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緊張に包まれているデートなんて久しぶりで、右側に感じる男の熱に、まだ慣れなくてクラクラする。背が高い彼が触れるか触れないかの距離感で隣に並んでいて、ちろりと見上げたくなる衝動ばかりが押し寄せる。見上げたら口走りそうだから、駐車場までの道のりをぼんやり眺める。だいすきって、言っちゃいそうだから。まだ会って2回目なのに。でも、多分言っちゃう。ちょっと酔っ払ってるし、仕方ないよね。



「あー、なまえちゃん?」

こんなことされたらもしかしてって、そう思うからやめて。なまえはそう、赤面していた。よろよろと帰宅し、暗い部屋に灯をともしてひやりとするリビングをエアコンでふわふわ暖める。部屋の温度が上がる前に、携帯が震えた。友人たちと「ねえ今日のメンツ最高じゃなかった?」と興奮気味にやり取りしている時だった。またひとつ、興奮材料が増えた感じだ。慌てて通話を繋ぐ。咳払いは控えめに。深夜なので声のボリュームも絞った。

「もしもし、」
「家ついた?」

電波で繋がったのは、岩泉一という男だった。今日の合同コンパで、なまえの正面に座っていた男。4人の中で一番、真面目そうな男だった。こういう場に顔を出すんだな、そんな風に意外に思っていた。その男は少々アルコールを摂取するととろんと笑って、目尻が微睡んで、ほんのり少年のようになる。なまえはその様子が好きだった。高校の同級生だという友人たちと話しているときの言葉と、女の子と話しているときの言葉尻が変わったりするのにも、手繰り寄せられるように惹かれていく。帰り際にどうにか勇気を掻き集めて連絡先を聞いたのだ。聞いたというか、周りがそうするように囃し立てた、という感じだった。おずおずとスマートフォンを取り出して番号を教えあう2人は、ハタから見ても学生のような淡い甘酸っぱい恋をしているように見えて、とてもよかった。

「うん、着いたよ。はじめくんは?」
「さっき着いたとこ」

声が聞きたかった。そんなことを言うと笑われてしまうだろうか。でもそれが事実で、それ以外なんとも、答えようがないのだ。酔っ払った岩泉は無性に、女の愛らしい声が聞きたくて、随分と葛藤しながらなまえの名前をタップしたのをなまえはきっと知らないだろう。結構、悩んでいたのだ、彼は。そうだなぁ、岩泉の自宅と駅まではだいたい徒歩7分なので…電車に乗る頃からもう「電話とかしたら迷惑かな」と頭を悩ませていたし、今回食事をした店の最寄駅と岩泉の自宅の最寄駅までの距離を考えて…そうだな、20分くらいは考えていた。そしてほどよく散らかった自宅にたどり着いたところで、決意をした。「酔っ払ってっから仕方ない」と割り切ってやけくそでかけた電話だって、そんなことは岩泉本人以外、誰も知らない。そして、無計画のそれはあっという間に静粛を呼ぶ。

「っ、と…その、なんだ…あのー…」

歯切れの悪い自分に岩泉は驚いていたし、なんでこうもうまく言葉にできないものかと頭を悩ませていた。また会おうね、今度は2人で。そう言えばいい。それはわかる。理解した上で、声が出せないのだ。

「あの、今日ありがとう、楽しかった」
「あー、うん、こちらこそ」
「また、みんなで飲もう」
「あぁ、うん…、それなんだけど」

男の決意なんてのはグラグラ、安定しないものだ。なまえと通話をつなぐ前、岩泉は意気込んでいた。サラッと、ごくごく自然にシンプルに誘おうと、決めていた。2人で飯でもどう?週末時間ある?そう言うんだって、決めていた。断られたらきっぱり諦めるって、そうしっかりと決意していたのに。今は歯切れの悪い自分の声が情けない。

「っと、もし…なまえちゃんがよければ、なんだけど」
「ん?」
「来週…金曜の夜とか、2人で会えない?」
「え?」
「や、急だから難しいと思うんだけど、もしだったらどうかなと思って、」
「2人で?」
「ん?」
「私と、はじめくんで?」
「あー…うん、そう、2人で」
「いいの?」
「ん?」
「…わたしで、いいの?」
「俺は、なまえちゃんと、2人がいいんだけど」
「本当に?」

やったぁ、嬉しい。
その女の声で鼓膜を、身体を震わせた岩泉はいま彼女と電話越しなのが悔しくてたまらなかった。なまえの弾むような瑞々しい声が、どんな表情で発せられているのか、瞳におさめておきたくてたまらない。どうしようもない欲望だ。そこから岩泉は照れ臭いをどうにか抑え込んで日時の確認をし、終えたくない電話を終えようとする。こんな時間にごめんと謝れば、彼女は数秒黙って、「ううん」と言って。

