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「黒尾さん、オモテになるんですね」

秋から冬へ切り替わる。あまりにも呆気なくて、余韻も何もなく、取り残された人々は日々の天気予報と明日の最高気温と最低気温に気分を左右されたりする。十一月、三回目の日曜日。街ゆくカップルは大抵幸せそうだが、俺の隣にいる一つ歳下の彼女は非常に不服そうだ。ツンとした嫌味、不機嫌な表情。オモテ、の意味が一瞬わからなかったが、数分前のあれこれを思い出せばピンときて。

「なに、ヤキモチ?」

クラスメイトの女子に声を掛けられた。彼女と待ち合わせをしている時間まで、あと十分というところ。どういうわけか、なまえちゃんとの待ち合わせとなると、どうしても早く着いてしまうのだ。で、彼女は五分前にやってきて、少々離れたところからソレを見ていたようで、いい気分ではないようで。でもね、どちらかと言えば(どちらかと言わなくても)なまえちゃんの方がモテるじゃない?俺、知ってんのよ?同じ学年のやつに一昨日、告白されたって。しつこく迫るそいつに根負けして、連絡先だけ交換したことも知ってて、まぁそれなりに、どろどろした感情も持ち合わせてしまうわけで。

「…黒尾さん、クラスの女の子と仲良くしてますよね」

だからそこそこ、嬉しい…というか、安心したりはする。よかった、俺だけじゃない。あぁ、ちゃんと俺のこと好きなんだ。嫉妬してもらえてんだって、擽ったくなってはいる。

「仲良く…というか、円滑な人間関係を築いてますよ、普通に」
「話してるってことですよね?」
「まぁ話すよね、話しかけられれば」

淡々と会話をしていたつもりなのに、いつの間にか彼女からのお返事はなく、その代わりに滲む涙。ハンカチなんか持ち合わせていなくて。

「ちょ…待って、待って待って」
「すみません、ごめんなさい、」
「いや、俺はいいのよ?でもさ、内緒にしてほしいんでしょ、付き合ってるの」

震えた声での謝罪。街中、腰掛ける場所も見当たらず、立ち止まって狼狽る。交際していることを内緒にしてほしいと言われた時は、どういう意味だかわからなくて「なんで?」と問うた記憶がある。彼女からハッキリとした返答は得られなかった。だから、自分なりに答えを出した。俺と付き合っていることなど、知られたくないのだ。恥ずかしいから。内緒にしてほしい理由なんて、それくらいしか見当たらなかった。

「よくわかんないんです、誰にも言いたくないけど、」

メソメソと彼女は話し出す。俯いているから表情を窺うことはできない。声だって喧騒の中では掻き消されてしまうほどの声量で、俺はそれを聞き取るのに必死だ。大好きな可愛い声が途切れ途切れに耳に届く。

「誰にも言いたくない、けど……みんなに言いふらしたい時もあって、自慢したくて、いまとかそうなんですけど、でも、」
「でも?」
「……私なんかが、黒尾さんと付き合ってるの、申し訳なくて」
「はい?」
「だって、」
「申し訳ないんですか?」
「はい、」
「申し訳なくないですよ」
「…申し訳ないんです」
「…なんで?」
「なんでって……なんか、もっと、可愛い人いるじゃないですか。三年生って」
「そんなことないですよ」
「黒尾さん、大人っぽいし」
「背が高いだけじゃない?」
「そう、背も高くてかっこよくて」
「なまえちゃんも可愛いよ」
「…そんなことないです」
「そんなことあります」
「あ、黒尾じゃ〜ん」

タイミング悪いな、と思いつつもヘラヘラした笑顔を作って片手を上げてみる。先ほど声を掛けられたクラスメイト女子二人組に再び遭遇してしまう。高校生の休日の過ごし方なんてだいたい一緒なわけで、こうなるのもおかしくないわけで、これくらいよくある話だが、この状況では結構厄介だ。どうしようかなぁと、引き続き半泣きの彼女のつむじを眺めながら考えてみるが、俺は凡人なので名案は浮かんでこない。

「ドーモ、またお会いしましたね」
「ねー、え?なに?彼女?」

デリカシーを持ち合わせた十八歳など存在していないことはわかっていたが、ここまで持ち合わせが少ないとは思ってもみなかった。さて、どうしたものか。俺の妹にしては可愛すぎるし、バレー部のマネージャーと言ってもいいのだがうちの部に女子マネージャーなど存在しないのであっという間に嘘だとバレる。やっくんの彼女でプレゼント選びに同行してまして〜…みたいな適当な設定で話を進めることはできるが、そんなデマカセはどう足掻いても口にしたくない。そしてそろそろ何か言わないとまずいな、という頃合いで彼女の口が開いて、声を発した。

「……彼女、です」 

俺は一瞬、なにが起きたのかサッパリわからなかった。「えっ?」と素っ頓狂な声を出す。

「えっ……ご、ごめんなさい」
「え、いや、いいの?」

戸惑った俺。自分で言っておいてあたふたとする彼女。何が起きているのかよくわかっていないクラスメイト。

「えっ、黒尾彼女いないって言ってたじゃん」
「え、あ、ハイ。そうですね」
「なに?こんな可愛い子と付き合ってんの?」
「そうなんですよ。可愛いんです、俺の彼女」

脳を動かすことに疲れてしまった俺はよくわからないことをよくわからないテンションでクラスメイトに口走る。明日、月曜の朝のことは一旦考えるのをやめよう。先のことなんて心配したって仕方ないって言うし。

「で、そんな可愛い彼女と久しぶりに二人きりなのでそっとしておいていただけます?」
「やばー、明日みんなに言っていい?」
「みんなって誰よ」
「ごめんねー、邪魔して」
「なるべく内密に頼むよ」
「えー、どうしよっかな〜」

キャハハ、なんて擬音がぴったりな様子で笑った彼女たちは去って、俺たちは何をどうしたらいいのかサッパリわからなくて。

「…ごめんなさい、」
「いや、俺はいいんだけどさ。なまえちゃんはよかったの?」
「わかんないです……わかんないけど、なんか」

きゅっと俺のニットの裾を掴んで、うるうるの瞳がこちらを向いて。そんな顔で見られると、ちょっと色々アレなので勘弁してほしい。

「なんか、すごい嬉しい」

あらそう、それはよかったですね。
そうやって涼しい顔で言ってやりたいのだが、そんなことができるほど大人でもなくて。せっかくのお誕生日なのにごめんなさいとまた彼女は謝るが、そんなことどうだってよかった。やっと俺の彼女だと、周りに自慢できるのだ。十八になったというのに、どうしようもなく子どもな自分に腹が立つから、彼女の小さな手を握って自分をご機嫌にしてやる。きゅっと僅かな力が手のひらに伝わってきて、どうしようもなく愛おしくて。

2019/11/18 Sorry to be late. happy birthday