短編小説 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
憂鬱な昼休みだ。通常なら待ち遠しいこの時間が迫ってくる。それが苦痛でしかなかった。こんな気分を味わうのは定期テストの前くらいでいいはずなのに、あみだくじが私に牙を剥いた。体育祭実行委員なんて、そんなものに当選してしまった悉く運のない自分を呪う。星座占い12位?そんなレベルではないツキのなさだ。少なくともこの、青葉城西高校2年5組の女子の中で一番不幸であるわけだ。20人近くいるそれらの中で1番だ。あれ、そう思うと星座占いとさして変わらなくてこの盛大な悲壮感が伝わらず、もどかしいが、とにかく。

「実行委員長も岩泉がやるんだろ?」
「なんでだよ」
「適材適所って言葉知ってる?」

そんな私を掬い上げたのはこの、如何にも体育祭実行委員ですと言わんばかりの男だ。岩泉一。名前も顔もよく知っていた。友人がバレー部の先輩めっちゃかっこいいんだよって言うものだから試合を見物したことがある。その時に彼の存在を知って、かっこいい人がいるもんだなぁと感心した。遠くから眺めて、友人ときゃあきゃあ騒いで、それでよかった。その距離感が変わることなんてないと、そう思っていたのにこの滅多に訪れない視聴覚室には彼がいる。おまけに、なんて言うと失礼だが、同じバレー部の花巻さんもいた。咄嗟に出そうになる声を、咄嗟に飲み込んだ。ガラリと扉を開けて入ってきた私を彼らは一瞬ちらりと見たような感じはするが、私の存在さえも知らない彼らはすぐに視線を戻す。

「え?矢巾と同じクラスなの?」

体育祭実行委員名簿を見ながら、花巻さんが私に向かって声を飛ばす。男子の体育祭実行委員になったのは、バレー部の子だった。矢巾くん。彼は集合時間になってもここへやってこない。あれ?忘れてる?あわあわとする私に追い打ちをかけるのは岩泉さんだ。

「連絡取れるか?」
「え、あの、わかんないです、連絡先」
「矢巾、こんな可愛いクラスメイトいるのに連絡先も聞けてねぇのかよ」
「俺連絡するわ」
「すみません、ありがとうございます、」
「いやいや〜、みょうじさん悪くないでしょ」

岩泉から連絡きたらビビっちゃうよね、なんてカラカラ笑っている花巻さんは楽しそうで。矢巾くんが真っ青な顔で視聴覚室に飛び込んできたのは忘れられないし、もっと言ってしまえば彼が遅刻してくれたおかげで、いやもはやバレー部の彼が体育祭実行委員になってくれたおかげで、私は雲の上の人とちょっと距離が詰まった。とことんツイていない私は学年リーダーを決めるじゃんけんにも負けた訳だが、運が良かったんだなってそこからじわじわ理解する。岩泉さんと、じわじわ近付けるからだ。

「岩泉さんの、欲しくて」

うちの学校に蔓延るジンクスだ。体育祭で想い人のハチマキを貰うと、そのカップルは幸せになる的な、なんともアバウトで脳内お花畑なそれ。想像はしていたが、彼のものは私が声に出すよりも先に他の女の子に奪われてしまうのだ。やっぱりかっこいいもんなぁ。青城のバレー部副主将。私はそんな運命のシーンを目撃してにこにこ笑っていられるほど肝が据わった女ではないのでそこからさっと立ち去る。それが体育祭終了後のハイライト。片付けの為に招集された私たち。彼の額に、赤組のトレードマークのそれはない。あぁ、あの子の手元に収まったのか。落胆しながら疲れてくたくたな身体をだらだら動かす。精神的にも疲弊していて、周りに誰もいなければ泣き喚くところだ。自制心があってよかったと、そう感動するほどだ。

