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「岩泉、みょうじに告られたってまじ?」

男子バレーボール部の部室、岩泉宛に飛んできた質問。松川が届けてくれた問いの答えは「はい」だが、答えてやる義理はない。

「岩ちゃん、無視?」
「結構可愛くない?みょうじ」
「何組の子?」
「俺、クラス一緒」
「まっつんと同じなんだ」
「頭いいよね、見た目そんな感じしないのに」
「頭いいのに岩泉と補習受けてたの?なに?どういうこと?岩泉狙いで?ガチすぎない?怖くない?」
「テスト範囲、勘違いしてたんだと」
「なに、聞いてたの」
「聞こえんだよ」
「告られたの?」
「あ、そこは聞こえてても無視なんですね」

この学校に通う皆に平等に与えられた夏休みはあっという間に終わった。高校生活最後の夏。そう言うと特別に感じるが、なんでもない、よくある蜃気楼のような夏休みだった。あの日を除いては。
この三年間ですっかり慣れた補習。思いがけないタイミングでやってきたなまえからの「好き」という報告。男の返事なんか待たずー…いや、そもそも返事なんて求めていなかったのかもしれない。岩泉はジャージから制服に着替え、帰宅準備をしながらまたあの日を思い出している。いいや、何もこうやって話題に出されたから思い出しているわけじゃない。ふとした瞬間に蘇るのだ。古典の授業中も、電車に揺られている間も、あと、眠る前にも。俯いていたなまえの顔なんてほとんど見えやしなかったが、今にも泣き出しそうなことはなんとなく、伝わってきた。それでも去り際、無理やり笑って、ごめんとありがとうを届け、走り去っていく。小さな震える背中を追いかけることは容易いが、なまえがそれを求めていないことくらいわかるので、あえてそうしてやらない。この男なりの優しさだった。

「で、なんで振ったの?」
「そうそう、なんで?」

エナメルバックのファスナーを閉めたところだ。男どもは懲りずに詮索を続ける。先ほどまではすぐに答えを出すことが出来たのだが…今回のそれは意味がわからず、一瞬…いや、しばらく固まってしまう。なんで振ったか?いや、そもそも、答えは出していない。岩ちゃん?と可愛らしく及川に名を呼ばれ、ハッとして声を出す。

「…振った?」
「タイプじゃないとか」
「他に好きな子がいる、とか」
「えっ、何それ、誰?」
「振ったって何だ」
「はい?」
「振ったんじゃないの?」
「振ってない」
「オッケーしたってこと?」
「なに、付き合ってんの?」
「つまり、告られたのは本当ってこと?」
「…いや、つーかお前ら何なんだよ」
「気になるじゃん」
「…振ったことになってんのか」
「え、うん。違うの?」

高等学校に蔓延る噂なんてものは根も葉もないものが多かったりする。嘘か真か。それはだいたいフィフティ・フィフティで、さらに言えばそのどちらであってもどうでもいいことが大半なのだが。

「話せる?」

しかしこれは、岩泉にとってどちらであってもいいことではなかったようだ。翌日放課後、なまえが教室の清掃をしている時だ。視線を感じ、そちらに目をやればすぐに逸らしたくなった。岩泉がいたからだ。あの日以来、ずっと視界から排除していた男。じわっと、泣きそうになった。どの感情が漏れているのかは全く、わからない。嬉しい?悲しい?怖い?切ない?それぞれが少しずつたっぷり溢れてきて、声の出し方さえもわからなくなるほどで。

「ごめん、急に」

謝らないで、と言いたかった。言えないけれど、言いたかった。急なのは私の方だから。なまえは視線をあげられないままあれこれ考えたが結局何も言えず、数度頷くだけだが、岩泉はそれでじゅうぶんだった。

