短編小説 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
「赤葦くんてさ」

私のこと好きだよね。
女はそんなことは当たり前だろう、というニュアンスを含ませて言った。急な話だった。さっきまでの談笑は何だったのか。男の心臓は予想もしていなかったなまえの言葉のせいで必要以上に元気よく跳ねる。仕事終わり、職場近くの居酒屋。安さと早さが売りのチェーン店。アルバイトの女の子は夏休み中だからだろうか、髪を派手な色に染めていた。白に近いような金髪。にこにこと愛想良く生ビールを運んでくる。受け取ったなまえも笑顔でお礼を言った。三杯目だと言うのにまるで一杯目かのように旨そうに喉に流す。赤葦はその様子をただただ眺めていた。言葉の意味を反芻しながら。
八月の半ばの長期休暇明けの仕事は、毎年のことだがハードだ。一週間くらい仕事を休んだ後は必ず「毎回こんなに忙しいっけ?」と毎回疑問に思うから、つまり毎回ちゃんと忙しないのだろう。こうやってたまに…月に一度くらいのペースで、なまえと赤葦は二人で食事をした。食事と言っても、大抵この居酒屋で、もっとひどい時はここから徒歩三分の立ち食い蕎麦で済ますこともあった。お洒落なフレンチ?予約必須の話題のイタリアン?そんなものは不要。この程度が、職場の上司と部下な二人にはちょうどいいのだ。

「何で何にも言わないの?」

てろんと笑い、そう問われたら何か答えなくてはならないような気がするが「はい、そうですね」と返事をするのは、例え彼女の言うことが事実だとしても気が引けた。何で何にも言わないのか?そうじゃない、言いたくても言えないのだ、状況的に。赤葦は冷めた焼き鳥を口に運んで誤魔化す。女の視線がずうっと自分に刺さっているのが、あまり愉快ではなかった。見透かされているような気がするから。咀嚼しつつ、戦闘準備。言い負かされるのはどうも癪だ。言葉をいくつか用意する。

「どうしてそう思うんですか」
「見てればわかるよ」
「例えば?」
「なんかそうやって、すごい動揺してるくせに頑張って冷静を装ってるところとか」
「それだけですか?」
「新入社員の中で圧倒的に可愛い井阪さんに告白されたのに他に好きな人がいるからって断った件とか」
「それ、誰から聞いたんですか」
「内緒。私の前だと赤葦くん、よく笑うし。井阪さん本当可愛いよね、あの子に似てない?この間のドラマに出てた子」
「それはみょうじさんが人間的に面白いからで、好意とは」
「関係ない?本当に?」

三杯目のジョッキも間も無く底が見えるだろう。生ビールを二つ追加する。アルコールでどうにか勢いをつけたいが、悪戯が大好きな五歳の少年のように笑う女に勝てる気は正直、しない。でも、戦わないのもどうかと思う。変なところで闘争心に火がつくのだなと、自分で自分が可笑しかった。自分もまだまだ子どもだ。

「面白い人は好きですけどね」
「じゃあ私のことも好きでしょう?」
「みょうじさんは、俺のこと好きじゃないんですか?」
「え?」
「みょうじさんも、俺のこと好きですよね?」

地味だが、よく整った顔がこちらをじいと楽しげに見つめるから「嫌だなぁ」となまえは思う。生意気な後輩だ。仕事中はカチリと結ばれたネクタイが、今はほんの少しだけ緩んでいて、ワイシャツの袖は捲くられている。オフィスでは見ることのできない、やや気が抜けたバージョンの赤葦くん。私だけの特権だ、となまえは自慢げに胸を張る。社歴は二年後輩だが、いい意味でそんな様子などなく、仕事は良くできたし周りもよく見えている。ただ、冷たそうに見えるから友達とかいないんだろうなあと思っていたが、勇気を出して食事に誘えば意外と愉快なタイプで、お友達もちゃんといて、そんな彼をもっと知りたいと思ってしまったのだ。いま思えば、きっとあの頃から恋人になれたらいいのに、なんて。腑抜けたことをほんのり思っていたのだろう。

「え?違うんですか?」

黙り込むなまえを見て可愛い人だ、と。赤葦は楽しくなってくる。先ほどまでの意地悪なお姉さんはもう何処にもいない。むすっとした表情で、何か言い返したくて堪らないのだろうがうまく言葉を選び出せない少女のようななまえが目の前に。赤葦の反逆心はむくむくと膨らんでいく。いくつかの言葉を投げるが、答えを求めているのではない。目の前の女がどんな反応をするのか、知りたいだけだ。まったく、根性の悪い男だ。

「だいたい、俺に早く彼女作りなよって言う割には合コン行ったって言うと機嫌悪くなるし」
「別に、機嫌悪くなってなんか、」
「職場ではほとんど話してくれないのにこうやって定期的に食事に誘ってくれるでしょう?普段髪型いじったりしないくせに、俺と飯行く時は何か可愛くしてくるし」
「…今、可愛いって言った?」

いちいち言葉を返してくるなまえに、赤葦は若干面食らう。しかも赤葦とは違い、反撃してやろうなんていう戦意を持ち合わせているわけでもない。多分、なんか無意識なのだ。無意識。そこがなんというか、敵わないなあと思うわけで。

「言いましたよ。それでそうやって嬉しそうにしてるし。谷中さんが褒めた時は無反応だったのに」
「谷中さん苦手なんだもん、一言多いじゃん」
「それは同意しますけど」
「赤葦くんてさ」
「はい?」
「本当に私のこと好きなんだね」
「…俺の話、聞いてました?」
「聞いてましたよ」
「じゃあ、」
「正解。私は赤葦くんのこと好きだけど、赤葦くんは私のこと好きじゃないの?」

彼女の四杯目のジョッキも残り三センチほどになっていたが、おかわりを頼んでやれるほどの余裕を赤葦は持ち合わせていない。カラッとした女の発言に頭を抱えたくもなるが、中途半端に残った料理が盛られた皿でごった返しているテーブル上にそんなスペースはない。

「……好きじゃないと思いますか」
「思いません」
「じゃあ何でわざわざ言うんですか、皆まで」
「えぇ、だって付き合いたいじゃん。好きなんだから」
「…俺と付き合いたいんですか」
「え?赤葦くんは私と付き合いたくないの?」

ふふふ、と。さぞ楽しそうに笑うなまえ。付き合いたいです、とボソボソ言う赤葦。やっぱりこの人には敵わないな、と確信する。女は大きな声で若い店員を呼んだ。赤葦くんも早くソレ空けて、とアルコールを強要される。アルハラだ、と訴えても良さそうだが大人しく飲み干し、新しいジョッキを右手に。

「乾杯しよう」
「…何にですか」
「交際記念日?」
「交際記念日」
「リピートしなくていいから」
「いいんですか、俺で。歳下の頼りない男ですよ」
「構いませんよ、こちらも歳上のわがままな女なので」

よろしくね、京治くん。
ガシャン、とジョッキがぶつかる。五杯目の生ビールを一杯目かのように旨そうに飲む彼女が、やっぱり好きだ。

2019/08/19 title by 草臥れた愛で良ければ