「疲れてんな」

体育倉庫に備品をしまい込んでいる時、背後から声が聞こえて、今すぐに振り返りたいのにきっと笑うことなどできないと悟って一瞬躊躇う。「女は誰しも女優になれる」なんてフレーズを何処かで聞いたことがあるような気がしなくもないが、こんな心情で演技などできるわけもなく半泣きでゆっくり振り返る私は、何回オーディションを受けたって女優になれたりしない。

「…お疲れ様です、」
「おう、俺やるよ」
「いえ、あの、」

幾つか言葉は交わした。業務連絡かもしれない。それでも私は嬉しかったし、今だってだらだらと出血したまま、器用にとくとくと胸を弾ませる。全く、慣れない。岩泉さんとの繋がりがとけていく感じがした。この、期間限定の特別優待も終わりが近付いている。私がシンデレラなら12時まであと10〜5分という感じだ。そうしたら鐘が鳴ってしまうから縺れそうな足で階段を駆け下りなければならない。そして私はシンデレラじゃないから、後日彼が私を迎えに来ることなんてない。あと数分の間に、私がエンディングを変えなければ、もう。

「岩泉さん、」
「ん?」

ダンボールはひょいと彼が持ち上げて高いところへ収納。こっち見てないし、もう投げつけるしかないのかもしれない。動け、と念じる。自らの唇に。

「すきなんです」
「あ?」
「…あの、」
「っ、わり、違う」

彼の声は意外と、この狭い倉庫に響いた。それに驚いてびくりと反応したところで彼がこちらを見つめるわけで。こうなれば私はもう、井の中の蛙であって、はい、もう、何もできないわけで。

「すみません、なんか」
「なんで謝るんだよ」
「タイミング、が…違ったかなって…」
「タイミング?」
「いや、あの、それだけじゃないんですけど」

彼はほのかに笑って、委員会の仕事を放棄する。私の髪を撫でて、体操着のハーフパンツのポケットから紛失していたそれを。

「持ってて」
「…持っ、てて?」
「だめか?」
「ダメじゃ、ないんです、けど」
「2年てジンクス知らねえの?」
「ジンクスは、知ってます」
「じゃあわかるだろ」
「…っ、だって、そんな、」
「あー…まぁ、言わなきゃわかんねぇよな、そりゃ」

俺も好きだよと、そう聞こえたと思う。耳を塞いでいるわけでもないのにその声が聞き取りにくいのはなぜだろうと思ったが、恥ずかしさのあまり俯いていた顔を上げて彼を見てわかった。単純に彼の声量が小さかったからだ。真っ赤な顔と耳、恥ずかしそうな表情。あぁなんか全部、ぎゅっと包んで抱きしめたくなって。いや勿論、そんなことをする勇気はないのだけれど。

「…なんで、」
「なんでって」
「いいんですか、これ」

本当にもらいますよ?脅迫まがいな台詞を口にすれば岩泉さんはニヤリと笑った。あ、こんな意地悪な顔、初めて見た。

「いいよ、その代わりみょうじさんのちょうだい」
「え?」
「ジンクス知ってんだろ?」
「知ってますけど、」
「好きなんだよ、だから」
「岩泉さん、の…好きな人って」

先々週くらいだろうか、矢巾くんに聞いたことがあった。友人にどうにもこうにも進展しない恋愛事情を相談した時だ。矢巾に探り入れてもらえばよくない?そう言ってクラスメイトの彼にストレートに聞いたんだ。「岩泉さん?好きな人?いるらしいよ?らしい、だけど」そう言われてやるせない気持ちになったのをとてもよく、覚えている。でもそれって。

「お前だよ」

何回言えばわかんだよって、彼はぶっきらぼうに言って、私の腕を掴んで引く。密着する私たちは、むわむわと熱を帯びているわけで。いや、そんなものまだ序の口で、これからぐんぐん上昇するのが簡単に予測できた。彼は私の後頭部で結ばれているそれを指先でしゅるりと、ほどく。

「貰うからな」

そう言った彼の声量はやっぱり絞られているが、耳元なのでよく聞こえた。黙って頷いて、彼の白い半袖の体操着を力いっぱい、掴んだ。

2017/09/29