短編小説 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
「え?一人なんですか?」

仕事納め。十二月最後の金曜日。年の瀬、寒さは比較的緩やかでもうすぐ一月がやってくる雰囲気ではなかった。赤葦の声が思っていたよりも大きかったのでなまえは驚いたし、声を発した本人も同様の気分だったのか「すみません」と、今度は控え目な声量で謝罪をした。

「一人だよ。だって先月、彼氏と別れたし」
「…そうだったんですか。すみません、知らなくて」
「全然。言ってないからね、あんまり」

言うタイミングもなかったし、言ったところでやや気まずい空気漂うだけだから。女はそう言って、デスク周りの不要品を片付けていた。赤葦は言い表せない気持ちを身体中に充満させる。そうか、別れたのか。じゃあ……数秒、計画を練る。みょうじさんは面倒見がいい。何か放っておけないんだよねえ。困ったように笑って、後輩の仕事を手伝ってやったり、お悩み相談会を開いてやったり。姉御、何て表現は死語のような気もするが、そんな雰囲気を漂わせた人だった。入社した頃から、赤葦がなんとなく「いいな」と思っていた人。そして今、「いいな」じゃ留めておけなくなった人。

「実家、帰らないんですか」
「うーん、ねえ、帰ればいいんだろうけど」
「…あんまり、気乗りしないんですか?」
「ほら、まぁ…色々あるじゃん。うち、親戚集まるからさ。この年齢になると、答えたくないこと聞かれたりするんだって」

赤葦くんはまだ若いし男の子だからまだわかんないか、みたいな笑みを向けられ、男はやや戸惑う。僕たち、三つしか変わらないじゃないですか。そうだねえ、まぁそうなんだけどさぁ。不要な書類を纏めながら、ちょっと考えて。

「どっちがいいか、考えたの。一人でしっぽり新年を迎えるか。実家に帰って賑やかな年越しを迎えつつ、その代償として答えたくない質問に笑顔で答えるか」

そしたら、どう考えても一人で過ごした方がいいなって。なまえは吹っ切れたようにニカっと笑う。それはあどけなくて、年上の綺麗な女の閉ざされたところを見せて頂いているようで、赤葦は勝手に嬉しくなって。

「俺も、一人なので」

咄嗟についた嘘だが、まぁいいだろう。友人数人と鍋を突いてだらだらする、という予定は年が明けた頃に移動させればいい。そもそも、自分がいなくたって成り立つ会だ。

「みょうじさんさえよければ、一緒に過ごしませんか」
「え?赤葦くんも予定ないの?」
「ないです」
「いいよ、そんな。私、わりと一人平気だし」
「俺、一人で過ごすの嫌なので」

別に、嫌じゃない。大晦日も元旦も名前が付いているだけでただの一日だから。一人でいようがなんであろうが、どうだっていい。ただ、貴方といたい。だから嘘をつくけれど、許してください。こう言えばほら、貴方はまともに取り合ってくれるから。

「みょうじさんがそろそろ一人になりたいな、と思ったら解散でいいので」
「私は別にいいけど、赤葦くん本当にいいの?ほら、あの…高校の部活の先輩とか」
「家行って、いいですか」
「え?」
「飲み物とか用意して、伺ってもいいですか」
「……いい、けど、」
「休み入ったらまた連絡します。嫌になったら言ってください」
「赤葦くんもね」

なまえは半ば呆れたように、やや意味がわからなそうにしながら要らない書類をシュレッダーで切り刻む為に席を立った。迫りすぎたろうか。男はひとり、反省会を開催してみるが、そんなことよりも「嬉しい」とか「楽しみ」が湧き出てきて、夢じゃないかとさえ思えてきて。


***



「本当に来たね、場所わかった?」
「すみませんね、本当に来て」
「いいよ、何か楽しそうだし」

ごった返す百貨店でカラフルな惣菜、近くのコンビニで酒類と摘めるものを。年越し蕎麦食べますか?お蕎麦だけ準備してあるよ、インスタントだけど。メッセージアプリでのやり取り。あぁ、会えるんだ。約束の時間が待ち遠しくて、赤葦は何度も腕時計で時間を確認する。教えられた住所へとスキップするような足取りで向かう。徒歩五分の距離がやたらと長く感じた。