「なんか、あれだね」
「ん?」
「はじめくん、声までかっこいいね」

なまえは突拍子もなくそんなことを独り言のように言うと、鈴のように軽やかに笑って、おやすみって言って通話を遮断した。置いてけぼりの岩泉は何が何だかわからなくて困惑。なまえに掻き乱されてるのが悔しいやら嬉しいやらよくわからなくて、高校の頃の友人4人で組まれたグループラインはやかましく新しいメッセージを受信していたが、この素晴らしい余韻に浸りたい男は通知をオフにした。なんだこれ、この感じ、何なんだ。ぐるぐるとものすごいスピードでこの一連のシーンが何度も繰り返し再生され、都合のいいところで一時停止したり、巻き戻して再生してみたり。



そんな1週間だった。約束のその日、デートは悪くなかった。お互い適度に着飾って、単純な2人はこの間と違う雰囲気のお互いにまた「いいな」を積み重ねていた。なまえは初めて見るはじめくんのスーツ姿に、完全にやられていた。私服も良かった。シンプルで、つまらない感じで、あんまり興味ないんだろうなって感じが、なまえはとても好きだった。他の男3人が、ちょっとお洒落過ぎたせいだろうか。岩泉の遊び心のないファッションは、とても好みで加点ポイントだったのだ。そして極め付けのように今日、ピッチの幅が狭いストライプ柄、ダークグレーのスーツにネクタイは艶のあるネイビー。よくある、オーソドックスすぎるスーツに身を包んだはじめくんに、なんかこう、比喩でも何でもなく、キュンとしてしまうのだ。あぁ、いい、すき、かっこいい。それだけ。それだけが溢れんばかりに体内から湧き出てきて、とめどなくて、塞きとめることなどできず、喉からこぼれそうになる。すきよって、会って早々、口に出しそうになる。

「…また誘っていい?」

ただ、そんなのは岩泉だって一緒だった。耳のあたりで無造作に見えるように計算し尽くされて括られた髪、近くによるとふわりと香るのはシャンプーなのか柔軟剤なのか、正解はボディミストだけれどそんなことはどうでもよくて、ちゅるちゅるとした唇とか、相変わらず耳に心地の良い笑い声とか、サイドスリットのスカートから覗くすべすべとした足とか。さすがにそれは計算だろ、と思ったりもするが、何でも良かった。なまえは基本的に可愛らしい女の子、というカテゴリーに属す人間だが、妙に度胸があって、そんなところが岩泉は好きだった。ほら、また、なんか、狂わせる。

「うん、」

岩泉が予約をした店で、男は運転があるからと酒を飲まず、女は2、3杯をゆっくり胃におさめていた。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ酔っ払っている。会話がそこそこ弾んだのは、お互いもう気付いているからだ。お互いがお互いを好きだって、わかっている。多少の根拠はある。岩泉は女が笑う度に自分も笑ってしまうくらい幸福だったし、女は岩泉が自分の名前を呼ぶだけでじゅくじゅくするから。もうわかりきっている。わかりきっているから、あえて言わないのだ。大人ってとっても、ずるいのだ。

「ねぇ、はじめくん」
「ん?」
「はじめくん、」
「なに?」

信号は黄色から赤に。普段ならアクセルをぐっと踏み込んでしまいそうな場面だが、助手席に可愛い女がいるのでゆっくりブレーキを踏んでスピードを落とす。停止したところで女の方に視線をやった。何度かあの涼やかな声で名前を呼ばれていて、そこらじゅうがむず痒くて、恥ずかしくて。

「キス、しない?」
「え?」
「ねぇ、」

しちゃダメ?
キスをするであろう間合いに身を寄せてきておいて、許可を求めるなまえが、岩泉は憎たらしくて、愛おしくて、触れるだけのキスをしてやった。してやった、と言うか、岩泉もしたくてたまらなかったのだけれども。直後、顔を真っ赤にするなまえを見て、感染するように恥ずかしくなって、ちょうど、信号も青で。

「…ごめん」
「何で謝るの」
「いや、なんか」
「あのね」
「うん」
「今日ね、はじめくんと会った時からずっと思ってて」
「ん?」
「キスしたいなって、ずっと思ってたから」

いますごい嬉しいの。
そう言って笑う女の顔が見たくて見たくて、信号が赤にならねえかと男は祈るが、緑のような青が春の夜空に浮いていた。また次のデートまで、お預けのようだ。

2018/04/25