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「元気?」

一ヶ月ぶりに会った後輩は、声を掛けた私に視線を向けると「あぁ貴方ですか」みたいな、ややうんざりした表情を見せた。可愛くないけれど可愛い、後輩の赤葦くん。私は彼と話すのが好きだった。なんかこう、周りの子とは違う反応をするのが面白くて、どうでもいいことやとり取り止めのないことを彼に時々伝えた。その度に赤葦くんは今みたいな顔でじっと私を見て「そうなんですね」って、遊び心のない返事を寄越す。もうちょっと楽しそうにしたり愛想笑いをしたりして、私の機嫌を取ってもいいような気がしないでもないのだが、一周回ってそこが気に入っていた。

「まぁ、それなりに」

今日も彼はいつも通りだ。たった三十日前のことなのに懐かしく感じる。入社して三年、ようやく希望していた本社に異動が決まってとっても嬉しかった。四月から新天地で慣れないながらに楽しく働いている。そして今日はそれまで働いていた店舗のちょっと遅れた新入社員歓迎会。「なまえさんも是非」なんて言われたので(社交辞令な気がしないでもないが)顔を出している。向こうからするとやや迷惑なのかもしれないが、とても居心地がいいメンバーなので、お言葉に甘えて参加させていただいているわけだ。

「楽しそうですね」

赤葦くんは、仕事がよくできる後輩だった。大人しくて物静かだけれど、よくわからないタイミングで面白いことをホロッと言ったりして、なにを考えているのかさっぱりわからない、ひんやりした顔立ちの男の子。そんな感じだ。楽しそうだと言われたが、今この状況のことを表しているのか、それとも四月から異動になって新しい環境で過ごしていることを指しているのかわからない。ただ、いずれにせよ私の答えはイエスなので、そうだね、と答えて。

「うん、まぁ、それなりに楽しいよ。赤葦くんは?楽しくないの?」

グラスに注がれた液体が残り少なくなっていたので同じのでいい?と一応確認して、返事はほとんど聞かずに勝手に注文をする。彼は毎回、一軒目ではビールしか飲まないのだ。共に過ごした二年間で知ったことだった。

「ありがとうございます、みょうじさんは?」
「まだ大丈夫、これあるから」
「嫌味みたいなことを言いますけど」
「ん?」
「みょうじさんは俺がいなくても楽しそうですね」

彼の発言が先ほどの私の問いの答えだと、そう理解するのに少々時間が掛かった。俺がいなくても楽しそうですね。オレガイナクテモタノシソウデスネ。脳内を大量のクエスチョンマークが占領する。文章としての意味はわかるのだが、自分に向けられた言葉としては適切でない気がして、頭がこんがらがっていた。解こうとしてもややこしく絡まっていて、スルスルと気持ち良く解けてくれやしない。

「俺はみょうじさんがいないのでつまらないです、…なんて言ったら、いい加減気付いてもらえますか」

言っておくが、職場の飲み会だ。今だって、学生のアルバイトだろうか。若い女の店員さんが「お待たせしましたー!生ビールです!!」なんて声を張り上げ、おかわりのビールを持ってきた。雰囲気のいい静かなバーじゃないのだ、残念ながら。広めの座敷の席。乾杯から一時間くらい経ったので雑多な様子だ。新入社員は面倒な上司の話をキラキラした目とどんよりした心で聞いているし、ちょっと前から噂があるあの二人は少し離れた席に座っているものの何度も視線が交差している。すっかり酔っ払ってやかましく騒ぐ者もいて、そんな中で赤葦くんは私の耳元に唇を近付けて言うのだ。彼の言葉は少しややこしい気がした。え?それってどういう意味?って聞きたくなるけど聞くのは野暮なような気がする言葉を、きっと彼は敢えて、言っているのだ。おそらく、彼はそういうタイプだ。根拠は?と問われても知ったこっちゃないけど、そんな感じがするのだ。

「すみません、つまらないは言い過ぎました」

また唇が近付く。薄っぺらい、綺麗な唇。授業中にひそひそ話をしているみたいで、いけないことをしているようで、年甲斐もなく、ちょっとだけドキドキする。

「みょうじさんがいないので、楽しくないです」
「…ねぇ、」
「はい」
「赤葦くんってザルだよね?」
「そうですね、わりと」
「酔っ払ってる?」
「まだ四杯目です」
「もういっこ、聞いていい?」
「どうぞ」
「私がいるときは楽しかったの?」
「はい、とても」
「…顔に出ないってよく言われない?」
「よく言われます、昔から」

四杯目のビールが、もう半分まで減っている。ごちゃごちゃ頭の中で考えるが、ちょっとでも調子に乗って解釈すると期待してしまう自分がいて。歳下の恋人ってあり得ないと思っていたけど赤葦くんなら割といいかもしれないなんて、私は一体なにを考えているんだろうか。でもまだもちろん、確信はない。赤葦くんが私を好きな証拠はまだ全然、不十分だから。

「…じゃあ、今度二人でご飯でも行く?」

オフィスにいる時よりはとろっとした瞳が私を捉え、ジョッキは空に。おかわりを用意してやりたいところだが彼の動きそうな唇に釘付けなので、そうしてやることはできず。二秒ほどだろうか、彼がじんわり笑って、いいんですかって独り言のように呟いた。赤葦くんが嫌じゃなければ、と返したような気がするが、ぽやぽやしていたのでちょっと、あまり覚えていない。

「はい、是非」
「嬉しい?」
「はい、とても」
「…本当、顔に出ないね」
「今年一番嬉しいです、いま」

嬉しいから今日はたくさん飲もうって、彼は楽しそうな台詞を口にしたが、これっぽっちもご機嫌なようには見えなくて、やっぱり全然、赤葦くんのことはわからない。二人で何度か食事に行けばわかるだろうか。わかりたいなぁ、と思っている時点で、私はこの掴みどころのない歳下の男の子に惹かれているのだと思うから、今日は私もたくさんお酒を飲まざるを得ないと思った。店員を呼ぶ、生ビールをふたつ、頼む。

2019/05/11 title by 星食