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私はいつから、年下のこの男を恋愛対象として見ていたのだろうか。好きだ好きだと繰り返され、ついに根負けしたのだろうか。
三年前の今頃、私たちは恋人になった。こんな静寂に包まれた、これから通夜でも始まってしまいそうな重い空気の部屋でなく、賑やかな居酒屋にいた。十に満たないくらいの人数でワイワイガヤガヤと楽しみ、酔っ払った私は彼の好意を鵜呑みにして家まで送ってもらったのだ。私に何度も好きだと、あまり感情のこもっていない声で伝えてきた男だ。私も一応大人なので、そのまま社交辞令で部屋に上がっていきなよと提案し、欲が向くままにキスをした。飛雄が私のことを好きだとかなんだとか、そんなことはどうでもよかった。私がしたかったから、したのだ。男は唇が触れ合った後、何故だか泣きそうな顔をして、震える声で発した。

「付き合わないんですか、俺たち」

その後にいつもの言葉を呪いでも唱えるかのように。好きです、好きなんです、と。ただそれはいつものそれとは違っていて、私の心臓をとくとくと弾ませる。温度のある飛雄の声は、可愛かった。はじめからそうやって言えばいいのに。気取った可愛げのない、つまらない男だと思っていたが、私が数度キスをすると擦り寄ってくる彼は愛おしかった。つるつるの肌も、少し乾いた唇も、濡れ羽色の睫毛も。全部自分のものにしてしまいたくて、アルコールのせいになんかしなくていいから、その日は彼を部屋から出してやらなかった。後から聞けば彼も一切、出て行く気は無かったそうだが。
だいたい、そんなことがあってから三年経ったが、その三年というのは長いのだろうか。それとも短いのだろうか。頭を悩ませたところで答えは出ないのだが、結論から言うと私たちはお別れの手前で足踏みをしている。だというのに、きちんと時間は進んでいくから、街は慌しさと賑やかさをたっぷり抱え込んでいた。そのガヤガヤとした雰囲気に紛れて私と飛雄はじわじわと萎んでいく。あとだいたい一週間、年が明けたら遠くへ行ってしまうようだ。飛行機でだいたい半日、地球半周ほどの距離がある土地へ。そう告げられたのは随分前のことではあるというのに、いまだにそれを咀嚼しきれずにいる。だって、いるのだから。今もこうして隣にいて手を伸ばせば簡単に触れられる。この男がそんな遠い場所へ行ってしまうなんて、どうやったって信じられるはずがなかった。

「だめですか」

年末、つまりその日が近付いてくるにつれ、私は飛雄と何を話したらいいのかわからなくなっていた。今も急に話しかけられ何と言えばいいのか…いや、今は単純に主語の存在しない発言だからどう返事をしたらいいのかわからないのは当たり前で、私のせいではない。

「え?」

出発までまだ二週間近くあるのに、物件の契約の都合とか何とかで、飛雄が住んでいた部屋は少し早く片付けなければならなかったようだ。部屋を空っぽにした彼は、しばらくその辺のビジネスホテルで寝泊まりするつもりだったらしい。なんだそれ、と思った私の「お金勿体無いしうちにくれば?」という当たり前の提案に彼は少し驚いたような顔をして、いいんですかと申し訳なさそうに言う。いいに決まってる。いいに決まってるし、だいたい、そういうのって普通、貴方からお願いしてくるものなんじゃないの。また、私と付き合う前の無機質な飛雄がいた。なまえさん、二週間泊めてくれませんか。食事は自分でどうにかするし、ゴミ出しと風呂洗いくらいするので。そうでも言って申し訳なさそうに頼んでくればいいのに、この、可愛げのない男ときたら。

「離れたら、だめですか。俺、好きなんです」

そうやって二週間を消費していた。あと、ほんの数日。だと言うのに、とにかく、私たちはいつも通りなのだ。可笑しいくらいに、不自然なくらいに、こんな状況だというのに。終わりが近付いているとわかりつつ、黒の油性ペンではっきりくっきりと、ピリオドを打つことができない。そして飛雄の言葉は私が考えている展開と真逆だった。好きだから終わらせたくないと、そう強請られる。いつもよりも潤んだ声だ。

「ずっと好きです、離れても、何があっても」

私も好きよ、大好き、そばにいてよ、離れないでよ。そう言うのはとても簡単だ。声帯を震わせて声を出してやればいい。安易なことだ。

「なに、それ」

でも、そうしてやらない。いまこの瞬間はぱあっと、幸せが咲くのかもしれないが、そんなものは一瞬である。今の生活を投げ出して彼と共に見知らぬ土地で生活する覚悟はない。何年後に戻ってくるのかさえもわからないのに…いやそもそも、戻ってくるのか?それを知らぬまま黙って年下の男を待つような、できた女じゃない。

「…好きなんです、俺」

昔から、変わらない。狂ったように好きだと、何度も何度もそればかり繰り返して私を困らせて。そして三年経った今、私も彼を大好きになっていた。好きだというそれを天秤にかけたら私の方がぐんと下がりそうである。

「離れたら、好きじゃなくなるかもよ」
「そんな、」
「わかんないじゃん、どうやって証明するの、それ」
「…結婚、」

意地の悪いことを幾つか言えば、彼は諦めてくれると思ったのに。私の考えが甘かったのか、まさか飛雄の口から「結婚」というワードが飛び出してくるとは。ひどく驚いた私は、もちろん何も言えなかった。というより、なんのことなのか一瞬わからず数秒黙り込んでいる間に続けて言う。

「結婚しませんか」

それはよく澄んだ、芯のある声で、私の鼓膜と身体中をピリピリ震わせた。

「そうしたら、証明になりますか」
「…証明、」
「なまえさんのことをずっと好きでいる証明に、」
「なりませんよ」
「…なりませんか」
「なりませんけど、ありがとう」
「え?」
「ごめんね。私、飛雄のこと好き、大好き」
「じゃあ、」

結婚しないんですか、俺たち。
それから飛雄はそれ以外の言語を全て忘れてしまったかのように、そればかりを繰り返した。好きだ好きだに根負けした私のことだ。きっと彼が発つ前に、負けてしまうのだ。

2018/12/30