたいんだよ、なまえさんのこと」
「……好きでいたいってどういうこと?黒尾くん、私のこと嫌いなの?」
「こんなことばっかされたら嫌いにもなるでしょ。ついこの間じゃん、もうしないって約束したの」

こんな酔っ払って、煙草の匂い染みつかせて、何でわざわざ俺に会いに来るの。
絞り出すように彼は言った。でも、私は思うのだ。嫌なら部屋に入れなきゃいいのに。ふざけんなって追い返せばいいのに、黒尾くんは面倒くさそうにしながら私を部屋に招き、コップ一杯の水を用意し、寒くない?って部屋の温度を一度上げる。そういう人だ。だから私がこうなるのだ。仕方がないことなのだ。

「…ごめんね」
「謝って欲しいわけじゃなくて、」
「どうしたらいい?」
「どうって……」
「どうしたら、許してくれる?」

私たちは運命の赤い糸で繋がっていないし、お似合いでもないし、誕生日占いでの相性も最悪なのだろう。だって黒尾くんの瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうで、彼はそれを落とさないように必死になっている。私は歳下の男の子のそんな表情を見て嬉しくなっている。こんな私たちが長く続くはずもないし永遠を誓えるはずもない。だからさっさと終わらせればいいのに、黒尾くんは私に別れを告げたりしない。本当に変な人だ。私に言われたくないだろうけど。

「…もうしないで」
「うん」
「別に…飯行くなとは言わないよ。仕事の付き合いとか、そういう…俺がよくわかんないやつもあると思うし……ただ、黙って行かないで。ちゃんと言って」
「うん」
「…何でなまえさん笑ってんの」

私、黒尾くんが私のことで悲しんでると嬉しくなっちゃうの。ごめんね。

「…黒尾くん、嫉妬してくれるんだなって」
「するでしょ、そりゃ」
「私のこと、好き?」

鬱陶しい問い掛けに彼はちゃんと鬱陶しそうにして、捨てるように言葉を吐く。

「嫌いになれるもんなら嫌いになりたいよ、なまえさんみたいな悪い女」

きっと彼は嫌味をたっぷり詰め込んだのだろうが、嫌な女なんて言われたって私は何も、思わない。あ、そうですか。その程度だ。だから否定もしないし肯定もしない。ただ、彼が両手を広げるから私は彼の胸に顔を埋め、後はしたいようにしてもらうだけだ。啄むようなキスがだんだん深くなり、酒臭いと彼は迷惑そうに笑って、もう濡れてるって嬉しそうにするからやっぱり可愛くて、自ら手放すことなんて絶対できないなって思う。のろのろ冷めていく私たちの熱。すっかりぬるくなって、でもこのくらいが一番ちょうどいいような気もして。もう少しできっと終わるのだろうけど、その日がくるまでもう少し。もう少しだけ、恋人ごっこをさせてもらおう。すうすうと眠る彼の体温を感じながら、下心しか感じないメッセージに下心をたっぷり混ぜて返信する。煌々と明るいディスプレイに気付いて起きてしまえばいいのに。気持ちよさそうに深く眠る彼を横目に、また一緒にご飯行きましょうって、返信する。

2020/05/04