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「なまえさんて、そもそも」

俺のこと好きなん?深夜になってアルコールを摂取しても、男はいつも通りの飄々とした、何を考えているのかわからないあの空気を纏っていた。一方、私はふわふわといい気分。ついでに言えばアイラインはヨレていたし、小鼻はテカっている。これは先程食事をした居酒屋のトイレで確認した。修復したいのは山々だが、酔っ払った私には無理難題だ。コスメポーチを広げる元気はない。それでもティッシュペーパーを顔に押し当てたので、まぁ良しとしよう。いいんだ、今日一緒にいるのはどんな私でも愛してくれる彼なのだから。間も無く時計の針が重なる。彼の家の最寄りのコンビニ。電車から降りた後、アイスクリームと避妊具を買いに立ち寄った。

「なに、今更」
「今更?」
「今更でしょ」

一応、私たちは交際をしている。二週間くらい前からだろうか。治は結構前……そうだな、確か二年くらい前から私のことが好きだった。何故わかるのかって?彼が言うのだ。「なまえさんが好き」って、胡散臭い瞳で私をじいっと見て、言う。突然の、何の前触れもない告白に反応できずにいると、彼は私の鼓膜がいかれているとでも思ったのか、繰り返すのだ。好きって、そればかり繰り返す。今度は私が思う。こいつ、それ以外の言葉知らないのかもしれないって、思う。

「アイス決まった?」
「治くんは食べないの」
「うーん、つーかなまえさんさっきも食べてましたよね?」
「あれはクレームブリュレ。治、こっち食べて。半分こしよ」

買い物カゴにアイスクリームをふたつ。治は私の行動に対して、特に何も言わなかった。どうでもいいのだろう、この後セックスができれば。この人は私のことがずうっと、好きだったのだ。恋人と愛を育んでいる私のことがずっと、好きだった。

「俺出すよ」
「いいよ、さっきいっぱい払ったでしょ」
「いや、」
「いいって。袋…あ、アイスはテープ貼ってください」

育んでいるつもりだったが、まぁ、育めていなかったからいま私は治と一緒にいるわけで。フラれたのだ。一ヶ月前。簡単な話だった。他に好きな子ができたから別れようと、それだけのこと。たった、それだけのこと。それだけのことに私はたっぷり傷付いて、傷を優しく舐めてくれるこの歳下の男に甘えている訳だ。女になんて困らないだろうに、どういう訳だか無条件で私を愛してくれる、可愛い男。

「はい」
「ごちそうさまです」
「いいえ」

店内から出ても、夏のうだるような暑さはどこにも見当たらなくて、季節が変わったことを思い知らされる。アイスクリームのパッケージを剥がす。あぁ、先月まではこの時間でもむわむわと暑くて、私はあの人の隣にいた。今日よりもずっと調子に乗って飲み過ぎて酔っ払って楽しくて、ヘラヘラ笑う私を彼は呆れたように見つめ、隣で煙草を蒸していたのに。あの時間が、好きだった。ずっとあのままが良かった。時計を破壊すれば時は止まったのだろうか。だとしたら、そのくらい、お安い御用なのに。こうしていると、余計なことを思い出す。チョコレートでコーティングされたそれは甘いはずなのに、ただ冷たいだけだ。そう、ただ、冷たいだけ。

「なまえさん、さっきの」
「…ん?」

治がこちらを見ているのはわかる。治が私に見てもらいたいのもわかる。わかるけど、そうしたくなかった。あの煙草の香りを思い出しているから。隣にいるのがあの人じゃない。その事実から目を逸らしたい。

「俺のこと、」
「そればっか聞くね」
「…そやね、そればっか聞くね」
「何でそんなこと聞くの」
「確認」
「…確認して、どうするの」
「さぁ、どないするんやろ」

言葉なんて、幾らでも操れる。あの人だって私のことが好きだと、別れる数日前までほざいていた。好きだよ、ずっと一緒だから、愛してるよ。ひと昔前のジェイポップの歌詞のようなふざけた言葉の羅列。意味など持たない、音だけの言葉。

「治は私のこと好き?」
「好きやで」
「何で?」
「何で……何でって、」
「どこが好きなの?」

こんな女の、どこが好きなの。こんな、今だって貴方じゃない男を思い出して勝手に泣きたくなってるんだよ。歳下の格好いい男の子を弄んで、寂しいを善意で埋め合わせる女の、どこが。そう言ってしまおうかとも思ったが、声が震えているような気がしたので、私はもう声を出すのをやめた。親指に溶けたアイスクリームがつたう。治がそれを、舌で舐めとる。

「っ、」
「全部好きやで」

ぬるい肌に冷たい舌が這う。ねぇ、もうぜんぶ食べ終わったの?私それ、半分食べたかったんだけど。

「指も、声も、今みたいな顔も」
「ちょ…っ、と…やだ、」
「はよ食べや」
「…そっち、私も食べたかったんだけど」
「え?」

あぁ、みたいな顔をした彼。そんなこと言われましても、と面倒臭そうに呟く。

「しゃあないなぁ」

言葉が終わるか終わらないかのところで、私の後頭部を掴み、引き寄せた。一瞬のうちに唇が触れて、あれよあれよと舌が捻じ込まれ、私の口内をねちねちと一周。未練がましく離れる。アイスクリームが私の右手で溶け続ける。治が「そんな美味くないやろ」って、楽しそうに笑う。

2019/10/03