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なまえがそそっかしいのは昔からで、定期券を電車のホームに落としたり、プリクラ機の中に財布を忘れて次に入った女の子に届けてもらったり、アルバイトの出勤時間を勘違いして30分早く到着してしまったり。

「長袖、ない」

スクールバッグの中をひっくり返してもお目当のものは出てこなかった。半袖、短パン。11月のこの時期にそんな格好をしていたら頭がおかしいと思われるだろう。これから学年全体で避難訓練だ。実際に消火訓練を行うらしく、体操着での参加を言い渡されていた。

「忘れたの?バカじゃん」
「…サボろっかな」
「何考えてんの。担当誰だかわかってますかー」

もちろん、わかっていた。この避難訓練の担当はなまえのクラスの担任である。保健体育が専門で、どこの学校にもいるであろう所謂鬼教官だ。体育の準備体操はキツイし、やたら礼儀や身だしなみにうるさく、遅刻やら早退やらサボりを許さないタイプの人間。

「こんな格好で外でたら風邪引くって」
「忘れたみょうじが悪いって言われて終わりだよ」
「…確かにね」

はぁ、と落胆。友人は他人事だからか愉快そうに笑っていた。時間にあまり余裕がないことに気付いて、なまえは友人と共に教室を出る。仕方なく、半袖短パンで、だ。
タイミング良く隣の教室から出てきたのは、1年ほど前から付き合っている岩泉だ。男子バレー部のエースであり、副部長。学年でもよく目立つ彼の周りにはいつも人が沢山いる。いつもの集団をひょいとぬけ、彼はこちらにやってきた。

「…なまえ、お前、その格好」

頭がおかしくなったんじゃないのか、と。なまえの予想通りの表情をつくり、岩泉はなまえの正面へ。
事情を説明しようとする前に、岩泉はなまえのそそっかしい性格を知っているせいか、大体の事態を把握したようで、自分のジャージをその場で脱ぐ。え、と宙に浮かぶ間抜けな声はなまえのものだった。

「貸してやる」
「え、でも、いわちゃん」
「着とけ。風邪引くぞ」
「いわちゃんが風邪引いちゃうよ」

いいから、とその一点張りで、岩泉はすぐに集団へと戻っていった。なまえの鼻をふわりと掠めるのはの岩泉の家の柔軟剤の香りだ。
大好きな、香りだ。

「なんか」
「ん?」
「岩泉ってあんな顔するんだね」

岩泉の体操着を握りしめたまま、正面。ぎゃあぎゃあとやかましい男子たちの真ん中に彼はいる。

「岩泉なんで半袖なんだよー!」
「まじキチガイじゃね?」
「うっせぇな、あちいんだよ」
「はー?!ついに頭おかしくなったんですかー?」
「岩泉さーん、鳥肌立ってますよ〜」

揶揄われる彼を見て、なまえは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。それと同時に彼が愛おしくてたまらない。なんであんなに不器用なんだろうか。そう疑問に思うほどだ。

「愛されてるね」

友人の一言にぼっと身体が熱くなる。そんなんじゃない、と否定するが、もう長袖なんていらないくらい熱い頬が、この言葉は嘘だと証明していた。

2016/08/31 袖口にキス