「ちょっと片付けたんだけど、片付かなかったの。ごめんね」
「いえ、全然」
「座ってて」
「すぐ食べます?」
「んー、もうちょっと後でいいかも」
「これ、冷蔵庫に入れてもいいですか」
「うん。わ、これ美味しそう」
「良かった。みょうじさん、何が好きなのかあまりわからなかったので……なるべく当たり障りのないものを買ってきたつもりなんですが」
「デザートまである」
「甘い物、よく召し上がっているような気がして」
「混んでたでしょ?」
「まぁ、それなりに。大晦日ですからね」
「ありがとね。疲れたでしょ?休んでて」

女の部屋には、あまり物がなかった。じろじろ観察したいが、それが失礼に当たることはわかるから、年末らしい緩いバラエティ番組をぼおっと眺める。とりあえず飲む?キッチンから飛んでくる声。いただきます、と返す。

「寒い?部屋、温度上げようか?飲み物ビールでいいんだっっけ」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「適当に空けちゃった。なんか欲しいものあったら言って」
「はい、ありがとうごさいます」
「遠慮しないでね、楽にしてて」
「はい」

お笑い番組を二人、肩を並べて楽しんで、笑うタイミングが被ると嬉しくなって。腹など減ってもいないのに、テーブルの上にある食物を口に運ぶ。笑いすぎて苦しい、となまえは言う。赤葦は声を出さず、くつくつ肩を震わせて笑う。コマーシャルが入れば女はすっくと立ち上がり、楽しそうに笑いながら冷えた飲み物を冷蔵庫から用意する。「俺がやりますよ」と言うが「お客様は座っててください」と却下。まったりと、ゆったりとした年末らしい年末。そういえば、赤葦はビールなど缶のままで構わないのに、なまえはわざわざ冷やしたグラスを用意していて、スナック菓子やナッツだってパッケージのまま並べていいのに、小さな皿に移してくれる。いいのに、と言えば「付き合ってた人がわりと、そういうのうるさくて」とボソリ。

「癖だよ、癖」
「そうですか」
「赤葦くんは気にしないの?そういうの」
「特に…俺も家事しないので」

ガキだな、と。自分の声とトーンに嫉妬とか怒りが滲んでいることに自分で気付いて、嫌になる。自分から勝手に押しかけて、勝手に機嫌悪くなって、勝手にペースが上がって、もう既に三本、缶ビールを飲み干していた。

「ねえ、みょうじさん」
「ん?」
「みょうじさんて、酔うと記憶飛びますっけ」
「それは赤葦くんでしょ。私はそんなになるまで飲みません、大人なので」
「じゃあ、覚えててくださいね」
「何を?」
「俺、好きです。みょうじさんのこと」
「え?」
「好きなんで、俺」

突拍子のない、愛の告白。赤葦くんはこんなキャラだったろうか。酔っ払って潰れているのは会社の飲み会で数度見かけたが、饒舌になるわけでもこんな冗談を言うこともなかったはずだ。さて、どうしたものか。こちらの空気などテレビの向こう側が察するはずもなく、相変わらず愉快で楽しい音と声が流れていて耳にも届いているはずだが、もちろんそれどころではなく。会社の後輩からの突然の「好き」になまえはひどく、動揺した。相槌を打つ余裕さえない。

「覚えててください」
「おぼえてて?」
「俺がみょうじさんのこと、好きなこと」
「…覚えてるだけでいいの」
「とりあえず、今のところは」

ゆくゆくはちゃんと付き合ってもらいたいので頑張ります、と。赤葦はそう言って、なまえのグラスにビールを注いだ。もっと飲んでくださいよ、と言う男の顔は赤い。アルコールのせいだろうと思いたいが、多分そうじゃない。飲んでも飲んでも顔に出ないから、部長が飲ませすぎて酔い潰れたのだ。あれは春の新入社員歓迎会の時だった。

「みょうじさんが、なんかこう……まぁ付き合ってもいいかなって、俺と。そう思ってくれたなって頃にまたちゃんと言うので……その時に返事もらえますか」

とろん、としたあの目がなまえを捕らえる。ねぇ、なまえさん。女の動揺に気付いているらしく、赤葦はもう少し踏み込んでやる。

「頑張りますね、俺」

酔っ払った後輩に揶揄われている。赤くなった頬は羞恥心からだと思ったが、どうやらシンプルに、缶ビールのせいらしい。「帰って」とムスリ、伝えてみたが「絶対嫌です」とほくそ笑んで動こうとしない。約束と違うじゃない、全く、可愛くない後輩だ。でもまぁ、覚えてないのならいいか。なまえはそう割り切って、好きだなぁと思っていた男の綺麗な指に自分の指を絡める。

「…どうせ、忘れちゃうんでしょ」

赤葦の心臓がばくり、跳ねる。

2019/12/31 title by 草臥れた愛で良ければ
Have a nice year .