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送り狼、って。狼って、なんだかこう、イメージ的によろしくないよなぁと。黒尾はやりきれない気持ちになる。付き合いだしたばかりの彼女は歳下で、ロクに男性経験もないようで。こうやって家まで送り届けるために肩を並べて歩いているだけなのに、彼女の心臓はきっとけたたましく騒ぎ立てていることだろう。目が合うことなどなく、こちらの問い掛けはほぼシカト。悪意があるわけではないとわかっているので、まぁいいのだけれど。

「はい、とうちゃーく」

彼女に好きだと伝えた時、言われたのだ。黒尾さんのことは好きかもしれないのだけれど付き合うとかそういうのはよくわからない、と。付き合うって具体的に何をすればいいんですかって、そうも言われた。何を言っているんですか?と返しそうになって、必死に飲み込んで「とりあえず一緒に出かけたりしませんか」とポジティブに話を丸め込んだ。で、今日は初デートを済ませ、帰路。終始成立しておらず、テンポの悪い会話。それでも黒尾は大満足だった。電車を降りて、彼女の家に着いてしまって。あら残念、もうお終いか。二倍速で再生されていたのでは?と疑わずにはいられないほどに、時間はあっという間に過ぎて、狼になるわけにもいかない黒尾は「またね、おやすみ」とヒラヒラ、手を振る。

「上がっていかないんですか」
「え?」
「上がっていかないんですか」
「…上がっ、て……いかないつもりでした」
「そうですか」
「え?」
「おやすみなさい、それじゃ」
「ちょ、え?なに?上がっていいの?俺、もうちょっと一緒にいたいけど」
「どうしたんですか、挙動不審ですよ」
「なまえちゃんのせいでしょ」
「私のせいですか」
「なに、急に」
「上手く話せなかったから、今日」
「そんなの、」

なまえがオートロックを解除する。くるり、振り向く。何してるんですか早く来てくださいよ。黒尾は彼女がそんな風に目で訴えてる気がするのだが、勝手に都合のいいように解釈してしまっているだけかもしれないとも思うわけで。

「何してるんですか、早く来てくださいよ」

***


あ、違った。勘違いでも、都合のいい解釈でもなかった。

「インストコーヒー、飲めます?貰い物、いっぱい余ってて」
「飲みます、」
「…声大きいんですけど。あと、なんで敬語なんですか」

すみません、と呟くように謝る。女の子の部屋だ。狭っ苦しいワンルーム。押し込まれたように配置されるベッドと小さなテーブルと毛足の短いラグ、二十インチくらいのテレビ、その辺のインテリアショップでニッキュッパで売られている棚。全部つまらない、ありふれたデザイン。唯一、ベッドの横に置いてある照明がやたらと洒落ていて、この味気ない部屋でぷかりと浮いて、馴染んでいない。六月にやってきた転入生のようだ。

「緊張しちゃって」
「黒尾さんが?」
「好きな女の子の部屋ですから」
「付き合ってるみたいじゃないですか?」
「え?」
「こうやって、私の部屋に黒尾さんがいるの」

なんか付き合ってるみたいですよね。
なまえちゃんはそう言って俺にマグカップを手渡した。砂糖とミルク使います?いいえ、使いませんけど、それより、そんなことより。

「付き合ってるみたい?」
「違いますか?」
「いや、違くないと思います。あとコーヒーありがとうございます。とてもいい香りですね」
「……黒尾さん、さっきから変ですよ。敬語、むずむずするのでやめてください」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいんですけど」
「嬉しいね」
「え?」
「なまえちゃんが、そんな風に思ってくれると」
「…ごめんなさい、私、まだよくわかんなくて」
「いや、いいよそんなの。それこそ謝んないでよ」

焦ってはいけない。でも、したい。なにを?なにをってそれは…言い出したらキリがないじゃない?そんなこと聞くの、野暮じゃない?

「ね」

静かな部屋だった。遠くで街の音が聞こえるくらいに静かで、二人でしばらく黙った。「したい」が募ってどうしようもなくなって、コーヒーを一口飲んで一音。彼女は声を出さなかったが、俺を見つめた。ちゃんと届いているようでホッとする。

「手、触っていい?」
「て?」
「手」
「触るって?」
「欲を言えば繋ぎたいんですけど」

朝からずっと、そうだったんですけど。
あぁ、そっか。今日会話が噛み合わなかったのはきっと俺のせいだ。俺も物凄く、緊張してから回っていたんだ。こんなに好きなの、初めてだから。隣にいるこの女の子に自分を好きになって欲しくて、格好つけたいのに格好つかなくて、焦って、好き勝手して、彼女のペースまで乱して。

「朝から?」
「いや、もっと正直に言えばもっとずっと前からなんですけど」
「繋いでくれないんだなぁって」

繋がないんだなぁって思ってました、朝から。
その言葉の意味を、都合よく解釈して、小さな手に触れる。指、ほそっ。柔らかっ。爪、丸い。いや、平均知らないから知らないけど。ハンドクリームとか塗っているんだろうか。しっとりすべすべ、みたいなキャッチコピーがよく似合う手。指を絡める。ちらり、彼女を見る。ほんのり頬が染まるのも、俺の都合のいい解釈だろうが、だとしたって、そんな顔するのはずるいでしょう。俯いて、恥ずかしそうで、このまま指を絡めてみたくなって、どうしようもない俺はそれをしてしまうわけで。十本の指がきゅっ。心臓がどきん。なんだコレ、止まらない。

「ごめん、まじ」
「え、くろおさ、っ」
「ほんとごめん、」
「っ…ちょ、やだ、やです、待って、」

あ、俺って力強かったんだ。つーか、女の子ってこんなに弱いんだ。嫌なら突き放せばいいじゃんって、そう思っていたが、どうやらそんなレベルの話じゃなさそうで、ハッとして、力を弱めて謝罪をする。いま俺、キスしようとしたね、半ば無理やり。すみませんと消えてしまいそうな声量で彼女は何度も。

「いや、俺が悪い。ごめん。もうしないから、ごめん」
「ちが、っ…ちがくて、苦そうで」
「え?」
「いま、黒尾さんとしたら……わたし、コーヒー苦手だから、」

じゃあなに?角砂糖でも舐めればいいの?
そう言ってしまった俺はどうしようもなくバカで、その問いに対して真剣に悩む彼女は可愛くて。そっか、さっきお砂糖おひとつ、お願いすればよかったのか。

「つーかさ、唇くっつけるだけじゃ味なんかしないでしょ。舌入れなければ」

そうも付け足す俺をいよいよ彼女が睨む。ベッドの横の転入生で部屋をぼんやり照らす夜はきっとまだまだ先で、だというのに俺は非常に、上機嫌だ。可愛い彼女の手に触れられたから、もうそれで満足だ。

2020/03/08