「悪い、廊下で待ってるから終わったら声掛けて」
「…部活、」
「今日休み」

じゃあ後で、と。岩泉は短くそう言い、教室から一旦退出。そんな二人のやりとりは多少注目を集めていたが、なまえにとってそんなことは大きな問題ではなく。これからあの男と、今更二人きりで何を話すのだろうか。そればかりが気がかりで、心臓はずっと煩いままで。
自分が彼に振られた。
そういう噂…があることはなまえももちろん知っていた。申し訳ないと思っていた。岩泉に迷惑を掛けてしまっている。謝罪がしたい。その気持ちも持ち合わせていた。ただ、もう彼に関わってはいけないと、それもわかっていた。だって、あんなに勝手なことをしたのだ。勝手にぶつけて、こちらからは以上ですそれでは私はこれで失礼しますって…いま思い出しても何であんなことをしてしまったのだろうと思う反面、どこか安心している自分もいて。もう期待しなくていいのだ。入学早々からずっと、もしかしたらって、思っていたのだ。こうやってしまったおかげでドキドキする必要もない。穏やかでなだらかな高校生活をあと数ヶ月ぼんやりと続ければ、それで。

「俺、何も言ってないよな?」

開口一番、いつも通りの口調で男が声を飛ばしてくるものだから、なまえはどう反応するのが正解なのか、全くわからなかった。岩泉がなぜ自分と話がしたいのかも、当然、見当が付かない。放課後のざわざわと喧しい廊下。岩泉は集まる視線など相手にせず、目の前のなまえに問いかける。

「あの日、」
「ごめんね」
「…え?」
「勝手なこと言って、ごめん」
「いや、それは別に、」
「迷惑だったって、わかってるんだけど」
「だから、そんなこと言ってねえだろ」

岩泉は、事実確認がしたいのだ。好きだと言われたあの日、自分は何も言っていない。それで間違い無いですかと。その確認がしたい。だって、多分、嬉しかったから。今までも何度か、そんな類の言葉を伝えてもらったことはあった。三秒、間を置いてごめんと言うことができた。でも、あの日のあれは、何度思い出したって、「ごめん」に辿り着かないのだ。

「俺、返事してないよな」
「…うん、でも」
「でも?」
「言わなくてもわかってるから、」

わかってねえだろ、と岩泉はやきもきするが、なまえはもう随分前にキャパオーバー。ウォータープルーフのマスカラが大粒の涙と格闘中である。岩泉はこれに弱かった。異性に泣かれてしまうと、あたふたと狼狽えてしまうのだ。さすがに場所を変えなければならない雰囲気。それを察してなまえの腕を取り、特別棟と校舎を繋ぐひっそりとした通路まで。はぁ、とため息をついた岩泉に、なまえはまた、謝罪を繰り返す。

「ごめん、」
「いや、いいんだけど」
「ごめんね、本当、ごめん」
「…いいから、泣くなよ」
「ごめん、」

岩泉は、知らない。女の涙のぬぐいかたなんて、学校では教えてくれないのだから。だから、暫くじいっと待った。ぐすぐすと鼻を啜るなまえの背中でも摩ってやればいいのに、と思わずにはいられないが、岩泉にそんなことを求めてはいけない。先ほどから繰り返している言葉をまた彼女が口にしたところで、岩泉も話し出す。

「嬉しかった」
「…え?」
「いや、嬉しい…というか」
「何で、」
「何で?…何でって、よくわかんねえけど」
「…よくわかんないの?」
「いや、なんつーか…つまり、違うだろ」
「違う…って、何が?」
「返事、してないだろ」
「だから、してないとかじゃ」
「してないよな?」
「…まぁ、うん、そうだね」

必死な岩泉がなまえには新鮮で、無性に笑えてきた。くすくすと笑うなまえに、岩泉はようやくホッとして、今日一番言いたかったことを口にする。連絡先教えてくんねえ?って、ちょっと恥ずかしそうに、言う。

「連絡先?」
「うん、ダメ?」
「…ダメじゃないけど」
「何でって聞くなよ」
「えぇ、何で?」
「聞くなって言ったろ」
「いいの?」
「何が」
「だって、私、」
「俺が聞いてるんだから、いいだろ」

おずおずとスマートフォンを取り出し、互いのそれに互いのそれをプレゼント。なまえは夢なのではないかと、疑わずにはいられなかった。冗談でもなんでもなく、一生手に入らないと思っていたのだ。それが今、自分の手のひらの中の電子小型機器の中に、ある。

「ありがとう」
「…ううん、」
「連絡する」
「うん、」
「うん」
「…ねぇ、岩泉」
「ん?」
「今日、部活ないんだよね」
「送ってく」
「え?」
「駅行く?」
「行く、」
「送ってく」
「…いいの?」
「だから…、俺が言い出したんだからいいに決まってんだろ」

2018/12/13 title by 草臥れた愛で良ければ