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「…やっぱやめない?」
「なんでですか」
「ものすごく目立つから」

彼の突然の申し出を受け入れた自分を、たっぷりと叱咤したい。本日月曜日、この土日は練習試合で、じゃあ翌日は空いてる教室を借りてミーティングだけにすると、もとよりそう決まっていたが、こうなることは決まっていなかった。反省と改善、明日からの練習スケジュールなんかを視聴覚室で小一時間話し合う。「じゃあ今日はこれで解散」と。コーチがそう言った直後だ。飛雄くんが私のところへ寄ってきて、帰りましょうって、提案してくる。

「え?」
「一緒に」
「…自主練しないの」
「練習すんなと言われたので」
「練習するな、とは言ってないだろう」
「そもそも今日は体育館抑えてないからな」
「…そうなんですか、」
「帰りましょう、一緒に」
「…帰るの、一緒に、」
「はい、だめですか」
「だめじゃないんだけど、もうちょっと周りに人がいない時に誘って欲しかったかな」

ほら見てごらんよ。同級生たちはこみ上げる笑いを抑え込むので必死、先輩方は私と飛雄くんを微笑ましく見送る。潔子さんはお優しい方なのでお疲れ様、気をつけてねなんて、呑気な言葉まで添えてくれた。飛雄くんと同い年の彼らはまさに開いた口が塞がらないという感じで。このリアクションから察するに、飛雄くんはやっぱり同級生に友だちがいないんじゃないだろうか。私がこの数カ月で知った彼は意外と普通の高校一年生なんだが…私を誘ったことが信じられないのだろう。一応付き合ってますからね、私たち。

「…次から、そうします」
「はい、そうしてください」
「お疲れ様です」
「すみません、お先に失礼します」

私たちは多分、交際している。この、ひとつ歳下の男の子に三ヶ月くらい前に提案されたのだ。俺、みょうじさんのこと好きだと思うんですけどどうしたらいいんですかね、という具合だ。ちょっといいですか、なんて声を掛けられて人気のない場所にふたりきり。そんな状況だったのでまさかとは思っていたが、まさか本当に告白されるとは思っていなかったし、まさかその台詞が質問系だとも思わなかった。どうしたらいいんですかねと言われましてもね、じゃあ逆に私はどうしたらいいんですかね?と、そんな風に言ってしまいたかった。それくらい困ったし、付け足すとすればちょっと、嬉しかった。私から見た彼はただ部活の後輩…と言ってしまうと、嘘になりそうだったから。顔立ちは綺麗だし、バレーボールは上手で、理解しかねるところもあるが基本的に礼儀作法はしっかりしている。こんなへっぽこマネージャーな私に対しても廊下ですれ違えば挨拶をしてくれる子だ。悪い子じゃない。好きか、と言われると唸ってしまうが、嫌いじゃなかったし、もうちょっと知ってみたいとも思っていたから。

「荷物、教室ですか」
「うん」
「俺も教室寄るんで、後で合流しましょう」
「うん」
「四組ですよね」
「よく覚えてますね」
「なんで怒ってんスか」
「怒ってないです」
「俺、そっち迎え行きますね」
「来なくていいよ、玄関…いや、正門ちょっと過ぎたところで、」
「じゃ、後で」
「…ちょっと」

呼びかけたって無駄。私はたっぷりと言い残したことがあるが、彼はそんなことは一切気にせず、階段をテンポよく上がっていくので、いつものように呆れていた。もう何度目だろうか。この、多分恋人同士であろう私たちの、意思疎通の取れなさに落胆したのは。
私と飛雄くんが付き合っていることは、内密なことではない。普通に、校舎の中に広まっていることだ。
告白紛いなことをされた時、返答に困った私は友達から始めようと、我ながらよくわからない発言をした。そうしたらやっぱり飛雄くんは理解できなかったようで「俺とみょうじさんは部活の先輩後輩なんで友達にはなれないですよね」「そもそも、友達は付き合えないですよね」「友達はよくて付き合うのはダメなんですか」みたいな、纏まりのない支離滅裂なそれらをたっぷり告げてきた。おいお前ちょっと落ち着けよ何言ってるかわかんねえよって言いたくなる衝動がなみなみと溜まったところで、とどめはこうだ。「俺のこと、嫌いですか」
あの顔で、あの声で、そう言われたのだ。高校二年の私にも母性が備わっているらしい。強気でツンとしたあの飛雄くんが、その瞬間だけひとつ歳下の、可愛い部活の後輩…いや、可愛い男の子になったのだ。眉を下げて、俯いて、萎んでいく声で。そんな奥の手を使われたら、言うしかない。嫌いじゃないよと、言うしかない。

「なまえ、影山くんがお迎えに来てるよ」
「なんで」
「何でかは知らないけど」
「玄関って言ったのに」
「そんな怒んなくても」
「ザワザワするじゃん、なんか」
「もうしてるよ」

教室に戻り、荷物をまとめている時だ。友人から楽しそうに声をかけられ、だから嫌なんだと、一人でぼやいた。元々バレー部は、そんなに目立つ部ではなかった。私が男子バレーボール部のマネージャーをしていることなんて、かなりコアな情報だったと思う、昨年度までは。状況が変わったのは、きっと、彼が入部してきたからだ。上手な一年生いるんでしょ?あの子かっこいいよね、どんな子なの?なまえ仲良い?彼女いるのかな?そんなことをさして仲良くもない同学年の女子に聞かれるようになって、その度にじくじくと、胸が痛むのを感じていた。感情が刺々とすることもある。これが好きということなのだろうか。だとしたら、恋愛って、あまりいいものじゃない。

「みょうじさん」
「来なくていいよ、二年のフロア」
「はぁ」

ガヤガヤしている廊下を早足で歩き、原因を回収。帰るよ、と冷たく言い放って私を追ってきている気配をキチンと感じながら生徒玄関。しばらく彼の呼びかけには反応してやらず、校舎から離れたところで漸く、答えてやる。

「来なくていいって言ったよね?」
「…すみません、」
「私が一年のフロア行く方がまだマシ」
「それはちょっと」
「なに」
「嫌じゃないですか」
「なんで」
「なんでって」
「私も嫌だよ、飛雄くんが二年のフロアに来るの」
「なんでですか」

あなたが私じゃない女の子からキャーキャー言われるのが嫌なんです私の彼氏なのに。
それって本人に直接ぶつけていい意見なのだろうか。私だってわかっているんだ。飛雄くんは、キャーキャー言われたくて言われているわけじゃない。ファンサービスなんて概念は彼の中にないだろうし、寧ろ無愛想にしているので不可抗力だと、わかっている。勝手に嫉妬して、キーッとなっている私が悪い。心が狭いのだ。でも、嫌なんだ。嫌なものは嫌だ。絶対、嫌だ。

「ていうか、私が先に質問したんですけど」
「見られるじゃないですか」
「…じゃあ一緒に帰ろうなんて言わないでもらえる?」
「そうじゃなくて、みょうじさんのこと」
「なに」
「…俺と一緒ならいいんです、みょうじさん単品で見られるのがちょっと」
「単品」
「だって俺、一目惚れじゃないですか」
「そうなんですか」
「言ってなかったですっけ」
「うん」
「じゃあ、まぁ、そうなんですよ。だから」

他のやつもそうなったら嫌じゃないですか。
そう言って足元に転がっている小石を蹴飛ばす彼は、どう見たっていじけている。

「はい、みょうじさんの番」
「やだ、言わない」
「はぁ?ズルくないですかそれ」
「飛雄くんの方がズルいよ」
「俺、ちゃんと言いました」
「そういうのは言わなくていいの」
「言わなくていいんスか」
「もっと、こう…ここぞって時に言ってよ」
「ここぞって時」
「そう、ここぞって時」
「あの」
「はい」
「手、繋いでいいですか」
「はい?」
「手」
「…なんでいま言うの」
「ここぞって時なんで」

私の返事を待たずに、彼はぎゅうっと、繋いでくる。ちょっと、と声を出そうとして、やめた。見上げた彼の頬が、綺麗に染まっていて、愛おしかったから。

2018/10/25 title by 草臥れた愛で良ければ